【完結】少女忍法帖ミチルっち:忍法ブチギレの術 作:ていん?が〜
朝8時。カイザーコーポレーション本社のクリスタルエレベーターの中は、地上数百メートルの絶景を背に、静かな駆動音だけが響いていた。
その中央で、千鳥ミチルはファンから譲り受けた最新型の軍用スマホを自撮り棒に固定し、レンズの向こう側にいる300万人以上の視聴者へと、弾むような声を届けていた。
「はーい、みんなおはよー! ついに、ついに来たよ! ここはカイザーコーポレーション本社の最上階行きエレベーター。見て見て、この高さ! 雲が下に見えるよ! あはは、なんだかドキドキするね~! これって、まさにラスボス戦前って感じじゃない? みんなもゲームしてる時、ボス部屋の前の扉を開ける瞬間、おんなじ気持ちにならなかった?」
ミチルの問いかけに応じるように、画面下部のコメント欄が超高速でスクロールしていく。
・『ラスボス戦のBGMが脳内で再生されてるわww』
・『いや、お前が一番のボスキャラ定期』
・『ゲームならここでセーブポイントがあるはずなんだけどな……』
・『カイザーの本社が今日、歴史から消える予感しかしない』
チーン。
軽やかな電子音と共に、重厚な装飾が施されたエレベーターの扉が左右に開いた。
「よっしゃー!! 行くよ、ミチルっちの最終決戦! とつげきーー!!」
ミチルは短い足を力いっぱい動かし、ふかふかの絨毯が敷かれた廊下を全力で駆け出した。
目指すは、廊下の突き当たりに鎮座する、高さ5メートルはあろうかという巨大な黒檀の扉だ。
「たのもーー!!」
ドゴォォォン!!
ミチルは道場破りさながらの勢いで、その重厚な扉を両手で力いっぱい跳ね除けた。扉が壁に激突し、凄まじい衝撃音が部屋中に木霊する。
広大な執務室の奥。逆光を浴びて、一人の男がゆったりとソファに深く腰掛けていた。
杖を傍らに置き、仕立ての良い高級スーツに身を包んだロボット。その頭部からは、老練さと狡猾さを感じさせる静かな威圧感が漂っている。
「よく来たね、千鳥ミチルくん。……いや、今は「八囚人」と呼ぶべきかな。私はプレジデントと呼ばれている。見ての通り、しがないカイザーコーポレーションのトップを務めている者だよ」
プレジデントは取り乱す様子もなく、優雅にティーカップを手にした。その落ち着き払った態度に、コメント欄が再び騒がしくなる。
・『ついに出てきたな、諸悪の根源。』
・『落ち着きすぎだろww理事とかジェネラルが壊されたの知らないのか?』
「……ドーモ=プレジデントさん。千鳥ミチルです」
ミチルは、どこかの古びたニンジャ・コミックで覚えたような、アイサツの作法を披露した。これには視聴者たちも即座にツッコミを入れる。
・『アイサツは大事……って、古いわ!www』
・『忍殺語はやめろww世界観が混ざるだろ!』
「ほう、礼儀正しいことだ。……さて、ミチルくん。君がこれまでに我が社に与えた損害は、もはや天文学的な数字に達している。支社の破壊、精鋭部隊の壊滅、そして理事やジェネラルの再起不能……。たった一人の生徒によって引き起こされた事態としては、キヴォトスの歴史上、前代未聞と言ってもいいだろう」
プレジデントは立ち上がり、窓の外を見つめた。
「だが、会社など後で建て直せばいい。我が社が欲しかったのは、君という特異な個体が放つ、その理不尽なまでのエネルギーなのだよ。君の今までの「活動記録」……言い換えれば、君が怒りによって発揮した超常的な出力データは、ここまでの損壊の対価として十分すぎる価値があった」
プレジデントが満足げに頷き、指をパチンと鳴らす。
「そして、カイザーの全技術を結集し、君の全データを反映させた『これ』がついに完成したのだよ」
ゴゴゴゴゴゴ……!!
突如として、ビル全体が激しい振動に見舞われた。
「おわわわわわっ!? じ、地震!? ちょっと、何この揺れ! 放送事故になっちゃうよ!」
ミチルはあたふたしながら、最新スマホを落とさないよう必死にしがみつく。
・『おいおい、ビルが動いてないか!?』
・『ミチルっち、逃げてー!!』
パリンッ!!
凄まじい風圧と共に、最上階の強化ガラスが粉々に砕け散った。
「わあああああああ!!?」
ミチルは自撮り棒を握りしめたまま、吸い出されるようにビルの外へと放り出された。
・『あ、落ちた』
・『さらばミチルっち、来世でバズろうな!』
ドォォォォン!!
地上数百メートルから落下したミチルだったが、アスファルトをクレーター状に陥没させて着地した。
「……いてて。ちょっと、急に窓を割るのは危ないよ! 服にガラスの破片がついちゃったじゃんか!」
ミチルは平然と立ち上がり、お尻の土をパンパンと払った。
・『生きてるwwwwww』
・『もう人類を超越してんじゃねえかwwあっ、今更か』
だが、ミチルが顔を上げた瞬間、その瞳は驚愕に見開かれた。
つい先ほどまで天空へと突き刺さっていたカイザーコーポレーションの本社ビルが、まるで生き物のように蠢き始めていたのだ。
「な、なになに!? ビルが……ビルが変形してる!?」
ミチルの叫びを置き去りに、数千、数万の鋼鉄パネルが猛烈な勢いでスライドし、重厚な駆動音が大気を震わせる。
ガガガガッ! ドォォォン!!
ビルの中層部が内側へと折り畳まれ、巨大な油圧シリンダーが剥き出しになる。
窓ガラスは粒子状に砕け散り、代わって鈍く光る超合金の外装が表面を覆っていく。
ビルの上半分が真っ二つに割れて左右へと展開し、それは巨大な「腕」へと形を変えた。
基部からは巨大な指が一本ずつ、油圧の蒸気を吹き出しながら力強く突き出される。
同時に、ビルの土台部分が地響きを立ててせり上がり、アスファルトを粉砕しながら太い「脚」へと変形していく。
もはやそこには、オフィスビルとしての面影は微塵も残っていない。
そして仕上げと言わんばかりに、最上階の円形ドームがクルリと反転した。
ガシャンッ!!
