ハセオ草紙!~銀のスプーンを守る大食い美少女と同居して格ゲーで世界を救います~   作:兵藤晴佳

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ライバルたちの競演

 はっとして聞き返した。

「板野さん? 僕だ……何で? 何でこんなこと?」

 もっと何か話したかったが、そうはいかなかった。

 紫衣里が見つめているのに、気が付いたからだ。

 そこには、嫉妬も非難もない。

 むしろ、笑みさえ感じられる。

 理由は、すぐに分かった。

 

 ……ハセオ?

 ……シラノ?

 

 その声は、会場のあちこちから、微かに聞こえてきた。

 次第に、それは一つの輪となってつながる。

 やがて、その輪は拍手と共に、軌道エレベーターの基盤部をも揺るがすような渦に変わった。

「ハセオ!」

「シラノ!」

 

 フィービーも、僕に向かって何か叫んでいる。

 スマホを取り出して、眺めてみた。

 

  「YES!! THAT’S IT, HASEO!! You finally picked HIM!!」

 (そう、それよ、ハセオ! 最後はあ・い・つよね!)

 

 だが、僕だけを推しているわけではなかった。

 

   「CHAT!! LOOK AT THIS!!  THIS IS CRAZY!!  HILTY IS A GODDESS!!」

 (みんな!これ見て! ヤバいってこれ!! ヒルティ本物の女神!!)

 

 つい、苦笑してしまった。

「どっちの味方だよ……」

 コメントも炎上する中、さらにフィービーは煽り立てる。

 

  「CHAT!! WE JUST HIT ONE HUNDRED THOUSAND!! YOU GUYS ARE INSANE!!」

  (みんな!! 今ちょうど10万アクセス!! あんたらマジでイカれてる!!」

 

 その「イカれた」人たちが次々とフォローに回っていくところで、さらに割り込んできたものがあった。

 一枚の絵だ。

 送り主は……。

 

  @FourComplet

  Cyrano vs Kriemhild — Le Duel du Destin / Der Kampf des Schicksals

  Art for the moment.

  #CyranoVsKriemhild #舞台の神話 #演劇と伝説

 

 ウジェーヌ・フォーコンプレ。

 「弁天小僧菊之助」のプレイヤーだった。

 添付の画像ファイルを開いてみる。

 

 シラノの誇張された鼻とレイピア、クリームヒルトのゲルマン風の甲冑と大剣が激突している。

 パリの無頼漢とゲルマンの復讐の女王。

 交差しているのは、双方の刃だけではない。

 劇場の赤いベルベットのカーテン、散らばる紙片、舞台照明の円。

 神話の戦場の、雲を裂く稲光、倒れた竜の影、吹き荒れる銀の砂。

 そういったものが、「運命の決闘」を象徴する背景の曇天と入れ替わりに映し出される。

 

 さらに、フランスとドイツの伝統的劇場や舞台関係者、俳優が公式コメントを出してきた。

 フィービーがSNSのリンクを貼るとフォーコンプレの絵はあちこちに拡散され、コメントの殺到を招いていった。

 

 会場とネットの喧騒の中、インカムからは、佐藤が板野さんに話しかける声が聞こえる。

「報告。上のほうで臨時会議。そのまま待機で」

 まるでAIが合成したかのような、感情も抑揚もない声だった。

 板野さんの声も負けず劣らず冷たい。

 女王クリームヒルトなら、やはり臣下にこう告げるだろうと思われた。

「ご心配なく。負けませんから」

 そういう問題じゃない、と佐藤はいつにない悪態をついたが、次の瞬間にはうってかわってバカ丁寧な報告が僕の耳に届いた。

「オーナー決済で続行と相成りましたので、お知らせ申し上げます。悪しからずご了承ください」

 プリンスなら即決で試合をさせてもおかしくはなかった。

 会場の熱狂と、ネットの炎上を待ったのだ。

 フォーコンプレのリアクションまでは期待していなかっただろうが、これが世界中の飛び火を招いたのが最後のひと押しになった。

 部下となったアルファレイドの職員たちに言いたかったのは、たぶん、これだ。

 

  お前らの負けだ、諦めろ。

 

 回りくどいお膳立てに感謝しながら、客席の紫衣里を眺めやる。

 波濤の中の島に凛として佇む聖堂のように、静かに座っていた。

 僕のまなざしに気づいたのか、顔を上げて、ぐいと突き上げた拳の親指を立ててみせる。

 同じサムアップを返しながら思い描いたのは、共に帰る夏の夜の道だった。

 

 ……そして、日が昇れば。

 

 新たな世界が待っているはずだった。

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