【完結】少女忍法帖ミチルっち:忍法ブチギレの術   作:ていん?が〜

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全11話で、最終話まで作成済みです。


第1話:忍法・1時間怒号の術

 雲ひとつない快晴の午後、百鬼夜行連合学院の片隅にある古い校舎の裏手。そこには、今日も今日とて賑やかな忍術研究部の面々がいた。

 

「いい? イズナ、ツクヨ。今回の動画のテーマは『忍者の日常・隠密買い出しの術』だよ! いかに人混みに紛れ、誰にも気づかれずに購買部限定スイーツを手に入れるか。これこそ現代忍者の嗜みってわけ!」

 

 銀髪のタヌキ耳をぴこぴこと動かしながら、部長の千鳥ミチルは手に持ったハンディカメラを掲げて胸を張った。

 セーラー服の上に羽織った忍装束風の衣装が、彼女の自信満々な態度に合わせて揺れる。

 

「はい! 部長! イズナ、精一杯努めます! 主殿にも自慢できるような、素晴らしい動画にしますよぉ!」

 

 キツネ耳を激しく左右に振り、尻尾をブンブンと振り回しているのは1年生の久田イズナだ。

 彼女の瞳はキラキラと輝いており、ミチルの提案に一点の疑いも抱いていない。

 

「あの……部長……。私、こんなに大きいから、隠密なんて……きっと目立ってしまって……ごめんなさい……」

 

 180センチの長身を申し訳なさそうに縮め、ウサ耳を垂らしているのは大野ツクヨだ。

 彼女はおどおどと自分の指をいじりながら、控えめにミチルの後をついていく。

 

「大丈夫だってツクヨ! その大きさも、忍法『大岩の術』だと思えばいいんだから! さあ、レッツゴー!」

 

 ミチルは快活に笑い、二人の背中を叩いた。彼女の性格はどこまでも明るく、人懐っこい。

 そのお人好しさは学院内でも有名で、時としてそれが仇となることもあった。

 

 

 

 

 三人が購買部へと向かう廊下を歩いていると、曲がり角からガラの悪い数人の生徒たちが現れた。

 他校から遊びに来たのか、あるいは学内の素行不良者か。派手なスカジャンを羽織ったスケバンたちが、道を塞ぐように立ちはだかる。

 

「あーら、また変なコスプレごっこしてる連中じゃない。ねえ、そこのデカいの、邪魔なんだけど」

 

 スケバンのリーダー格が、ツクヨを指差してせせら笑った。ツクヨはビクッと肩を震わせ、ミチルの背後に隠れようとする。

 

「あ、えっと、ごめんなさい! すぐにどくから、怒らないでほしいなーって!」

 

 ミチルは愛想笑いを浮かべながら、両手を振って場を収めようとした。しかし、スケバンたちはミチルの下手に出る態度を見て、さらに調子に乗ったようだ。

 

「はっ、相変わらずヘラヘラしてんな、このタヌキ。おい、喉乾いたんだけど、なんか買ってこいよ」

 

 リーダー格の女が、飲みかけの缶コーヒーをミチルの頭から無造作にぶちまけた。

 

「あっ……」

 

 茶色の液体が、ミチルの銀髪と制服を汚していく。ボタボタと滴るコーヒー。それでもミチルは、顔を拭いながら「あはは、失敗しちゃった。ちょっと冷たかったかな」と笑って許そうとする。

 

「なんだよその顔、反抗期かぁ?」

 

 スケバンの一人が、ミチルの腹部に鋭い蹴りを叩き込んだ。ドスッ、という鈍い音が響き、ミチルの体がくの字に折れ曲がる。

 

 「ぐっ……」

 

 「部長!!」

 

 イズナが叫び、巻物に手をかけようとするが、ミチルは震える手でそれを制した。

 

 「……だ、大丈夫。ちょっと……びっくりしただけ……」

 

 「まだ笑ってやがる。ムカつくんだよ、そのツラ!」

 