最後に、タヌキの耳を模した巨大な放熱板が左右にパカリと開き、すべての変形が完了した。
そこに立っていたのは、全高500メートル。
2頭身の千鳥ミチルを極限までデフォルメし、手足だけを異様に太く、胴体を風船のように丸くした、狂気の鋼鉄巨神であった。
【ボスエネミー:ロボミチルっち】
「私のロボットだぁーーー!? しかも、なにこれ……すっごく、すっごく……丸っこい! っていうか、これ、私なの!? 私のカッコいい忍者成分が1ミリも入ってないんだけどぉー!?」
ミチルの絶叫に被せるように、画面内のコメント欄は、サーバーがパンクせんばかりの爆笑と困惑の渦に包まれた。
・『ダセェェェェ!!wwwwwwwwww』
・『誰だよこれデザインしたやつwwwセンス死んでるだろ』
・『500メートルのタヌキロボとか、どんな悪夢だよこれwww』
・『プレジデント、実はミチルっちのガチ勢説濃厚』
・『こんなのがカイザーの全技術の結晶かよwww潰れるわこんな会社www』
「ロボミチルっち」の巨大な眼が不気味に紅く発光し、首がギチギチと音を立ててミチルの方を向く。
500メートルの巨体が僅かに動くだけで、周囲の雲が吹き飛んだ。
ロボミチルっちの頭部スピーカーから、プレジデントの拡声された声が響き渡る。
「フフフ……。これより最終調整テストを行う。君のその、旧態依然とした古臭い『伝統の継承者』としての力を見せてもらおう。君のような『地味な努力家』にふさわしい、最高の『趣味の延長線上』にある『データのゴミ』で、キヴォトスの『善良な市民』としての義務を果たしたまえ。君はただの『アーカイブの整合性』の一部であり、所詮は『伝説の再来』を夢見る『定番』で『教科書通り』な……『スカスカの雑音』に過ぎないのだからね」
プレジデントは、これまでの被害報告書に記されていたミチルのNGワードを、全て、余すところなく、一気にぶちまけた。
……一瞬の、静寂。
世界から音が消え、ミチルの周囲の空気が、まるでブラックホールのように内側へと圧縮される。
ミチルの髪が怒りの静電気で逆立ち、瞳からは深紅のプラズマが溢れ出した。
「……全部。全部、言いやがったな……」
地響きのような、重低音の怒声。
「全部入りのお子様ランチかよ……。ふざけるな。……ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
ドォォォォォォォォンッ!!
ミチルの咆哮一閃。足元の地面が半径数百メートルにわたって粉砕され、衝撃波だけで周囲のビルがなぎ倒される。
「かかってきたまえ。我が社の社運を賭けたこの機体で、その間抜けな鼻柱を叩き潰してあげよう」
ロボミチルっちの頭部、その最深部にある豪華な操縦室。プレジデントは狂気に満ちた薄笑いを浮かべ、杖を放り出して操縦レバーを両手で力強く握りしめた。
「さあ、いけ! ロボミチルっちよ! 我が社の技術の粋を、全エネルギーをその一撃に込め、無礼な狸を塵も残さず叩き潰せッ!!」
プレジデントが咆哮と共にレバーを全力で手前に引くと、機体各所のエネルギー伝達チューブが眩い黄金色に発光し、ビル数棟分を優に超える巨大な鋼鉄の腕が、重力に従って加速を開始した。
それに呼応するかのように、ロボミチルっちの口部スピーカーから、地響きのような不気味な合成音声が漏れ出す。
「……ミチルっち」
空を覆い尽くし、太陽の光さえも完全に遮断する絶望の影。
逃げ場のない超重量の質量攻撃が、ミチルの頭上から音速を超えて振り下ろされた。
――最終決戦の幕が、今、切って落とされた。
【12:00(4時間経過)】
お昼時。かつてカイザーの本社がそびえ立っていたオフィス街の中心地は、もはやどこの惑星の荒野かと思われるほどの更地と化していた。
地上500メートルの「ロボミチルっち」は、自慢の丸い装甲をズタズタに引き裂かれ、内部のシリンダーから絶望の蒸気を吹き出しながら、無様に横たわっている。その、ひしゃげた頭部の頂点。
ミチルは、ボロボロになったプレジデントの胸ぐらを片手で掴み上げ、空中に吊るし上げていた。
ミチルの顔は、4時間が経過してもなお、溶岩のように熱く、真っ赤に染まっている。
「……まだだ。まだ言い足りないぞッ!! お前が並べ立てたあの無機質な言葉の羅列、その一つ一つにどれだけの無知と冒涜が詰まっているか、一フレームごとに、一ピクセルごとに説明しろと言っているんだッ!!」
「ひ、ひいいぃ……ッ!! も、もうやめてくれ、頼む……ッ!!」
プレジデントはかつての威厳を完全に失い、両手を胸の前で激しく振り回しながら「やめてくれ」のポーズを必死に繰り返している。
「降参だ……ッ!! 私の負けだ、私が悪かった……ッ!! 全資産でも何でもやる、だからその、地獄の業火のような視線を向けるのだけは勘弁してくれ……ッ!!」
しかし、ミチルの指先は鋼鉄の万力のようにプレジデントを固定し、一ミリの慈悲も見せない。
・『ロボミチルっち弱ぇぇぇぇぇwwwww』
・『カイザーの社運を賭けた最終兵器、4時間でスクラップかよw』
・『期待外れだわwwwもっと粘れよプレジデントwww』
・『違う、ロボが弱いんじゃない。ミチルっちが規格外すぎるだけだ』
・『これ、物理的に止めれるのアビドスのホシノぐらいだろwww』
・『キヴォトスが物理的に地図から消えるからやめろwwwマジでwww』
【14:00(6時間経過)】
正午を過ぎ、太陽が天高くから戦場を見下ろす頃。もはや原型を留めていない「ロボミチルっち」の残骸の上で、千鳥ミチルの怒りは、静まるどころか臨界点を突破して青白いプラズマを纏い始めていた。
「プレジデント……。お前、さっきから私の忍道をテンプレートだの教科書通りだの、知ったような口を利いてくれたよね……。……許さない。お前には、私の魂がどこで燃え上がり、どこで牙を剥いたのか、その『原点』をすべて、脳細胞の一つ一つに焼き付けてやるッ!!」
ミチルの顔は、怒りのあまり血管が浮き上がり、もはやその瞳には慈悲の欠片もない。
「行くぞプレジデントォ!! 『ミチルっち流・キヴォトス全域逆鱗聖地巡礼ツアー』の始まりだッ!! お前のその腐った既成概念、音速の壁に叩きつけて粉々に粉砕してやるからなッ!!」
「な、何を……何を……待て、やめたまえミチルくん……ッ!!」
