ハセオ草紙!~銀のスプーンを守る大食い美少女と同居して格ゲーで世界を救います~ 作:兵藤晴佳
佐藤のコールが、僕をいやおうなしに、現実へ引き戻す。
「さあ、盛り上がってまいりましたところで、〈リタレスティック・バウト・ザ・ビヨンド〉エキシビジョンマッチ最終戦!」
今日はまだ。8月31日。
夏休みの最後の日だ。
板野さん……じゃなくて「HILDE」の歌でカンカンに温まったのサポーターたちが、ほとんどやけになったように歓声を上げる。
この中には、明日から学校生活に戻る中高生もきっといることだろう。
フィービーはというと、僕に歓声を送ってくれる。
スマホを見ると、きっちり配信されていた。
「ALRIGHT CHAT, LISTEN UP!! THIS IS IT!! ROUND ONE IS ABOUT TO START!!」
(よし、みんな、聞いて!! いよいよ始まるよ、第1ラウンド!!)
会場が、興奮の渦に包まれる。
ネットも一気に沸騰する。
スクリーンでは、対峙する二人が互いの隙をうかがっていた。
クリームヒルトは大剣を腰だめに膝を弾ませて、銀色の長い髪を波打たせていた。
シラノはレイピアをまっすぐに構えて、微かなフットワークで身体を前後させる。
先に動いたのはクリームヒルトだった。
気力ゲージ「復讐」が頂点に達したところで、猛然とダッシュをかけて大剣を逆袈裟に振るう。
「
僕も気力ゲージ「武勲《いさおし》」を満たしたところで、指を痛めないよう、慎重にスティックを引く。
インカムで呼びかけた
「……目を覚ませ、星美さん!」
聞こえたかどうか。
さらに、僕は板野さんに語りかけた。
「……これが……僕の心意気だ」
だが、差し違える覚悟で相手の体力を一気にゼロにする、「
……そんなハイリスクの最終奥義をいきなり使うものか。
クリームヒルトはシラノのレイピアをかわして大剣で斬りつけようとする。
辺りを青い闇が包んで、月の光が斜めに差し込む。
頭上からは、レイピアを突き出したシラノが真っ逆さまに降ってきた。
「
天からの刃に頭から貫かれ、ゲルマンの女王はその場に倒れ伏した。
会場からは歓声が上がったが、あまり後味はよくない。
騙し討ちもいいところだ。
インカムからは、ちょっと無理のある嘲笑が聞こえた。
「どこが……」
怒りをこらえているのだろうが、それは当然だ。
男の心意気も何もあったものではない。
〈ワールドタイトルマッチ〉で僕をハメてくれた、フォーコンプレ仕込みの口三味線だった。
うしろめたさを隠して、僕は努めて冷ややかに言った。
「どんな手でも使うよ……目を覚ましてもらうためなら」
半分が本心で、半分はハッタリだ。
……スティックを1回転以上させる技は、使えない。
紫衣里が僕に無茶をさせないために嘘をついたのでない限りだが。
「
右向きで左・下・ 右・左・下・右+「強」攻撃
反対方向から攻撃方向へ、スティックを下からぐるりと2回転するためには、どうしても1回引かなければならない。
あの
その、心の裏番組をチェックしていたかのように、板野さんは冷ややかな一言を返しただけだった。
「覚めてあげない」
……それなら、パワーで押すしかない。
気力ゲージ「武勲」が上昇する。
レバーを下に2回入れて、「強」と「蹴」を押す。
「
シラノはガスコーニュの誇りを胸に、レイピアを腰に構えて突き進んだ。
佐藤の操るダルタニアンには同じ技で相殺されたが、これは本来、捨て身の突撃技だ。
成功すれば相手を倒して、すれすれの体力で生き残ることができる。
クリームヒルトは大剣を胸元に立てて、静かに呟く。
「……ジークフリート」
亡き夫の名前だ。
……ついさっきまでは、僕だった。
胸が痛んだのは、なぜだろうか。
ドレスの胸から鮮血が噴出したかと思うと、大剣が赤黒い炎に包まれる。
「さっき、星美さん……って呼んだ?」
その囁き声には、どこか悲しげな感触があった。
聞こえていたんだ、と思ったところで、クリームヒルトが動く。
「
大剣が届くか届かないかという間合いで、シラノの足元から炎が噴き上がった。
……ヒットしたら、画面端まで吹き飛ばされる。
その前に、下から攻撃方向にレバーを回して「弱」ボタンを叩く。
「
シラノはマントを翻して、宙に舞う。
追跡してくる炎を巧みにかわしながら、空中からクリームヒルトに7つの刺突斬撃を浴びせた。
……やなこと教えちゃったな。
板野さんに、口三味線は似合わない。
そう思うだけの余裕が、僕にはまだあった。
一方で、クリームヒルトの攻撃は止まない。
炎が止んでも、シラノが着地する瞬間を狙って斬り込んでくる。
……だったら、足を止める!
前後にスティック2回のダッシュをかけて、「中」ボタンを押す。
「
スクリーンに、「
観客も心得たもので、声をそろえて指を突き出し、1つ、2つと数える。
この間に防御技のコマンドを入れるか、できるだけ下がらないと、パワーを溜めたシラノの剣の一振りで、衝撃波を伴う強烈な斬撃を食らう。
だが、クリームヒルトはそのどちらでもなかった。
「
画面端に、炎の王座が出現する。
その上へと飛びすさって鎮座したクリームヒルトがシラノを指さした。
移動距離と同じ幅の黒い火柱が、シラノに襲い掛かる。
……いきなり最終奥義?
遅れて放たれたシラノの衝撃波は、火事の前の紙切れのように燃えてなくなった。
……ダメージ相殺か。
ほっとしたのもつかの間、立ち尽くすシラノが巨大な炎柱に変わる。
あまりのダメージとむごい光景に、観客も3カウント目を振りかぶった姿勢のまま、言葉を失っていた。
思わず、つぶやきが漏れる。
「いきなり……」
その声を拾い上げた板野さんが、微かに笑った気がした。
不機嫌な声が、インカム越しに告げる。
「……どんな手でも使うから」