 次は横面を激しく殴り飛ばされた。バチィィィン! という乾いた音が廊下に木霊する。

 ミチルの頬は瞬く間に赤紫に腫れ上がり、口の端から一筋の血が流れた。それでも、ミチルはゆっくりと顔を上げ、腫れた顔で弱々しく微笑んでみせた。

 

 「いいよ……イズナ、ツクヨ。喧嘩は……忍者のすることじゃないから……」

 

 「おいおい、聖人君子ぶってんじゃねえよ!」

 

 スケバンたちは面白半分に、倒れ込んだミチルの背中や脇腹を何度も蹴りつけた。ドカッ、ボカッ、という生々しい衝撃音が続く。

 床に転がりながらも、ミチルは決して反撃せず、ただ後輩たちに「手を出さないで」と視線で送り続けていた。

 

 「な、何を……! 部長に何をするんですか!!」

 

 イズナが怒りに顔を赤くし、クナイに手をかけようとした。ツクヨも涙目になりながら、スケバンたちを精一杯睨みつける。

 彼女たちの心は、理不尽に傷つけられる大好きな部長への悲しみと怒りで限界に達していた。

 

 「待って、二人とも。ダメだよ、喧嘩は。私は全然気にしてないからね? 笑って許してあげようよ」

 

 ミチルは二人を制し、優しく微笑んだ。ボロボロの制服、コーヒーまみれの髪、腫れ上がった顔。それでも彼女は、自分を貶める行為に対しては驚くほど寛容だった。

 

「けっ、本当におめでてー奴。おい、さっさと行けよ。見てるだけで虫唾が走るんだわ。……つーかさ、お前みたいな『伝統の継承者』ぶってる奴が一番ムカつくんだよね」

 

 

 その瞬間。

 

 空気が凍りついた。

 

 

 ミチルの顔から、一切の表情が消えた。

 

 たった今、スケバンが口にした言葉。それは他人からすれば、何の変哲もない、あるいは少し的外れな悪口にしか聞こえないフレーズだった。

 

 

 だが、ミチルにとっては違った。

 

「……今、なんて言った?」

 

 

 ミチルの声から、先ほどまでの「ふにゃふにゃ」とした柔らかさが完全に消失していた。地を這うような、低く、重い声。

 

「は? だから、伝統の継承者ぶってんのがムカつくっつったんだよ! 何その顔、生意気な――」

 

 スケバンが言い終わるより早く、ミチルの手が動いた。

 

 ドゴォッ! という衝撃音と共に、ミチルの右手がスケバンの胸ぐらを掴んでいた。153センチのミチルが、自分より頭一つ分は大きいスケバンを、片手で軽々と持ち上げる。

 

「ぐ、あ、がはっ!?」

 

 スケバンの足が地面から離れ、宙を泳ぐ。ミチルの顔は、今まで見たこともないほど真っ赤に染まり、額には青筋が浮かんでいた。

 その瞳には、荒れ狂う火炎のような怒りが宿っている。

 

「ふざけるな……ふざけるなよ……!! 貴様、今、何と言った! その薄汚い口から出た言葉を、もう一度言ってみろッ!!」

 

 廊下にミチルの絶叫が響き渡った。それは怒号というよりも、魂の底からの咆哮だった。

 

「ひ、ひいぃ……!?」

 

「部長……? う、うわぁぁぁん! 部長が怖いよぉ!」

 

 あまりの豹変ぶりに、イズナはその場にへたり込んで泣き出した。あんなに優しかった大好きな部長が、今は鬼のような形相で他人を締め上げている。

 

「う、うぅ……部長……やめてください……怖い……です……」

 

 ツクヨもガタガタと膝を震わせ、その場に立ち尽くすことしかできない。

 

「黙ってろッ!!」

 

 ミチルの一喝に、イズナとツクヨは飛び上がって硬直した。

 

「おい。お前だ、お前。さっきの言葉、どういうつもりで言った。あ? 伝統? 継承者? ふざけるな! 私の動画のどこにそんな要素がある! 私は、私はなぁッ! 常に最新の、最先端の『ミチルっち流忍法』を追求してるんだよッ!!」