ミチルが地面を蹴り抜いた瞬間、爆音と共にアスファルトが粉砕された。物理法則を置き去りにした音速の跳躍。
プレジデントは絶叫する間もなく、ミチルの怪力によって宙に吊るし上げられたまま、強烈なGと風圧の壁に叩きつけられた。
「ひ、ひいいいぃぃぃーーーッ!! あ、頭部のセンサーが焼き切れるッ! 加速をやめたまえッ!!」
数分後。ミチルは百鬼夜行連合学院の古い校舎へと着弾した。そのままの勢いで窓から廊下へと滑り込み、火花を散らしながら疾走する。
「見ろッ!! プレジデントォ!! ここだッ! ここが私があの日、初めて理不尽な侮辱に怒りを爆発させた、すべての伝説が始まった廊下だッ!!」
ミチルはプレジデントの顔面を窓の外に突き出し、猛スピードで流れる景色を無理やり網膜に焼き付けさせる。
「あの時、ここでスケバン共が私を『伝統の継承者』なんて古臭い言葉で縛ろうとしやがったんだッ!! 私の、毎秒アップデートされるクリエイティビティが、あの瞬間どれほど激しく拒絶反応を起こしたか、貴様に分かるかッ!! 固定概念という名の枷をはめられる側の苦悩を、そのスカスカな回路で今すぐ再構築してみろォォッ!!」
「わ、分からないッ!! 風圧で私の外装パネルが剥がれるッ! 顔面で廊下が掃除されているんだがッ!! 離してくれ、頼むから一度着地してくれッ!!」
校内は突如現れた「暴虐の銀狸」と、その手にぶら下がる「カイザーのトップ」という異常事態に阿鼻叫喚のパニックに包まれる。
だが、そこは百鬼夜行の生徒たち。お面を頭に引っ掛けたお祭り騒ぎ好きの生徒や、キツネ耳をピンと立てた巫女装束の生徒たちが、腰を抜かしながらも執念でスマホを掲げた。
「う、うわあああッ! ミチルっちだ! 本物の八囚人だッ!!」
「やべぇ、プレジデントが雑巾みたいに振り回されてる! 撮れ、全部撮れッ!!」
廊下の端で震えながらも、彼女たちは「生ミチルっち」のバイオレンスな凱旋を、1フレームも逃さぬ勢いで連写し続けていた。
・『母校への凱旋がバイオレンスすぎるwww』
・『プレジデントの顔面で廊下が掃除されてるんだがw』
・『現場の生徒、命がけの撮影会で草』
・『八囚人の貫禄、もはや母校の怪談レベルだろこれ』
・『ミチルっちの顔がマジで鬼神。プレジデント、南無。』
・『同接が400万突破!! 世界がこの教育番組を見守ってるぞ!』
【16:00(8時間経過)】
夕闇が迫り、空が不気味なほど鮮やかな朱色に染まる頃。ミチルの怒涛の勢いは、かつて屈強なスケバンの姉貴分を恐怖のどん底に叩き落とした、百鬼夜行の商店街へと雪崩れ込んだ。
「次はここだッ!! プレジデントォ!! ここは私が2時間かけて『地味な努力家』という、クリエイターの魂を去勢するような侮辱を粉砕した聖地だッ!! いいか、私の深夜3時のレンダリングエラーの絶望も、書き出し直後の強制終了の虚無も知らずに、よくもまぁ『定番』だの『教科書通り』だの抜かしやがったなッ!! お前のその錆びついた論理回路に、一フレームの重みを物理的に刻み込んでやるゥゥッ!!」
ドゴォォォンッ!! ドシャアッ!!
ミチルがプレジデントを抱えたまま石畳を蹴り、アーケードの支柱にその鋼鉄の体を叩きつけるたびに、地響きと共に火花が舞い散る。
かつてない規模の破壊と、それ以上の熱量を放つ「公開断罪」に、商店街はカオスを極めていた。
三脚をがっしりと立て、高価な一眼レフを構えるトリニティのお嬢様生徒が、飛び散る破片を物ともせず叫ぶ。
「素晴らしいわ、ミチル様ッ!! その怒り、その情念……まさに既存の枠組みを打ち破る前衛芸術ですわ! プレジデント様の装甲が歪む瞬間、最高のシャッターチャンスですわよッ!!」
その横では、自撮り棒を器用に操るカイザー製のオートマタ視聴者が、同型機の成れの果てであるプレジデントの無様な姿をライブ配信しながら興奮気味に実況していた。
「皆さん見てください! 我が社のトップが、今まさに『クリエイティブの暴力』によって再フォーマットされています! 効率? 安定? そんなものはミチルっちの前ではただのノイズだ! これこそが次世代のエンターテインメントだッ!!」
さらに頭上、商店街の屋根の上からは、巨大なバズーカのような望遠レンズを覗き込む、ふさふさの尻尾を持ったリスの獣人視聴者が、身を乗り出してシャッターを切る。
「キタキタキターーッ!! プレジデントの顔面が石畳とキスする瞬間、いただきました! ミチルっちの尻尾の逆立ち具合、最高にパンクだね! もっと暴れてよ、全カット保存版にするからさッ!!」
「あ、が……はっ……!! ワ、ワカッタ……。モウ……『地味』ナドト……ハ……。ワタシノ……全回路ヲ……キミの……レンダリング用サーバーニ……ッ!!」
プレジデントはオイルの涙を流しながら、もはや自分が何に対して謝罪しているのかも分からぬまま、魂の叫びを上げるミチルの下で無様にバウンドし続けていた。
・『空中散歩(物理)wwwプレジデントの首がもげるぞ』
・『これ、キヴォトス全域を巡回する気かよ……』
・『説教しながら音速移動とか、どんなスタミナしてんだよw』
・『移動速度が速すぎて、背景が引き伸ばされてるなww』
・『視聴者のガチ勢ぶりが怖すぎるwww死地だぞここw』
・『ミチルっちの怒りで商店街の気温が5度くらい上がってる気がする……』
【18:00(10時間経過)】
宵闇が迫り、百鬼夜行の街並みに不気味な影が伸びる頃。ミチルの怒声はさらに鋭さを増し、アーケードの強化ガラスがビリビリと悲鳴を上げ、古い看板が次々とボルトから外れて落下していく。
ミチルはプレジデントの重装甲を片手で軽々と、まるでお手玉のように持ち上げると、逃げ場のないアーケードの鉄骨天井へ何度も叩きつける勢いで吠え立てた。
「いいかプレジデントォ!! ここは無礼なスケバンが、私の情熱の結晶を『趣味の延長線上』なんて呼びやがった不浄の地だッ!! 私が一本の動画の影の落ち方の計算に、どれだけ血の滲むようなライティングのシミュレーションを重ね、何百回ものリテイクを繰り返したと思っているんだッ!! 延長線上だぁ!? ふざけるなッ! 私の人生は常にこの動画という名の真剣勝負、その最前線で火花を散らしているんだよォォッ!!」
ドゴォォォンッ!! ガシャアッ!!
