ハセオ草紙!~銀のスプーンを守る大食い美少女と同居して格ゲーで世界を救います~ 作:兵藤晴佳
修道院の庭で、ふたりの男が対峙する。
シラノ・ド・ベルジュラック。
クリスチャン・ド・ヌーヴィレット。
大きな鼻を持つ、羽根飾りの帽子をかぶった伊達男を選んだ僕は、思わず感嘆の息を漏らした。
「そう来るか……」
これから剣を交えることになるのは、熱い心と蛮勇とを併せ持つ美貌の剣士だ。
エドモン・ロスタン『シラノ・ド・ベルジュラック』に登場する、主人公の親友。
その恋い慕う相手は、シラノが愛と誠と純情を捧げる美女ロクサーヌだ。
愛する女性を前にすると臆病で不器用になる親友のために、シラノは自らの恋を犠牲にして、命懸けの仲立ちを務めることになる。
隣の筐体に向かう佐藤は、僕を横目で眺めると、あの営業スマイルを見せる。
「真の勝者への、最大の礼儀です」
そこには、一種の皮肉もあるのだろうと思った。
ワールドタイトルマッチとエキシビジョンマッチ。
二つの勝者の地位と名誉を、僕は返上した。
それを繰り上げで回されたのがプリンス……エセルバート・ウィルフレッド=ヒュー・スウィンナートン4世だ。
賞金3000万円はすぐにでも口座に送れるだろうが、優勝カップはそうはいくまい。
誇り高い貴公子に、僕が時給を稼ぐアルバイト先まで地球を半周させた代物だ、
あのとき、わざわざ9月1日という日付を口にしたのは、翌日届いたのを強調するためだろう。
……これもまた、プリンス一流の皮肉か。
もっとも、佐藤の手際の良さにも恐れ入る。
相当の無理を伴う、余計な仕事だったことだろうが、恨み節のひとつも返したくなるのが人情というものだ。
だから、僕も、精一杯の礼儀で応える。
「全力で、お相手いたします」
相手がクリスチャンだったら、それはそれで面白い。
このゲームには、それを想定したイベントは準備されている。
〈リタレスティック・バウト・ザ・ビヨンド〉ではどう演出されるかが楽しみだ。
戦いの場所は、エドモン・ロスタン『シラノ・ド・ベルジュラック』でも描かれた、アラス野の要塞だ。
士気を高めようというのか、シラノとクリスチャンが、胸の前で互いに剣を構えて礼を取る。
その切っ先を親友同士が向けあうと、第1ラウンドの開始だ。
クリスチャンの気力ゲージは《純愛》だ。
それは、美女ロクサアヌへの不器用な思いを意味している。
剣と剣がぶつかりあうたびに、シラノの気力ゲージ「武勲《いさおし》」と競うかのように上昇していく。
やがて、ゲージは共に最高潮へと達する。
先手必勝とばかりに、僕はシラノは必殺技を放った。
「
剣先が、目にもとまらぬ速さで繰り出される。
だが、本来なら吹き飛ばされるはずのクリスチャンには当たらない。
悠然と歩み寄って、シラノの長い鼻の先に剣を突き付けるだけだ。
「
空振りに終わった剣の乱舞を平然とすり抜けられたシラノの怒りが沸騰する。
気力ゲージ《武勲》が頂点に達する。
だが、クリスチャンは警戒した様子もない。
シラノの大きな鼻の先で、剣を立てて構える。
「
レイピアを大振りに薙ぎ払って伸びきった、シラノの腕をクリスチャンが抱え込んだ。
鮮やかな一本背負いで、高々と投げ飛ばす。
画面端で着地したシラノは、猛反撃に出た。
「
一方のクリスチャンは、胸に手を当てる。
その剣がプラチナの色に淡く輝いたかと思うと、その光は胸の鼓動のように明滅する。
だが、高速で突進するシラノに押されて、クリスチャンは画面端まで押し返された。
高速の連続突きに、体力ゲージが急激に下がっていく。
だが、クリスチャンも光り輝く剣で、渾身の突きを放っていた。
「
5回の踏み込みで、5通りの突き。
そのひとつひとつが描く文字は、要塞の床に落ちてくだけ散る。
A・M・O・U・R
AMOUR、つまり、(愛)だ。
一撃ごとに、胸を突かれたシラノが心臓の辺りを抑えてのけぞる。
もっとも、そこで簡単に倒されたわけではなかった。
不意に、その姿は画面上から消えた。
「
シラノはマントを翻して、高々と跳躍する。
くるりと宙返りを打ってみせると、剣を突き出したまま、まっすぐ落下した。
クリスチャンは、正面への渾身の突きを連続で放っていた分、頭の上はガラ空きだ。
そのてっぺんに、シラノの剣は今にも突き刺ろうとしている。
……もらった!
しかし、クリスチャンの反応も素早かった。
「
そのレイピアが、真っ逆さまの剣を弾く。
さらに、その刃は真っ赤な軌跡を筆記体のように描きながら、眼前に着地するシラノに向かって斬りつけられる。
無防備のところで一撃を食らった羽根飾りの伊達男は、瀕死のダメージに足をふらつかせた。。
……しまった。
僕はスティックを回転させて立ち直りを図ったが、もう遅い。
深紅の曳光と共に、クリスチャンの剣はシラノの胸を貫いていた。
佐藤が囁く。
「さあ、後がない……どうしますか? チャンピオン」