ハセオ草紙!~銀のスプーンを守る大食い美少女と同居して格ゲーで世界を救います~   作:兵藤晴佳

57 / 94
2人の悪女

 クリームヒルトが、大剣を袈裟懸けに振り下ろす。

 

 「王殺しの剣落とし (ケーニヒスモーダー・シュヴェルトファル)!」

 

 中国三大奇書にも数えられている『金瓶梅』のダークヒロインである潘金蓮は、男たちを誘惑してきた罪深い人生の報いを受けるかのように、鮮血を噴いて倒れ伏した。

 だが、続くラウンドでは猛然と反撃に出る。

 背後には春のうららかな中華庭園が現れ、無数の美女たちが群れ騒いでいる。

 潘金蓮が、金切り声で命じた。

 

 「女影幻象(ニュー・イン・フアン・シアン)!」

 

 美女たちのきらびやかな衣装が一斉に、クリームヒルトを押し包む。

 ドレスとプロテクターをまとった身体の手足が何人にも掴まれ、一気に引き裂かれようとしたときだった。

 ダメージの増加と共に、気力ゲージの表示が、「断罪」に変わった。

 衣装の色が、どす黒く変わる。

 クリームヒルトが叫んだ。

 

 「復讐の炎(ラッヘフラムメ)!」

 

 燃え盛りる怒りの炎で、女たちの幻影は一瞬のうちに吹き飛ぶ。

 潘金連の身体は地獄の業火に包まれて、火柱を上げた。

 

 クリームヒルトの連続2勝で、このゲームは終わった。

 観客席に、驚きのざわめきが広がった。

 さっきの技を放ったのは、AIじゃない。

 すると、対戦者席にはすでにプレイヤーが座っていることになる。

 

 ……いつの間に?

 

 そんなことを考えているうちに、クリームヒルトは次の対戦にかかっていた。

 ギリシャ神話『アルゴー号の冒険』に登場する英雄イアーソーンの妻となった、コルキスの王女にして魔女のメディアだ。

 第1ラウンドが始まると、イニチアチブを取ったのは王女メディアだった。

 その短剣が憎悪と狂気を伴って、電光石火の速さで襲いかかる。

 

毒刃の小突き(ファルマコン・マハイラ)!」

 

 クリームヒルトの大剣は、ジークフリートのバルムンクと同じで、ダメージは大きいが小回りが利かない。

 攻撃と攻撃の合間を縫って、的確に急所を突いてくる。

 そのダメージを受けながらも、クリームヒルトは渾身の斬撃を繰り出す。

 空気が裂け、赤黒い光がクリームヒルトの足元から噴き上がった。

 

女王の血の裁き(ブルートゲリヒト・デア・ケーニギン)!」

 

 まるで裏切りの血潮が地面から溢れ出すかのように広がる。

 メディアが倒れると、どこからか聞こえてくる声が、この戦場を震わせた。

「その罪、万死に値する……」

 合成音だと分かってはいても、身体の奥底にある襞がぎゅっと締め付けられる気がした。

 

 ……この感覚は何だ?

 

 殺気というものがあるとしたら、たぶん、これなのだろう。

 第2ラウンドでも、王女メディアのほうが隙も容赦もない攻撃を次々と繰り出した。

 炎に包まれた重い跳び蹴りが、画面を切り裂く。

 

「火の落下《ピルフォロス・プトーシ》!」

 

 その端まで、倒れたクリームヒルトの身体が滑っていく。

 立ち上がる前に、炎の翼を持つ2頭の蛇に引かせた車が突進する。

 

蛇車の降臨(アルマ・ドラコントス)!」

 

 炎に巻かれたクリームヒルトが、画面端にぶつかった。

 そこへ、燃える蛇2頭が続けざまに襲いかかる。

 復讐の女王クリームヒルトは、横たわることもできず絶命した。

 

 ゲームとはいえ、AIのあまりの残忍さに、会場全体が静まり返った。

 フィービーも、フォロワーたちも、声も出ない様子だった。

 紫衣里はというと、怒りに震えることもなく、平然と座っていた。

 そのまなざしが向けられているのは、クリームヒルトのプレイヤーだ。

 その声が、インカムを通じて、会場中のアンプから響き渡った。

「……それでおしまい? 王女様?」

 どこかで聞いた声だった。

 

 ……誰だっけ?

 

 ものすごく身近な人だった気がするが、友達の少ない僕でも、こんな冷たい声は思い出せない。

 

 第3ラウンドも、王女メディアが先に動いた。

 

 「蛇尾の鞭(ドラコン・ウラー)!」

 

 出現した炎の蛇に、その長い尾で弾き飛ばされたクリームヒルトは動こうとしない。

 大剣は腰溜めに構えたままだ。

「復讐」のゲージが一気に上がる。

 これは、フィニッシュブローを狙う構えだ。

 だが、王女メディアのほうが速かった。

 

魔女王の裁き(クリシス・マギッサス)!」

 

 空中に巨大な魔法陣が展開し、クリームヒルトの動きを止める。

 ゆっくりと歩み寄ったメディアが、逆手に握った短剣を振り下ろした。

 その瞬間、画面が暗転する。

 ひとり、またひとりと、鎧をまとった騎士たちの影が立ち並び、王女メディアとクリームヒルトを取り囲んだ。

 かつての臣下たちに、女王が声高々と命令を下す。

 

「ニーベルンゲンの帰還(・リュックケア)!」

 

 王女メディアを押し包んだ騎士たちが一斉に斬撃を放つ。

 ふらりと身体を起こしたところで、クリームヒルトの大剣がその首を吹き飛ばした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。