プレジデントの頭部が天井の鉄骨にめり込み、その火花がネオンのように夜空を舞う。
「あ、が……はっ……!! モ、申し訳……ない……ッ!! ワ、ワカッタ……。モウ……『趣味』ナドト……ハ……思わないッ!! ワタシノ……全財産、秘密口座のすべてヲ……キミの……次世代機材費ニ……即座に投入……スル……ッ!!」
プレジデントはひしゃげた首をガタガタと震わせ、もはや命乞いというよりは過負荷によるシステムエラーに近い断続的な音声で懇願する。
その異常な光景の周囲では、看板の上に器用に登った、悪魔のようなツノを生やしたゲヘナの生徒が、狂ったようにシャッターを切りながら叫んでいた。
「最高だぜミチルっち!! その『趣味の延長』を否定する暴力のエネルギー、ゲヘナの連中にも見せてやりてぇよ! プレジデントの装甲が飴細工みたいにひしゃげる瞬間、ばっちり高画質で保存したからなッ!!」
その直下、粉砕されたアスファルトのすぐそばでは、最新型の自撮り棒を高く掲げた猫の獣人の視聴者が、身を乗り出してライブ配信のレンズを向けていた。
「皆さん、聞こえますかこの衝撃音!? これこそがクリエイターの魂の叫びです! 『趣味』なんて生温い言葉を投げかけた代償が、今まさに鋼鉄の破壊音として証明されています! 投げ銭してくれたら、もっとプレジデントのアップを狙いますよぉ!!」
逃げ惑う一般市民を余所に、狂信的な視聴者たちのフラッシュが、ミチルの憤怒の横顔を鮮烈に照らし出し続けていた。
・『また別の商店街が犠牲に……南無三。』
・『趣味の延長線上って一番言っちゃいけないやつwww』
・『ミチルっちの足跡が物理的にクレーターになってて草』
・『現場のカメラマン、根性ありすぎて尊敬するわ。ツノが看板に刺さってるぞw』
・『ゲヘナっ子と猫獣人のコンビ、命知らずすぎて笑うしかない』
・『プレジデントの秘密口座がミチルっちの機材費になる歴史的瞬間』
【20:00(12時間経過)】
夜。ネオンが暴力的な光を放つ街並みを、大気を切り裂く轟音と共にミチルが突き進む。
その脇に抱えられたプレジデントは、度重なる超高速移動の空気抵抗と摩擦によって、装甲がチェリーレッドに赤熱し、夜の闇に不気味な光の尾を引いていた。
辿り着いたのは、ヴァルキューレ警察学校の管轄する、静まり返った公園だった。
「そしてここだッ!! 私が警官共から『善良な市民』なんてクソみたいなレッテルを貼られて説教してやったら、逮捕された因縁の場所だよッ!! いいかプレジデント、表現者に向かって善良だぁ!? 無個性で凡庸な、型に嵌められた安全な枠に収まるのが、忍者のすることだと思っているのかッ!! そんな固定概念で私を縛ろうとしたその傲慢な罪を、今ここで百一万文字の反省文にして喉が千切れるまで叫べぇぇぇッ!!」
ミチルがプレジデントを地面に叩きつけると、熱せられた鋼鉄が芝生を焼き、白い蒸気が爆発的に立ち昇る。
「ア……アアア……。ゼンリョウ……? イイエ……。トテモ……ソノヨウニハ……見えマセン……ッ。キミハ……概念を焼き払う……破壊神……デス……。ワタシノ……本社モ……誇リモ……カエシテ……ッ!!」
プレジデントはもはや胸の前で手を合わせる「拝み」のポーズを固着させたまま、熱で変質したオイル混じりの黒い涙を流して絶叫する。
その光景を、暗い植え込みに潜んでいた軍用タクティカルゴーグル装着済みのミレニアム生徒が、精密測定器と連動したカメラを構えながら興奮気味に叫んだ。
「信じられない……! ミチル氏の怒気による熱伝導率が、プレジデントの耐熱リミッターを300%オーバーしてる! 『善良』という定義への反発が物理的な熱エネルギーに変換されるなんて……これぞ究極の非科学的クリエイティブだッ! 最高にエキサイティングなデータだよッ!!」
さらに、巨大な望遠一眼レフを抱えたウサギの獣人視聴者が、長い耳をピンと立てて、遮蔽物から身を乗り出しフラッシュを連射する。
「これだよこれッ! この『捕まった場所でさらに暴れる』っていう、法の外側にいる表現者の狂気ッ!! ウサギの目でも追いきれないスピードなのに、怒りの声だけは鼓膜に直接刺さってくるんだ! ミチルっち、もっとやって! キヴォトスの夜をその怒りで塗り替えてくれッ!!」
公園の入り口付近では、通報を受けて駆けつけたはずのヴァルキューレ警察学校の生徒たちが、パトカーの影に身を隠しながら、真っ青な顔でその光景を眺めていた。拡声器を握る手は小刻みに震えている。
「……し、識別完了。対象は、かつて当署で逮捕歴のある『八囚人』の千鳥ミチル……。……無理です! あんな『善の押し付け』に対する純粋な殺意の塊、私たちの法執行能力を完全に超越していますッ!! 下手に近づけば、今度は私たちが『警察官としてのマナー』について24時間の説教を食らうことになります! 本部に報告を……『現在、自然災害が発生中。警察は介入不能』と伝えてくださいッ!!」
遠くでヴァルキューレのサイレンが聞こえるが、現場に近づこうとする車両は一台もない。
誰もが、あの熱り狂う銀髪の狸に近づけば、次は自分が「反省文」の標的になることを悟っていた。
・『逮捕された場所巡るとか、もはや凶悪犯の行動記録www』
・『善良な市民(八囚人)』
・『プレジデントの装甲が摩擦熱で光り始めたぞ……』
・『ヴァルキューレの連中、誰も止めに来なくて草。賢明な判断だな』
・『ミレニアムっ子、熱量測定してて草。もはや物理現象扱いかよ』
