ハセオ草紙!~銀のスプーンを守る大食い美少女と同居して格ゲーで世界を救います~   作:兵藤晴佳

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銀のスプーン再び

 そのとき、板野さんとのチャットアプリが、呼び出しの鐘を鳴らした。

 スマホの画面を確かめる。

 

「お土産、何がいいですか?」

 

 ……買い物は終わったかな。

 

 気になって時計を見ると、もう午後2時だった。

 考えてみれば、今日は客の多い日だったのだ。

 そう思うと、急に腹が鳴りだした。

「すみません、昼メシまだなんで!」

 給湯室でサボってるっぽい店長に声をかけて、エプロンを預けていく。

 ああ、という返事も待たずにフードコートへと駆け出した。

 日曜日の昼下がりだから、客はまだまだ多い。

 今朝聞いた、HILDEの新曲はまだ流れている。

 

  Shine over me        

  もっと輝きたいから この声が届く場所まで来て 

 

 フードコートは、僕のように遅い昼食を取る客と、おやつを食べようとする客でごったがえしていた。

 僕は何となく、空いている席に座って気づいた。

 

 ……この辺だった。

 

 ファーストフードのパフェを頼んでしまった自分を、我ながら未練がましいとも思う。

 フードコートを行き来する人にぶつかりそうになりながら、僕は順番待ちの番号札を握りしめて、席へと向かう。

 思い出すのは、エキシビジョンマッチの後、軌道エレベーター基盤部の上で聞いた、鬼の目をした老人の言葉だった。

 

 ……「必ずやってくる、とだけお知らせしておきましょう」。

 

 夏休みが明けた後は、いつ会えるかと心待ちにしていた。

 だが、高校3年の秋は忙しい。

 9月に入れば、もう受験の準備が待っている。

 e-スポーツのプロになるための専門学校進学を、親はまだ認めていない。

 自分で願書を揃えて、生活を切り詰めて、バイトのシフトも増やして受験した。

 もちろん、単位も落とせない。

 死に物狂いで勉強した。

 そのおかげで進路は確定したが、あの夏のひとときのことは記憶から消えていった。

 紫衣里のことは忘れるわけがなかったが、僕たちの間にあったことは、まるで夢か幻のように思えてならなかった。

 

 テーマパークでのワールドタイトルマッチ。

 伊勢湾上の、軌道エレベーターでの決戦。

 極貧生活。

 そして。

 

 ……嵐の夜の抱擁。

 

 雨に打たれて冷え切った身体を、僕と紫衣里は素肌を重ねて温めあったのだった。

 あの日々は、たぶん、どこまでも続く日常の中で、薄れ、かすれて、記憶の中に消えてしまうのだろう。

 

 混んでいるにも関わらず、何も置かずに空けたさっきの席は、まだふさがっていなかった。

 向かいの席に、先客がいたのだ。

 白のフード付きロングパーカーを羽織った、ポニーテールの女の子だった。

 満面の笑顔で、僕に向かって身を乗り出してくる。

「久しぶり」

 黒縁の眼鏡の奥には、澄み渡った瞳がある

 いくら何でも忘れないだろうといえるくらいの美少女だった。

「ええと、どちら様?」

 目の前に迫る整った顔立ちにアクセントをつけているのは、もちろん、太い黒縁の眼鏡だ。

 その顔をまじまじと見ているうちに、ようやく、眼鏡にレンズが入っていないことに気づいた。

 いわゆる、伊達眼鏡だ。

 

 ……これ、取ったら分かるかもしれない。

 

 だが、伊達眼鏡の美少女は、ムッとした顔で立ち上がった。

 黒のショートパンツからは、すらりとした白い足が伸びている。

 紺のニーソックスに、白のスニーカーが映えていた。

 不満げに腕組みをして、僕をじっと見降ろしている。

 やがて、ベージュの小さなショルダーバッグをテーブルに置いた。

 前のめりになったところで、パーカーの前がはだける。

 思わず全身で目をそらしたのは、白い薄手のリブニットで抑えようとしても分かるボディラインだったからだ。

 そこで一瞬、考えてはいけないことを考えてしまったのは、僕も男だからだろう。

 あの嵐の夜、僕の背中に押し付けられた、あの感触を思い出してしまったのだ。

 

 ……まさか?

 

 やましいことがあるので、顔を背けたまま、おそるおそる横目で見上げてみる。

 豊かな胸元には、あの銀のスプーンが光っている。

 女の子は、勝ち誇ったような顔でにやりと笑った。

 ポニーテールをほどいて、眼鏡を上げる。

 その素顔を見て、僕は思わず、身体を起こして声を荒らげた。

「どこに行ってたんだよ!」

 テーブルの脇を通り過ぎた客が、驚いて振り向いた。

 すみません、何でもないですと首をすくめる僕の前に、紫衣里はショートパンツの腰を下ろした。

「いろんなとこ」

 平然と答えるとテーブルに中肘をついて、組んだ指の上に顎を乗せる。

 最後に目にした白のワンピース姿とは真逆の奔放な姿に、思わず目を奪われる。

 

 ……こんな感じだったっけ?

 

 今までとは別の可愛らしさに、声が詰まる。

 だが、無理矢理に押し出さないわけにはいかなかった。

「あんなに姿晒して!」

 この1ヶ月半、どれだけ心配したか。

 だが、紫衣里は気にもしない。

 どっと力が抜けて、次に何を言っていいのか分からなくなった。

 だが、気まずい間ができることはなかった。

 フードコートに、アナウンスが入ったのだ。

「8番札をお持ちのお客様……」

 神のお告げとばかりに、間を持たせようと掌を開けてみると、しっかり「8」の字が刻印されたプラスチックの札がある。

「あ、ああ、パフェ、取ってくるよ」

 紫衣里の顔つきが、ぱっと明るくなった。

 いそいそと席を立って、人混みの中へと潜り込む。

 振り向くと、手を振る紫衣里の姿が行き交う客の影に隠れて見えなくなった。

 ファーストフード店の窓口でパフェを受け取ったところで、ふと、不安になった。

 

 ……これ、本当に紫衣里が食べるのか?

 

 そのつもりで、僕自身が口に運ぶのではないかという気がした。

 恐ろしい記憶がよみがえったからだ。

 それは、あの鬼の目をした老人が海風の中、沈む夕陽の中で黒い影となって告げた言葉だった。

 

 ……「いずれ、忘れられても仕方がありますまい」。

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