 

 ミチルは宙に浮かせたスケバンを激しく揺さぶりながら、顔を至近距離まで近づけて怒鳴り散らした。

 

「そんな古臭い言葉で、私の活動を定義しようとしたな!? 万死に値するぞ! おい、何が悪かったのか答えろ! 自分の過ちを言語化しろッ!!」

 

「ご、ごめんなさ……あ、伝統とか、言ったのが……悪くて……」

 

 スケバンは恐怖で顔をひきつらせ、泣きながら謝罪の言葉を絞り出す。

 

「却下だッ!!そんなのは上っ面だけの謝罪だ!心がこもってない!やり直しだ!お前が何故、あんな言葉を選んだのか、その思考のプロセスから全て説明しろ!納得いくまで帰さんぞッ!!」

 

 ミチルの万力のような握力は、1ミリも緩まない。スケバンがどれほど暴れても、重力に逆らって吊り上げられたまま、ミチルの烈火の如き説教を浴び続ける。

 

 10分が経過した。ミチルの怒りは収まるどころか、燃料を投下されたかのように勢いを増していく。

 

「まだだ! まだ反省が足りない! お前の目はまだ『助かりたい』という欲望に満ちている! 真に己の無知を恥じ、私の忍道に対する冒涜を悔いるまで、私は絶対に離さないからなッ!!おい、聞いてるのか! 私の編集ソフトのレイヤー数を知っているのか! 伝統? 笑わせるな! 私は毎秒アップデートしてるんだよッ!!」

 

 ミチルは狂ったように叫び続け、相手の顔面に鼻がつくほどの距離で延々と論理的な断罪を繰り返す。

 

 30分が経過。スケバンはすでに涙も枯れ果て、魂が抜けたような顔でミチルの怒鳴り声を聞いていた。

 もはや返事をする気力もなく、ただただ吊り下げられた状態で、ミチルの「動画制作における独創性と伝統の乖離」についての講義を聞かされる拷問に耐えていた。

 

 45分が経過。廊下を通る他の生徒たちは、遠巻きにこの異常事態を眺め、恐れおののいて足早に立ち去っていく。イズナは泣き疲れてツクヨの肩で震えており、ツクヨは泡を吹かんばかりの形相で虚空を見つめていた。

 

 

 そして、ちょうど1時間が経過した頃。

 

 

「……二度と、私の前であんな言葉を口にしないと誓うか?」

 

 ミチルが静かに、しかし冷徹な声で問いかけた。

 

「ち、誓います……絶対に、二度と言いません……伝統とか……継承か……もう言いませんから……助けて……」

 

 スケバンが消え入るような声で答えると、ミチルはようやく手を離した。ドサリ、とスケバンが床に崩れ落ちる。

 

「……ふん。分かればいいんだよ、分かれば」

 

 ミチルは懐からハンカチを取り出し、コーヒーで汚れた髪を無造作に拭くと、何事もなかったかのようにパッと明るい笑顔に戻った。

 

「さあ!イズナ、ツクヨ!撮影の続きに行こうか!ちょっと予定より時間が押しちゃったけど、忍者はスピードが命だからね!」

 

 ミチルは快活に笑い、震えが止まらない二人の肩を組んだ。

 

「ぶ、部長……今のは……いったい……」

 

「わ、私……もう……歩けません……」

 

「え? 二人ともどうしたの? そんなにコンビニスイーツが楽しみすぎて腰が抜けちゃった? あはは、可愛いなー!」

 

 ミチルはお気楽な声を上げながら、呆然自失の二人を連れて購買部へと歩き出した。

 

 背後では、解放されたスケバンたちが「化け物だ……」「もう関わりたくない……」と泣きながら逃げ出していく。

 

 何が彼女の逆鱗に触れたのか。

 

 

 『伝統の継承者』。

 

 

 一般人には理解不能な、しかしミチルにとっては許しがたいNGワード。

 

 忍術研究部の明日は、どこまでも予測不能で、そして恐ろしいものになりそうだった。

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