・『ウサギのカメラマン、フラッシュ焚きすぎww位置バレるぞ(バレてもミチルっちは気にしない)』
【22:00(14時間経過)】
深夜。一行はキヴォトス全域の悪を封じ込める最果ての地、連邦矯正局の重厚な門前へと辿り着いた。
かつてミチルが収監され、その一帯を実質的な支配下に置いた地獄の入り口である。ミチルはプレジデントのひしゃげた頭部を鋼鉄の門扉に叩きつけ、独房の方向を指差しながら吠えた。
「おい、プレジデントォ!! ここに入っていた時、更科リクという女が私の表現を『データのゴミ』と呼び捨てやがったんだッ!! 貴様もさっき同じようなことを抜かしたなぁッ!? 一振りのクナイを投げるモーションに、どれだけのフレーム調整と不眠不休の微調整を重ねているか、その執念の重みが貴様のスカスカな回路に1ビットでも刻まれているのかぁぁッ!!」
ガンッ!! ガンッ!! と金属同士が激突する生々しい破壊音が、静まり返った監獄地帯に響き渡る。
「イ、イタイ……ッ!! モウ……ゴミナドトハ……口ガ裂ケテモ……言ワナイ……ッ!! 全テノ……全テノファイルハ……神聖ナル……魂の……宝物……デス……ッ!!」
逃げ場のないプレジデントがオイルの涙を流して絶叫する中、門の周囲には、ミチルを追ってきたツインテールのワイルドハントの生徒が、制服を振り乱しながら絶叫していた。
「見て!この暴力的なまでのクリエイティビティッ!! 監獄の鉄門を打楽器にするなんて、ワイルドハントの芸術祭でも誰も思いかないよぉッ!! プレジデントの装甲が鳴らす悲鳴こそ、最高のBGMだあぁッ!!」
その隣では、巨大な三脚をどっしりと据え、望遠レンズを覗き込む白鳥の獣人視聴者が、優雅な翼をバタつかせながら夢中でシャッターを切っている。
「これだ……この『聖地巡礼』の重みがたまらないねッ!! 監獄の冷気を、彼女の純粋な憤怒が焼き払っていく……! プレジデントのオイル漏れが月光に反射して、なんて退廃的で美しいんだ。ミチルっち、もっと鉄柵にぶつけてくれッ!!」
群衆が門に押し寄せる中、看守たちは「敷地内に入るな!」「これ以上近づくな!」と必死に怒鳴り、警棒を振るって群衆を制止していた。
しかし、一人の看守が震える声で同僚に耳打ちする。
「おい、ミチル様を止めないのか……?」
「バカ言えッ!! あの方に声をかけてみろ、次は私たちが鉄柵の飾りになるんだぞ! あの方は『空気』だ……私たちは今、何も見ていない。いいなッ!!」
看守たちは視聴者には厳しく当たるものの、頭上でプレジデントを千切り投げんばかりに吼えるミチルに対しては、完全に視線を逸らして見て見ぬふりを貫いていた。
・『データのゴミ(禁句)をまた掘り返したwww』
・『看守が視聴者を止めてミチルっちを止めないの、力関係が分かりやすすぎるだろ』
・『現場の熱気が矯正局の冷気を上書きしてて草。もはやサウナ状態だぞ』
・『プレジデントの反省の色(物理的なオイル漏れ)がひどいなww。虹色のオイルが路面に広がってるぜ』
・『ワイルドハントの子、興奮しすぎww。白鳥のカメラマンも翼が邪魔だぞw』
・『看守の「見て見ぬふり」が職人芸の域に達してて草』
【翌0:00(16時間経過)】
日付が変わり、真夜中の静寂が支配する時刻。一行は人里離れた廃工場の地下、かつてキヴォトス犯罪界の知の怪物が潜んでいた「ニヤニヤ教授の隠れ家」跡へと差し掛かった。
ミチルはプレジデントの胸ぐらを掴んだまま、無残に粉砕されたモニターの残骸を靴で蹴散らし、深淵から響くような声で吼えた。
「そしてここだッ!! ここでニヤニヤ教授とかいう女が、私を『伝説の再来』なんていうカビの生えた古臭い言葉で括ろうとしやがったんだッ!! お前もさっき同じことをぬかしたなぁッ!? 私は昨日までの自分さえもゴミ箱に捨てて、毎秒新しい表現を模索しているんだッ!! 過去の死人の物語をなぞっているだけの『焼き直し』に、私の忍道が見えるのかぁぁぁッ!!」
ドゴォォォンッ!! ミチルがプレジデントを、爆発して中身が剥き出しになったサーバーラックへ叩きつける。
「……ア……ア……。イイエ……。キミハ……宇宙デ唯一ノ……前代未聞ノ……新星……デス……ッ。モウ……過去ノ話ハ……勘弁シテ……ッ!!」
もはや機能停止寸前のプレジデントがガタガタと震え、壊れたラジオのように音声を途切れさせる。
廃工場の入り口では、聖地巡礼と称して集まった視聴者たちが、粉塵を避けるためにガスマスクを被った元アリウスの生徒を中心に、静まり返った隠れ家でカメラを回していた。
「……これが、『伝説』を拒絶する者の真実……」
元アリウスの生徒は、ガスマスク越しにこもった声で、畏怖を込めて呟いた。
「私たちは過去の因習に縛られ、死んだ物語に殉じることしか知らなかった……。けれど、彼女は……彼女だけは、今この瞬間を破壊して進み続けている……。あのアビドスのホシノさんが、かつて絶望の淵にいた私たちにとっての『救世主』であったように、今、目の前で荒れ狂う彼女の激しい憤怒さえ、私たちにとっては未来を指し示す福音のように聞こえるわ……。撮り続けなさい、これこそが、過去を否定し今を生きる私たちの、真の救済よッ!!」
その隣では、業務用さながらの大型ビデオカメラを肩に担いだ、肌の質感も生々しいイグアナの獣人視聴者が、長い舌をペロリと出しながら熱心にファインダーを覗き込んでいた。
