ハセオ草紙!~銀のスプーンを守る大食い美少女と同居して格ゲーで世界を救います~ 作:兵藤晴佳
どうするもこうするも。
次の2本を取るだけのことだ。
もっとも、佐藤が易々と許すはずがない、
第2ラウンドが始まるや否や、クリスチャンの必殺技コンボが来た。
「
足元に淡い光の輪が広がると、その剣先が震えるように輝く。
そのパワーを全身に波打たせて、クリスチャンは大股に踏み込む。
中距離から真っすぐ繰り出す奇襲突きに、シラノはいきなりダメージを食らった。
のけぞったところで、紙片のような光が周囲に舞い散る。
やがて、その全てがクリスチャンの身体を取り巻き、くるくると回りながらレイピアへと吸い込まれる。
「
淡い薔薇色に染まった刃が、斬撃の軌道を描く。
その残像は、筆記体のような曲線を描いていた。
Sincérité
まごころ、という意味らしい。
クリスチャン自身は照れ隠しのように髪をかき上げる。
だが、その効果は絶大だった。
再びのダメージに加えて、技の幻惑にシラノはよろめく。
そこでさらに、衝撃波を伴う突きが繰り出された。
「
床のレンガを砕いて、無形の刃が走る。
だが、黙って倒されるシラノではない。
「
その姿が消え、衝撃波は空振りに終わる。
シラノのいた辺りに、レンガの深い裂け目を残したばかりだ。
代わりに、クリスチャンは正面からの不意打ちを受けて、地蔵倒れに倒れた。
ふらふらと立ち上がるクリスチャンをめった切りにしようと思えばできるが、敢えて画面端まで跳びすさる。
追撃をかけるクリスチャンは間合いを詰めてくるが、それも計算のうちだ。
「
シラノの叫びに応じるように、いつのまにか増えていた人だかりの中から、カウントを取る声が挙がる。
ひとつ!
ふたつ!
シラノの足元から全身へと、溜めこまれた力がみなぎっていく。
その声が、観客の声とひとつになった。
「みっつ!」
気力ゲージ「武勲《いさおし》」が最高潮に達する。
……お返しだ!
シラノのレイピアが横薙ぎに一閃すると、アラスの要塞が崩れんばかりに震撼する。
風がしなやかで強い刃となって、どこまでも広がってゆく。
だが、クリスチャンの身体が画面端まで吹き飛ばされることはなかった。
ただ、その姿があった足元で、砂煙が渦を巻いているばかりだ。
「
衝撃波で体力ゲージを削られはしたが、身体を大きく捻ってかわした反動で、捨て身のレイピアが強烈な斬り下ろしを放つ。
……かわしきれない!
こういうときこそ、前へ出るのがガスコーニュの男だ。
「
かつて佐藤がダルタニャンで挑んできたときに、相討ち狙いで使った技だ。
シラノの体力ゲージは危険領域にまで落ち込んだが、それはクリスチャンも同じことだった。
……次に食らう前に。
互いに、命懸けで最後の一撃を狙うことになる。
相手に考えさせる間を与えれば、自分がより不利になる。
……それなら、一撃必殺はない。
クリスチャンは深手を負いながら、さっきの一撃の勢いを失うことはなかった。
それどころか、再び半回転して横薙ぎのレイピアを振るう。
「
だが、その先にシラノの姿はない。
……思った通りだ!
斬ったのは、その残像だった。
「
残った6人のシラノが、次々にクリスチャンへと刃を浴びせる。
それに対する剣先はといえば、くるくると自在に宙を駆ける。
手紙でもつづるかのような軌跡が、浮かんでは消えた。
放たれた最後の一突きが、ピリオドを狙う。
眩いばかりの閃光。
それを受け止めたのは、実体のシラノが構えた剣だった。
自分で戦っていたかのように、僕の身体の奥から重い吐息が漏れる。
……次の手は?
一瞬、そう考えたのが甘かった。
次のコマンドを入力する前に、クリスチャンが自分の鼻を指差してみせる。
……しまった。
原作の『シラノ・ド。ベルジュラック』の、「鼻尽くし」のシーンだ。
シラノが得意顔で語る百人斬りの武勇伝に、クリスチャンは茶々を入れる。
あらかじめ、青年隊の男たちに戒められていた一言をわざわざ使って。
つまり、鼻。
怒りに我を忘れたシラノが、思わず前に出る。
僕のコントロールとは関係なしだ。
……やられた!
挑発に乗せられたシラノが突進する。
コントロールが利かない。
その勢いに合わせて、クリスチャンは渾身の一撃を叩き込む。
「
だが、それは代わりにコマンドを入力する余裕ができたということだ。
それに気づかなかった相手を嘲笑うかのように、3つの文字が宙に浮かぶ。
「ま」
「ぬ」
「け」
そのたびに閃いたのは、シラノの剣の軌跡だ。
「
羽根帽子の下の顔の真ん中を笑う者は、たとえ親友でも容赦はない。
その身体は、三枚に下ろされる。
十三妹やクリームヒルトを丸裸にしたセクハラ技は、本来、こうやって使うのだった。