ハセオ草紙!~銀のスプーンを守る大食い美少女と同居して格ゲーで世界を救います~   作:兵藤晴佳

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神無月のひととき

 開店前から「フェニックスゲート」の給湯室では、蛍光灯が切れてひと騒動になった。

 懐中電灯で中を照らしながら、店長は僕をこき使う。

「買ってきて!」

 代金を手渡されたが、足りない。

「もうLEDしか売ってませんよ!」

 モールの電器屋のホームページをネットで調べて、小銭が追加される。

「じゃあ、開店までに、大至急!」

 

 店の外の廃棄物置き場に蛍光灯を置いて、電器屋に急ぐ。

 自動ドアが開くと、休日だけに行き交う客は多い。

 店内に流れているのは、吹き抜けの巨大なディスプレイに映った、アイドル歌手の新曲だ。

 

  胸に抱いてた    小さな夢

  ずっと見てた    あなたの姿

  ひとりで泣いた夜も 強さに変えて

  ここまで来たよ   もう戻れない

 

 デビューしてから1ヵ月半、破竹の快進撃を遂げている新人だった。

 その名は、「HILDE《ヒルダ》」。

 アルファレイドの〈リタレスティック・バウト・ザ・ビヨンド〉のテーマソングで頭角を現したかと思うと、一気にヒットチャートを駆け上がった。

 もちろん、金も人も、その数から出どころまで及ぶものがないところが後押しするのだから、そこそこ売れないわけがない。

 

  追いかけてた  あなたの背中

  遠くても    もう負けない

  揺れる未来   もう迷わない

 

 だが、人気を爆発的に押し上げることができた要因は、他でもない。

 世界的インフルエンサーであるフィービー・マイケルスと、そのフォロワーたちが配信した、地下……というか海面下コンサートの映像だ。

 すでに話題になっていたところでのデビューだから、注目度は地球規模だったのだ。

 ゲーセンのしがないバイトにすぎない僕も、確か、一応は当事者だ。

 電器屋に向かう道すがら、ディスプレイの前で足を止める人々の会話が、聞くともなしに耳に入ってくる。

「あれ? もう歌ってないの? ああいう……何かそういう感じの」

「ああ、キャンペーンも終わったんだろ。そろそろ、切り替えどきなんじゃないの? メジャー路線に」

 そういうものなのだろうと思う。

 最初はコスプレゲーマーとしてバラエティー番組に出ていたが、少しずつ、歌番組が増えてきたようだ。

 そのうち、新曲に合わせてコスチュームも変えて、イメチェンが完成した。

 もう、そこには板野さんの面影はない。

 

   Shine over me 

   まだ見ぬ景色へ   飛び立つよ

   Shine over me

   私と声を重ねて   私を照らして

   もっと輝くから

 

 

 電器量販店「Meihan」にたどりつくと、足早に照明コーナーに向かう。

 その間にはゲーム売り場があって、しっかり〈リタレスティック・バウト・ザ・ビヨンド〉も家庭用ゲーム機に移植されていた。

 店内の大きなディスプレイでは、デモ画面でジークフリートがバルムンクを振るっている。

戦う相手は、「雲の絶え間姫」。

 歌舞伎の市川家で、十八番《おはこ》に数えられる演目『鳴神《なるかみ》』のヒロインだ。

 

 「竜神解放(りゅうじんかいほう)!」

 

 背後に巨大な竜神の幻影が現れたかと思うと、豪雨と雷がジークフリートを襲う。

 だが、そちらにもやはり、翼を広げた竜の幻影が現れて炎を吐く。

 

 「竜殺しの英雄(ドラッヘントーテル)!」

 

 燃える刃のバルムンクが、妖艶で知的な美少女の羽衣を貫いた。

 ふたつの竜の幻影が爆散して震撼する画面に、小学生くらいの子供たちが食らいついている。

「すげえ!」

「絶対これ使う!」

 僕があれだけ苦労してマスターした技だが、そんなはしゃぎ声をきいていると、つい、口元にも笑みが浮かぶ。

 

 ……まあ、頑張りたまえ。

 

 次は君たちだと思いながら、店長の用事を思い出す。

 左手で、ポケットの中の代金を探りながら、レジへ向かった。

 店のロゴが入ったエプロンを着けたバイトの青年が、眼鏡をちょいと直して僕を見つめた。

「もしかして……長谷尾英輔さん?」

 ええ、とだけ答えて、LED蛍光灯をカウンターの上に置く。

 バーコードリーダーを当てながら、青年は小声で告げた。

「フィービーさんの配信、見てました。すごかったです……ジークフリートも、シラノも」

 すでに治っている指の痛みを思い出しながら、小銭と紙幣をトレイの上に置いた。

「昔のことですから」

 パッケージに購入済みのシールだけ張ってもらっていると、現品限りのテレビが目に留まった。

 流れているのは、ドキュメンタリーだ。

 

  「アルファレイド・軌道エレベーター破棄のすべて」

 

 淡々としたナレーションで、その経緯が語られる。

 

  「世界的コングロマリットとして知られるアルファレイドが、総力を挙げた軌道エレベーター計画。その基盤部が、今、解体されようとしている」

 

 映っているのは、会場のコロッセオだ。

 ありがとうございました、と頭を下げた青年は、眉を寄せてつぶやいた。

「もったいない……あんな名勝負の聖地を」

 僕は慌てて、顔の前で手を振る。

「いや、危ないところでした」

 買った細長い箱を抱えると、背中を丸めてそそくさと退散した。

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