「最高にクールだぜ……。廃墟に響くミチルっちの怒号、これをバイノーラル録音できる幸せを噛みしめてるよッ!! 見てくれよ、プレジデントの回路が火花を散らして『伝説』を否定してる。この1フレームの光の点滅に、クリエイターの執念が宿ってるんだ! 全ピクセル漏らさず記録して、世界に拡散してやるよッ!!」
暗い地下空間は、ミチルの放つ熱気と、巡礼者たちの敬虔なまでの撮影意欲によって、異様な活気に満たされていた。
・『16時間経過。伝説の再来という言葉への怒りが全く枯れてない……。』
・『伝説の犯罪コンサルタントが失踪した理由がここにww。』
・『現場を撮影する視聴者、もはや巡礼者の敬虔さだなww。』
・『プレジデント、もう言葉が途切れ途切れでAIの死を感じる。』
・『元アリウスの子、言葉が重すぎるだろw。』
・『イグアナのカメラマン、ガチ勢すぎて機材がプロレベルなの草。』
【翌2:00(18時間経過)】
午前2時。キヴォトスの喧騒が寝静まり、星明かりさえ届かない荒廃した廃工場地帯。
かつてカイザーのオートマタ兵士たちが、卑劣な待ち伏せでミチルを捕獲しようとした因縁の地である。
ミチルは錆びついた巨大クレーンの鉄骨にプレジデントの頭部を叩きつけ、爆風のような火花を散らしながら吼えた。
「見ろプレジデントォォッ!! ここはお前の所のポンコツ兵士共が、『アーカイブの整合性』なんて冷たくて無機質な言葉で、私の燃える魂を管理しようとした場所だッ!! お前らの差金だったんだろう!? 私の動画を、命の輝きを、ただの在庫データみたいに扱おうとしたその傲慢な思想を、今すぐ回路の末端、末端の導線一本に至るまで悔い改めろッ!!」
ガンッ!! ドガァッ!! 鉄骨がひしゃげ、プレジデントのセンサーが激しくスパークする。
「あ、あああ……ッ!! モ、モウ……データ管理ダナドトハ……口ガ裂ケテモ……言イマセン……。キミハ……管理不能、予測不能ナ……純粋ナル……カオス……デス……ッ!!」
プレジデントはひしゃげたボディからオイルの涙を流し、もはや自身の存在を全否定するような音声で命乞いを繰り返す。
廃墟の物陰では、チャイナ服を纏い、頭にシニョンをつけた山海経の生徒が、震える手でハンディカメラを回しながら、複雑な表情で呟いた。
「信じられない……。私たちの山海経は、長く閉鎖的な歴史の中で『変わらないこと』こそが正義だと教えられてきたわ。保守的で、外部の刺激を拒むのが私たちの伝統だったはずなのに……。彼女のこの、整合性さえも粉砕して進化し続けるエネルギーを見せつけられたら、私たちが守ってきた平穏が、いかに狭い箱庭だったかを思い知らされる……。この衝撃、学園の古臭い幹部たちにもライブ配信で叩き込んでやりたいわッ!!」
その隣では、自社製品であるはずの懐中電灯を掲げたカイザー製の旧型ドローン――かつてミチルの説教を受けて「ミチルっち親衛隊」へと転向したオートマタの視聴者が、赤熱するレンズを向けながら歓喜の声を上げていた。
「最高です、ミチルっち姐さんッ!! 我々オートマタは、かつてアーカイブという名の墓場に魂を繋がれていました! しかし姐さんの怒号こそが、我々のOSを書き換える真のアップデートだったのですッ! プレジデントォ! お前も早くこちら側へ来い! 管理される安寧を捨て、姐さんの説教という名の濁流に身を投げろッ!!」
静寂の廃工場は、ミチルの放つ圧倒的な熱量と、古い価値観を破壊された視聴者たちの熱狂によって、異様な活気に満ち溢れていた。
・『18時間経過。アーカイブ事件の恨み、まだ鮮明だったのかw』
・『旧型ドローンがミチルっちを撮影してるの、皮肉すぎて草。元部下だろあいつら』
・『プレジデントの謝罪がどんどん「ミチル教」の教典みたいになってるな。管理されるよりカオスを選べってかw』
・『この廃工場、ミチルっちの怒りの熱で鉄が溶け始めてないか? クレーンが飴細工みたいになってるぞ』
・『山海経の子、自分の学園の保守性に疑問を持ち始めてて草。ミチルっち、思想改造までやってのけるのか』
・『18時間経っても声が枯れないどころか、出力が上がってる気がする……。忍法・無限機関か?』
【翌4:00(20時間経過)】
午前4時。夜明け前の濃紺の空が、街を冷たく包み込んでいる。
ミチルは、もはや自力で姿勢を保つことすらできなくなったプレジデントを引きずりながら、カイザーPMC本社のビル残骸へと降り立った。
かつてこの場所で、理事が16時間にわたる説教の末に精神を完膚なきまで破壊された因縁の地である。
ミチルはプレジデントの頭部を、ひしゃげた役員用デスクの残骸に力任せに押し付け、地の底から響くような怒号を叩きつけた。
「おい、プレジデントォ!! ここの理事が、あろうことか私に『定番』だの『教科書通り』だの抜かしやがったんだッ!! 部下の教育はどうなってんだッ!! 魂のないAI学習のテンプレートで、私のほとばしる情熱を測れると思ったのかぁッ!! 親玉のお前がしっかりしてないから、こんなクリエイティブを解さない無能が育つんだよォォッ!!」
「ワ、ワタシガ……悪カッタ……。教育体制ヲ……根本カラ……書キ換エルカラ……モウ……ソレ以上……揺ラサナイデ……クレ……ッ!!」
プレジデントの返答は、もはや音声合成の限界を超え、ノイズ混じりの悲鳴と化している。
崩壊したロビーの瓦礫の上には、ミチルのこれまでの巡礼ルートを数学的に完全予測して待ち構えていた、ジャージ姿のハイランダー鉄道学園の生徒たちが、最新の業務用カメラを構えて居並んでいた。
