ハセオ草紙!~銀のスプーンを守る大食い美少女と同居して格ゲーで世界を救います~ 作:兵藤晴佳
勝ったとはいえ、「
そのせいだろうか、感嘆とも失望ともとれる観客のため息があちこちから聞こえる。
佐藤はさっきの口三味線を詫びもしないで、僕を労った。
「危なかったですねえ……」
ええ、とだけ答えて、僕は筐体の電源を切る。
8月31日のお披露目に向けてキャンペーン用に提供されたものだからだ。
店長が休憩時間とは別に割いてくれたデモンストレーションの時間は終わった。
用が済んだら従来版の〈リタレスティック・バウト〉に配線を差し替えなければならない。
紫衣里も傍へやってきて、僕の手元を見ながらしゃがみこんだ。
その間にも、佐藤はぺらぺらとよくしゃべった。
「無理に勝たなくてもいいんですよ」
まあ、練習ですから、と適当に答えておく。
すると、佐藤は真顔で言った。
「お披露目でも」
挑発だとわかっていながらも、つい睨みつけてしまう。
佐藤はしゃあしゃあと答えたものだった。
「だって、専門学校の授業料はアルファレイド持ちなんですよ。下宿を替えられるなら、家賃を肩代わりする制度もありますが……出世払いで」
たとえ負けても、紫衣里との生活はある程度保障されるわけだが、佐藤が言うと信用できない。
「気前の良すぎる話ですね」
振り向きもしないで答えてやると、紫衣里も目を閉じてうなずいた。
楽しそうな甲高い笑いが頭の上から聞こえてくる。
「そうすれば、もれなく紫衣里さんがついてきますから」
不機嫌そうに前髪を掻き上げた美少女と、僕は顔を見合わせる。
それが見えているのかいないのか、佐藤は延々と、独り言にも似た話を続ける。
「私どもの非鉄金属工業部門も、かなり近いところにまではたどり着いたんですよ。その……」
何のことを言っているのか見当はついたが、言葉を濁したのが気になって見上げてみると、佐藤は目を逸らしている。
その先にいる、事情を知らない客たちは、それぞれのゲームに興じている。
銀のスプーンのことは、人前では口にしたくないらしいのか、急に話を変えた。
「ご存じですか? 私どもが建造中の軌道エレベーター」
知ってはいる。
梅仁丹から軌道エレベーターまで、というのが世界的な巨大コングロマリット、「アルファレイド」のキャッチコピーだ。
そこで佐藤の講釈が始まる。
「地球から宇宙へものを運ぶにはロケットを使うしかありませんが、使い捨ては無駄です。ですが、もし、宇宙空間まで届くエレベーターがあれば……」
問題は、何を使って作るかだ。
紫衣里は、筐体のケーブル接続を終えた僕の手元を見ながら答えた。
「これを使って、何をしようっていうの?」
その胸元では、スプーンが揺れている。
佐藤は、何の脈絡もなさそうな話を始めた。
「今のところは人工衛星までですが、地表から対流圏までの10㎞位の風が一番強いんですよ」
佐藤の答えで、だいたいの話が見えてきた。
銀のスプーンの金属成分を分析して大量に合成したものを、軌道エレベーターに使おうというのだ。
それに、地球レベルの風が吹きつけたら……。
地学や数学はそれほど得意なほうではないが、佐藤が代わりに答えてくれた。
「最大で風速80㎞……超猛烈な台風くらいには耐えられる設計です」
とてつもない話に、紫衣里は目を伏せて黙り込んだ。
怒りをこらえて、代わりに尋ねる。
「それを聞かせて、どうしようっていうんです?」
鬼の目をした老人と戦ったときのことを思い出す。
スプーンの音が引き起こした、あの高揚感。
何か、頭の中のリミッターが吹っ飛んだかのような自由さ。
それがのべつまくなし、フルタイムのホワイトノイズ状態で全人類の耳にさらされるのだ。
佐藤は、さらりと答える。
「目覚めますね、人類が……それなしじゃいられなくなるくらい。」
それは、一種の麻薬でもある。
残すも壊すもアルファレイド次第だとすれば、全人類を意のままにすることさえできる。
僕の考えていることの見当がついたのか、佐藤は顔の前で手を振った。
「そんな、安物のスパイ小説みたいな……これはビジネスです、いろんな国や企業にお金を出して、権利を買ってもらうんですよ」
いちばん高く買った者が、権力を手にするわけだ。
これが、僕をアルファレイドに縛り付けておく理由だった。
とんでもないものを天秤にかけてくれたものだ。
紫衣里との生活と、全人類の命運。
紫衣里の身体も、微かに震えているのが分かった。
銀のスプーンが、人間を金の亡者たちに売り渡すための道具に使われかかっているのだ。
僕は佐藤に念を押した。
「勝てばスポンサー契約……対等の立場ですよね?」
答えはさらりと返ってきた。
「ええ……イヤなことはイヤだと言えます。でも、私どもも、それなりの相手は準備しておりますので」
プリンスを上回るプレイヤーがいるということだ。
瞬殺のレイアーティーズと戦ったときの恐怖が蘇る。
……勝てるだろうか。
話は簡単だ。
僕がタイトルを返上すればいい。
実家の両親が何を言おうと高校も辞めて、身を粉にして働きながら紫衣里を守り抜くのだ。
それでも、どこか納得できないものがある。
……勝たなければ、僕は僕自身を許せそうにない。
紫衣里に寄り添うと、その身体から、怒りとも悲しみともつかない気持ちが流れ込んでくる。
それを代わりに叩きつけてやってもいいが、ここは
現に、ノーマルの〈リタレスティック・バウト〉の筐体には、さっきのデモンストレーションに熱くなった少年が、目を輝かせて向かっている。
そのオタクっぽい顔つきを横目に、佐藤にはこう言ってやった。
「そんなこと、ここでしゃべっていいんですか?」
眼鏡の上の眉毛が、面倒くさそうに寄せられる。
「こんな荒唐無稽な話、誰が信じます?」
紫衣里も、ようやく落ち着いたのか、〈ザ・ビヨンド〉のおかげで客の増えた店内を見渡す。
僕は僕で、思いっきり佐藤に笑いかけてみせた。
「誰がつぶやくかわかりませんよ?」
もっとにこやかな営業スマイルが返ってきた。
「ご心配なく。私としては、ご協力さえいただければ」