ハセオ草紙!~銀のスプーンを守る大食い美少女と同居して格ゲーで世界を救います~ 作:兵藤晴佳
双方の体力ゲージが、生きているぎりぎりのレベルで揃えらえれた。
気力ゲージ「武勲《いさおし》」と「純愛」が極限値で燃え上がる。
それを見届けたかのように、ロクサアヌの姿が消えた。
お互い、最終奥義を使うなら今だ。
それが僅かに早かったのか、先に動いたのはクリスチャンのほうだった。
ガードを下げ、胸に手を当てる。
画面上に、その言葉がカットインされた。
「Pour toi, ma sincérité.(私の真心を、あなたに)」
それは、ロクサアヌへのものか。
……それとも。
プラチナの光を全身にまとったクリスチャンが、それをレイピアに託して渾身の突きを放つ。
「
純粋な真心を込めた光が、どこまでも続く刃となって伸びていく。
その輝きは、神々しくさえ思われた。
一瞬だけ出遅れたシラノは、このガード不能級の技を食らって吹き飛んだ。
わずかに残った体力ゲージが消滅する。
だが、ゲームは終わらなかった。
コントローラーの利かないイベント発生の間に、コマンド入力のための呼吸を整えることができたのだ。
ひらりと着地したシラノは、僕の操作を受けて、すぐさま反撃に転じる。
「
対クリームヒルト戦で使った、起死回生の技だった
本来なら体力をゼロにできる攻撃を受けても、反撃のために1回だけ、なかったことにできるのだ。
大技を外して無防備になったクリスチャンに、シラノはレイピアの一突きを見舞う。
最後に残ったわずかな体力は、ここで尽きた。
……終わった。
本当に決闘で親友を手に掛けたかのような悲しみと痛みが、安堵で緩んだ身体を浸し。
……え?
そうになった。
クリスチャンは倒されてはいなかった。
身体をレンガの床とほとんど平行にして、突進してくる。
「
間合いを詰めながら、レイピアを次々に繰り出してくる。
上段・中段・下段。
超高速の多段突進が、シラノを襲った。
……こっちも無敵技かよ!
つまり、これも起死回生の「ロマン技」だ。
発動条件は、体力が極限状態に落ち込んだところで、必殺技を連続して3つ以上、しかもロクサアヌ召喚といったところか。
おそらく、これもガード不能級だ。
命懸けで来る分、クリスチャンの動きは速い。
あまり大掛かりなコマンドは間に合わない。
しかも、シラノの前から突然、クリスチャンの姿は消えていた。
……そんな技、あったか?
直情径行の熱血美青年に、そんなものがあるはずはない。
画面の上端を超えて跳躍したクリスチャンが、剣を手にしたまま稲妻のような跳び蹴りを放ってくる。
だが、着地したところにシラノの姿はなかった。
「
逃げても無駄だが、攻める手ならいくらでも残っていた。
スティックを下から後ろへ振って、「防御」を叩くことぐらいはできる。
跳び蹴りの後に決まるはずだった投げ技も空振りに終わって、クリスチャンは無様につんのめることになる。
その背後に現れたシラノは、悠々とレイピアを繰り出した。
……才のない奴ァ、この通りさ!
だが、クリスチャンのターンはまだ終わっていなかった。
ロマン技の無敵状態は生きていたのだ。
振り向きざまに斬り上げた渾身の剣から放たれた閃光が、画面を斜めに斬る。
そのときにはもう、僕はすでに次のコマンドを使っていた。
かなり大掛かりなヤツを。
反対側に振ったスティックを下から前へ、2回繰り返して「強」ボタン。
「
目もくらむばかりの光が収まると、シラノが差し違える覚悟で繰り出した剣は、クリスチャンの身体を貫いていた。
だが、羽根帽子の吹き飛んだ頭には、血染めの包帯が巻かれているのだ。
……どっちだ?
店中の客がゲームの手を止めて、<リタレスティック・バウト・ザ・ビヨンド>の画面を見つめている。
やがて、尼僧の姿をしたロクサアヌが、正面にある修道院の扉を開けて駆け込んでくる。
……愛する人の腕の中で、弔いを受けるのは?
シラノの身体が、ふらりと揺れる。
観客の中から、ああ、というため息が漏れた。
だが、天下無双の剣豪詩人は、軽いステップをひとつ踏んだだけだった。
ふわりふわりと落ちてきた羽根帽子を、ひょいと手にとって目深にかぶる。
背を向けた先で、がっくりと膝をついたのはクリスチャンだった。
その身体を抱きしめたロクサアヌを後に、シラノは画面上から歩み去る。
スクリーンの中央には大きく、勝負の終わりを告げる文字が浮かんだ。
勝者を告げる、「CYRANO WIN」ではない。
「GAME OVER」と。