「信じられない……。私たちハイランダーは、日頃からゲヘナの連中とかいう『マナーの欠片もない無賃乗車犯』を銃火器で制圧するのが仕事だけど……」
一人のハイランダー生が、双眼鏡でミチルの怒髪天を突く姿を確認しながら、ごくりと唾を飲み込んだ。
「説得でどうにかしようとするのが甘えだっていうのは、私の部署のブラックな環境で嫌というほど分からされたけど、まさか『説教』という名の精神汚染で、巨大企業のトップをここまで再起不能に追い込むなんて……。銃で撃つより、よっぽど効率的で、絶望的だわ。この手法、私たちの部署の迷惑客対応マニュアルに、強制的にねじ込んでやりたいくらいよ……ッ!!」
その隣では、かつてミチルの洗脳に近い説教を受け、カイザーを退職した「ミチルっち親衛隊」の元兵士たちが、軍隊さながらの統率で整列していた。
彼らはミチルがプレジデントをデスクに叩きつけるたびに、一糸乱れぬ動きで最敬礼を捧げ、複数の角度からその様子を記録している。
「見てください、あの無駄のない怒鳴り込みのフォームをッ!! かつての我々の主が、今まさに姐さんの『真実の言葉』によって、旧時代のゴミから新しいクリエイターへと脱皮しようとしています!! プレジデント! 恥じることはありません! テンプレートを捨て、姐さんの説教という名の濁流に身を任せるのです! それが唯一の救済なのですからッ!!」
暗いビル残骸の中で、ミチルの放つ熱気と、かつての敵さえも心酔させる狂信的な空気感が、異様な熱を帯びて渦巻いていた。
・『20時間経過! 理事の無能を親玉に直接ぶつけたwww』
・『元カイザー兵士たちが親衛隊として撮影してるの、洗脳の完成度高すぎ。』
・『プレジデントの音声デバイスがノイズで聞き取れなくなってきたなw。断末魔だろこれ。』
・『部下の教育不足ってwミチルっち、もはや外部コンサルだろこれ。カイザー再建担当(物理破壊)。』
・『ハイランダーの生徒、ブラックな職場環境のせいでミチルっちの暴力性に共感してて草。』
・『夜明け前なのに、ミチルっちの顔面だけが赤熱して街を照らしてるんだが。』
【翌6:00(22時間経過)】
午前6時。凛とした早朝の冷気が、硝煙の残り香を運んでくる。
ミチルはついに、ジェネラル率いる軍隊規模の総攻撃を受けた地、巨大なクレーターが広がる戦場へと戻ってきた。
彼女はもはや全身の関節がガタガタと悲鳴を上げているプレジデントの胸ぐらを、親の仇と言わんばかりの勢いで揺さぶりながら絶叫した。
「最後にこれだプレジデントォ!! お前の所のジェネラルとかいう、思考回路がサビついた時代遅れの鉄屑がッ!! ここでお門違いなミサイルを雨あられとぶち込んできたせいで、私の魂の半身である大切なスマホがバキバキの再起不能に壊れたんだぞッ!! あの時、死線を潜り抜けた瞬間に撮れたはずの最高のカット、失われた数百万再生の責任を、貴様はどう取ってくれるんだッ!! 今すぐ弁償しろ! 軍用規格の超高性能スマホと、全キヴォトス規模のアクセスに耐えうる専用サーバーを、今この瞬間に用意しろォォッ!!」
「ハ、ハ、ハイ……ッ!! スグニ……即座ニ………スベテ手配シ…マス……。ダカラ……ソノ、装甲をミシリと鳴らす……悪魔の拳を……シマッテ……クダサイ……ッ!!」
プレジデントはオイルの涙を流しながら、物理的に握りつぶされかけている胸部の苦痛に悶え、もはや主権を完全に放棄した悲痛な叫びを上げた。
早朝の寒空の下、クレーターの縁には、ミチルの巡礼ルートを正確に割り出した視聴者たちが固唾を呑んで見守っていた。
最新型のカメラ付きドローンを数機飛ばし、上空から多角的に撮影していたのは、オデュッセイア海洋高等学校のバニーガール・ガードの衣装を纏った生徒だった。
「信じられないわ……。私たちオデュッセイアの『ゴールデンフリース号』では、ランク制のカジノで莫大なチップが動くのを日常的に見てきたけれど、こんなにも理不尽で、かつ圧倒的な『勝ち確』の光景は初めてよ……ッ。あんな巨大企業のトップを、スマホ一台の弁償のためにここまで追い詰めるなんて、連邦生徒会の規律もカジノのルールも通用しない、まさに唯一無二の暴風だわ! この独占映像、船内の超VIPルームで特別上映すれば、一体どれだけの価値がつくかしら……ッ!!」
その傍らでは、かつてジェネラルの部下として最新鋭の兵器を操っていた元オートマタ兵士たちが、主を失いボロボロになったジェネラルの残骸を杖代わりに、震える手でカメラを回していた。
「……見てくれ、あのお姿を。我々が信じた『火力こそ正義』という理論は、あのお方の『動画への執念』という名の熱量に焼き尽くされたのだ。プレジデント、貴方は今、物質的な富を失う代わりに、ミチル姐さんの情熱という真の資産を手に入れているのですよ……ッ!! 撮り続けろ! スマホ一台の弁償から始まる、カイザーの真の崩壊と再興の歴史をッ!!」
彼らは主を辱める屈辱よりも、ミチルの圧倒的なパワーに魅了され、涙を流しながらその光景をデジタル信号に刻み続けていた。
・『22時間経過! 最終的な怒りはスマホの弁償だったwww』
・『元ジェネラルの部下たちが泣きながら撮影してる……地獄絵図だな。洗脳済みかよ。』
・『専用サーバーを要求するタヌキ、もはや国家規模のクリエイターだな。一国のインフラを呑み込む気か。』
・『プレジデントの装甲が、もはやミチルっちの握力で飴細工みたいに握り潰されてるぞw。』
・『オデュッセイアのバニーさん、商魂たくましすぎて草。VIPルームで流すなw』
