ハセオ草紙!~銀のスプーンを守る大食い美少女と同居して格ゲーで世界を救います~ 作:兵藤晴佳
もっとも、朝から雨が降るなんて聞いていなかった。
窓ガラスを叩く音で目が覚めたのだ。
くるまっているタオルケットから跳ね起きると、思いのほか、雨は強かった。
「降ってもせいぜい10時くらいからだって」
明日は正念場だと思うと、ものすごく損をした様な気がする
今起きたところですることがないのだ。
紫衣里は、もともとは僕が使っていた布団にもぐりこむ。
「だから寝てようって」
そういうライフスタイルがこの先ずっとつづくんだろうなと思っていると、アパートのスチール戸をノックする音が聞こえた。
えーと、と戸惑う声がする。
たぶん僕に声をかけたいのだろうが、表札は出していない。
ドアの覗き窓に目を近づけると、知らない男の姿がレンズの縁に沿って歪んで見える。
ふと、呼びもしないのに突然現れる佐藤のことが頭に浮かんだ。
……アルファレイド?
いや、用があるなら本人が来るだろう。
ドアを叩いた男はしびれを切らしたのか、いらだたしげな声を立てた。
「いらっしゃいます?」
紫衣里がいることを知られてはならない。
「はい!」
僕は教室で発問されたときよりも、ハキハキと返事してみせた。
ぶっきらぼうな声が答えた。
「大家さんから」
入居してからこっち、顔も見たことがない。
わざわざ、何を言ってきたのだろう。
……紫衣里がいるのがバレた?
その心配はなかった。
「強い雨で雨樋が詰まってますからって……今も凄い状態ですよ」
「掃除します!」
即答したが、アパートの住人には、僕の内心までが伝わっていたらしい。
「そういえば……若い女の子の声が」
「気のせいです!」
「そういえば大家さんも」
「従妹が……従妹が泊まりに来ていました」
とっさの言い訳は陳腐だった。
……安物のラブコメかよ!
自分で自分にツッコんでいると、雨水を跳ね上げる音がした。
「脚立置いていきます」
ほっとしたところで、紫衣里が身体を寄せてきた。
「従妹って、結婚できるんだよね? お兄ちゃん?」
そういえば、シラノの恋するロクサアヌも、従妹だったか。
そこで、どこかで聞いたメロディーが、くぐもった音で聞こえた。
放り出したタオルケットの下のスマホを取り出してみると、親からの電話だった。
パジャマ姿の紫衣里がととっと走ってきて、足元に座り込んだ。
「誰……?」
黙ってろ、と手で示して、電話に出る。
親父の開口一番が、これだった。
「なんかお前、ネットに顔晒されてるらしいじゃないか」
そう言われると大変なことに聞こえるが、何のことはない。
タイトルマッチで出会った、フィービー・マイケルスの仕業だ。
確かに、ツーショットを勝手に撮られはしたが、渋々ながら事後承諾はしている。
ありがたいのは、うちの両親はスマホに変えてもネットは絶対に見ないことだ。
……シラを切るか?
だが、バレるのは時間の問題だった。
そもそも、僕が下宿してまでこっちの学校に通っているのは、e-スポーツのプロゲーマーになるためだということになっている。
堂々としていればいい。
「晒されてるんじゃなくて」
これは営業活動だ、と言おうと思ったが、これは説明が難しそうだった。
この隙に、親が踏み込んでくる。
「お前もういい加減にしろ」
もっとも、話して分かる相手ではない。
そう思うと、説明するのも面倒くさくなった。
「親の世話にはならない」
「金もないくせに何言ってんだ」
痛いところを突かれた。
……ハッタリしかない。
「そのあてはある」
何か言われる前に、頭の中で話を整理する。
まず、すでにタイトルマッチには勝った。
賞金3000万円の代わりに、進学費用だけは確保した。
親の世話にならなければならないのは、卒業する高校の授業料だけだ。
だが、そこまで説明する必要は、次の一言でなくなった。
「危ないからやめとけ」
木登りを止めようとでもするかのような口調だった。
それでも構わない。
勝ってみせればいいのだ。
だから、一言しか答えることはなかった。
「今に分かる」
口にしてから考えた。
……今っていつだ?
とりあえず、夏休みが終わったらということで、自分を納得させる。
話をそばで聞いていたらしいお袋が、そんなことばかり、というのが聞こえた。
どうやらスマホを親父から奪い取ろうとしているらしかったが、電話は向こうから切られてしまった。