ハセオ草紙!~銀のスプーンを守る大食い美少女と同居して格ゲーで世界を救います~ 作:兵藤晴佳
エキシビジョンマッチの後、フィービーの行動は速かった。
紫衣里を映した動画が、翌日の9月1日から僕のもとへ届きはじめたのだ。
しかも、時と場所を構わず、ミーティングが要求される。
それが、ほぼ毎日続いた。
僕の通う高校は、敷地内ではスマホの電源を切らなければならないので、ごまかすのが大変だった。
因みに2回見つかって、朝7:00からのバツ掃除をやらされている。
そこまで思い出して、スマホに映る顔に出ないように内心でぼやいた。
……いままで品行方正で通ってきたのに。
もっとも、今では会議の呼び出しも下火になっている。
最初のうちは期待した。
報告される動画も、食い入るように見た。
だが、今では少し諦めかかっている。
どうでもよくなったわけではない。
あの、鬼の目をした鬼の目をした老人の言葉が、改めて身にしみるようになったのだ。
……紫衣里は、紫衣里自身のものでしかない。
見つからないのが、いちばんいいのだ。
そうは思っても、フィービーは納得しない。
「I was even ready to put prize money on it, remember?But you stopped me」
「そんなこと言って……賞金まで懸けるつもりだっだのに」
世界中のフォロワーを動員しても、紫衣里は見つからなかった。
業を煮やしたフィービーは、とうとう懸賞金をかけると言い出したのだ。
もちろん、僕は止めた。
紫衣里が晒しものになるのはイヤだったし、アルファレイドが手を引いたとしても、誰がスプーンに目をつけるか分からない。
だいたい、そんなことをするのは、紫衣里を金で売るようなものだ。
あの、ふたりで過ごした極貧生活は、かけがえのない夏の思い出にしておきたかった。
だから。
もう一度、丁寧にお礼を言う。
「それでも、みんな真剣に探してくれてありがとう」
フィービーの呼びかけでフォロワーたちは血眼になってネット上の紫衣里探しを始めたものだ。
名付けて、「Haseo and the Pretty Girl Crusaders(
感謝はしている。でも、もう、そこまでしてもらわなくていい。
僕は会議アプリに戻ると、まだ続いているフィービーの不満を遮った。
「まあまあ」
店の中を眺め渡してみると、店長がこっちを見ている。
勤務中なのだ。
フォロワーも見ているが、優先順位はこっちだ。
フィービーの不満は、僕に向けられる。
「But Haseo… are you really okay with this? Just fake after fake?)
(でも、そんなガセばっかりでいいの? ハセオ)
目を閉じて、ゆっくり頷いてみせる。
「だって、紫衣里はまちがいなくいるんだから」
瞼の裏には、夏の光のなかで微笑む紫衣里がいる。
青空の下の、白いワンピース。
ゲームセンターでの、僕のTシャツとジーンズ。
フードコートでは、ハンバーガーを貪り食う。
部屋の中での、眠たげな顔とパジャマ姿。
……それから。
嵐の夜の抱擁の記憶は、素肌の感触が蘇る前に、フィービーの声で遮られた。
目を開くと、スマホの画面には、怪訝そうに眉根を寄せる女神の顔がある。
「Then tell me. Where?」
(どこ?)
ふと、鬼の目をした老人の言葉を思い出した。
「そこさ」
フィービーはきょろきょろする。
「…Where?」
(どこよ?)
答えられるものではない。
あの老人の言葉は、そういう類のものだ。
「そこだよ」
ちょっと考え込んで、フィービーは納得したようだった。
「……Okay. I get it. ‘There.’」
(……分かった。『そこ』ね)
フォロワーはフォロワーで、勝手な考察を始める。
きりがないので、僕は店内を見渡した。
客は多くもないし、少なくもない。
電子音が飛び交い、クレーンゲームもメダルゲームも順調に動いている。
〈リタレスティック・バウト・ザ・ビヨンド〉では、王女メディアが「
僕は大げさに喚いた。
「ああ、店長から呼び出しが!」
そんなものはありはしない。
……紫衣里がどこにいるか分かってしまったら、どこにもいなくなるか、誰でもなくなる。
1000人のフォロワーの退室が始まると、それを告げるコメント欄のスクロールの速さは尋常ではない。
それが尽きる前に、フィービーは僕に意味深な言葉を残して消えた。
「Oh, right—Haseo.You’ll have a special visitor today.Be nice!」
(そうそう、ハセオに今日、素敵なお客さんがあるはずだから。楽しみにしていて!)