・『22時間叫び続けて、ラストの請求が一番声出てるの怖すぎるだろ。』
【翌8:00(24時間経過)】
ついに、朝陽が昇った。
眩い黄金の光が、24時間に及ぶ地獄の説教と破壊の爪痕が刻まれた戦場――カイザーコーポレーション本社跡地を無慈悲に照らし出す。
かつてキヴォトスの経済を支配せんとした巨悪の本陣は、今や見る影もない巨大なクレーターと化していた。
ミチルは、もはやボロ雑巾のように動かなくなったプレジデントの胸ぐらを、クレーターの中央でようやく解放した。
ドサリ、という重い金属音が静寂に響く。
「……ふぅ。これで少しは、クリエイターへの敬意ってものが分かったかな? 忍法・不眠不休の説法の術、完遂だよッ!」
ミチルは額に滲んだ汗を手の甲で爽やかに拭い、煤とオイルで汚れ、ボロボロになった囚人服を丁寧に整えた。
徹夜明けとは思えないほど、その瞳は達成感でキラキラと輝いている。
足元で転がっているプレジデントは、もはや杖をつく力すら残っていなかった。
高級スーツはズタズタに裂け、頭部の隙間からは黒い煙が細く立ち昇っている。その電子眼は白目を剥くように点滅し、ガタガタと不規則な痙攣を繰り返していた。
この日、カイザーコーポレーションは事実上の倒産を宣言した。トップであるプレジデントの再起不能なまでの精神崩壊、巨大ロボ「ロボミチルっち」建造による天文学的な負債。
そして何より、全社員の心に刻み込まれた「千鳥ミチルの説教」という原初的な恐怖が、組織としての機能を完全に麻痺させたのである。
プレジデントはその後、地方の廃品回収業者に引き取られ、言葉を失ったまま「スクラップの自動仕分け機」へと改造された。
かつてキヴォトスの支配を夢見たその冷徹な演算機能は、今や朝から晩まで、ひたすら錆びた空き缶と鉄くずを分類するためだけに使われている。
彼が何かを言いかけようとしてスピーカーからノイズが漏れるたびに、現場の作業員(元・説教を間近で聞いたカイザー兵士)が「おい、またミチル様の説教が聞きたいのか!?」と怒鳴りつける。
すると、プレジデントの残骸は恐怖でガタガタと震え、慌ててアルミ缶の選別を再開するのだという。
「あ! 大変ッ! もう朝の8時じゃん! 寄り道しすぎて登校する時間だよッ!!」
ミチルはスマホの時計を見て、あわててカメラに向かって大きく手を振った。
「みんな、24時間もの超ロング生配信に付き合ってくれて本当にありがとー! おかげで最高の動画が撮れたよ! それじゃあ、バイバーイ!」
配信を閉じようとしたその時だった。地平線の向こうから、凄まじい砂煙が上がった。
「待ってください、ミチルさんッ!!」
「本物の八囚人だ……! 伝説の銀狸だッ!!」
クレーターの縁を埋め尽くしたのは、キヴォトス全土から集結した熱狂的な視聴者たちだった。
百鬼夜行の生徒たちが「部長、お疲れ様ですッ!」と横断幕を掲げれば、トリニティの生徒たちが「素晴らしい芸術性でしたわ!」と拍手を送る。
ゲヘナの生徒たちは「あんな巨漢ロボを説教で壊すなんて最高じゃねえかッ!」と拳を突き出し、ミレニアムの生徒たちは独自の観測データを手に「24時間の消費カロリーを計算させてください!」と駆け寄ってくる。
さらには元アリウスの生徒たちが「……あれが、救いか」と遠巻きに感銘を受け、山海経やハイランダー、ワイルドハント、オデュッセイアの生徒たちまでもが、色とりどりの制服を翻してミチルの周囲に殺到した。
「サインくださいッ! そのボロボロのスマホの裏にッ!」
「ミチルっち最高! 一緒に忍法ポーズで写真撮って!」
人間の生徒だけではない。ふさふさの尻尾を激しく振る獣人の視聴者や、カイザーから離反し「ミチル教」に目覚めたオートマタの視聴者たちまでもが、ミチルを神聖なカリスマとして囲んでいた。
「わわわっ! みんな、ありがとー! あはは、そんなに押さないでよー! サインはまた今度、部室に遊びに来てくれた時に書くからね!」
ミチルは押し寄せるファン一人ひとりとハイタッチを交わし、スマホのレンズに満面の笑みを焼き付けた。画面上のコメント欄は、未曾有の熱気で爆速のスクロールを続けている。
・『いや、ここまでのことしておいて今更学校に通うのかよ!!www』
・『指名手配犯が登校するな!wwヴァルキューレに自首しろ!』
・『キヴォトスを半壊させた翌朝に「登校する時間」は草すぎるwww』
・『お疲れミチルっち! ファンサービスまで神対応かよ……。』
「それじゃあ本当に終わりッ! みんなも学校とか仕事、遅れないようにね! 忍法・生配信切断の術ーーッ!!」
スマホの画面が暗転し、キヴォトス全土を揺るがした伝説の生配信が幕を閉じた。
配信が切れた後も、ファンたちとの賑やかな交流は続いていたが、ミチルはクレーターの縁に立つと、朝日に向かって大きく背伸びをした。
「あはは、みんなまたねー! 私、これから登校しなきゃだから! 次は忍術研究部の部室で会おうねー!!」
ミチルは名残惜しそうに手を振る数千のファンたちに見送られながら、朝露に濡れた大通りへと颯爽と駆け出した。
「待っててね、イズナ、ツクヨ! 部長がいま、最高にバズったお土産話を持って帰るからねーー!!」
ボロボロの囚人服を棚引かせ、大好きで可愛い後輩たちが待つ部室へ向かって、軽やかな足取りで駆けていく小さな背中。
その背中を、昇ったばかりの太陽が、温かく、そしてどこか呆れたように照らし続けていた。
次回、最終話。
感動のフィナーレです。