【完結】少女忍法帖ミチルっち:忍法ブチギレの術   作:ていん?が〜

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第6話:忍法・8時間糾弾の術

 窓から差し込む朝陽が、古びた忍術研究部の部室を黄金色に染め上げている。

 

 カチカチという規則正しい時計の秒針の音と、シュンシュンと穏やかに鳴る茶釜の音。

 そこには、かつて部室が作られて以来、一度も訪れたことのないような深い「静寂」が満ちていた。

 

「……ふぅ。いいお湯加減です。イズナちゃん、お代わりはいかがですか?」

 

 大野ツクヨは、まるでお正月の初日の出を拝んだかのような、晴れやかで一点の曇りもない微笑みを浮かべた。

 その手つきはいつになく軽やかで、慈しむように急須を傾け、翡翠色のお茶を注いでいく。

 

「ありがとうございます、ツクヨ殿。……ああ、美味しい。温かいお茶が五臓六腑に染み渡ります……。忍びの休息とは、これほどまでに尊いものだったのですね……」

 

 久田イズナもまた、新春の穏やかな風に吹かれる子狐のような、うっとりとした表情で湯呑みを両手で包み込んだ。

 

 部長である千鳥ミチルが連邦矯正局に収監されてから、数日が経過していた。

 

 あの、やかましいほどに元気な部長がいない。

 

 たったそれだけの事実が、今の彼女たちに、キヴォトスのどの自治区よりも平和な楽園をもたらしていた。

 

「(……ああ、なんて静かなんでしょう。いつ爆発するか分からない部長の逆鱗に怯えなくていい日々が、こんなに幸せだなんて……)」

 

 イズナは心の中で、噛みしめるようにそう呟いた。普段の彼女なら主殿(先生)や部長への忠誠を第一に考えるはずだが、今回ばかりは本能が休息を求めていた。

 

「(部長……いけないことだとは分かっていますが、私、もう少しだけこの時間が続いてほしいです。部長が矯正局で規則正しい生活を送って、動画のことばかり考えずに、仏様のような穏やかな忍者に生まれ変わってくれるまで……あと数年、いや十数年くらいは向こうで自分を見つめ直してくれてもいいんですよ……?)」

 

 ツクヨもまた、同じようなことを考えていた。ウサ耳が幸福そうにピコピコと揺れる。

 

「私たちは、部長がいない間、この忍術研究部をしっかりと守っていきましょう。それが、留守を預かる忍びの務めですから!」

 

「はい……! 私、精一杯頑張ります……! 部長がいつ帰ってきてもいいように、部室の掃除だけは完璧にしておきますね……!」

 

 本音を何重にも密閉した二人が手を取り合い、平和な未来を誓い合ったその時だった。

 

 壁に掛けられた古いテレビの画面が、突如として不気味な警告音と共に切り替わった。

 

『――緊急速報をお伝えします。本日未明、連邦矯正局から囚人一名が脱獄しました』

 

 画面中央に映し出されたのは、白と黒のシマシマ模様の囚人服を着て、あろうことかカメラに向かってふざけた変顔でダブルピースを決めている、銀髪のタヌキ耳少女の顔写真だった。

 

『脱獄したのは、百鬼夜行連合学院所属、忍術研究部部長・千鳥ミチル。連邦生徒会は、事態を重く見て、彼女を「七囚人」に次ぐ八人目の大罪人――八囚人「暴虐の銀狸」として指定。その首にキヴォトス史上最大級の懸賞金をかけることを発表しました』

 

 アナウンサーの声は隠しきれない恐怖で震えている。背景には、内側から凄まじい力で半壊させられた矯正局の重厚な正門映像が流れていた。

 

『千鳥ミチルは極めて危険な思想を持ち、一度口を開けば相手の精神が崩壊するまで理不尽な罵倒を続ける狂気の怪物です。場合によっては一般人にさえ容赦のない暴力を振るいます。発見した際は決して目を合わせず、接触を避け、速やかに避難した上で連邦生徒会へ通報してください。繰り返します、彼女はもはや人間ではありません。決して接触してはなりません――』

 

「「ぶーーーーーーっ!!!!!!??????」」

 

 二人が同時に、限界まで口に含んでいた最高級の緑茶を噴き出した。茶葉の混じった液体が、黄金色に輝く畳の上に無残な放物線を描いて飛び散る。

 

「は、は、は、八囚人……!? 暴虐の銀狸ぃぃ!!?」

 

 イズナの目玉が、文字通りボコンと飛び出した。あまりの衝撃に、湯呑みを握りしめたままガタガタと震えが止まらない。

 

「ぶ、部長ぉぉぉ!! まだ入って数日しか経ってないのに!! 反省するどころか、なんでキヴォトスを滅ぼしかねない伝説の罪人になっちゃってるんですかぁぁぁ!!」

 

 ツクヨは白目を剥き、口からカニのような泡を噴き出しながら、そのまま畳の上に崩れ落ちた。

 

 穏やかな朝、日の出のような静寂、そして数年続くはずだった心の平穏――。

 

 それらすべては、わずか数十秒のニュースによって、懸賞金付きの絶望的な逃亡劇へと塗り替えられたのである。

 

 

 

 

 

 

 その頃、キヴォトスの喧騒から遠く離れた、地図にも載っていない廃工場の地下。

 

 そこには、外見の荒廃からは到底想像もつかないほど高度に情報化された、清潔で無機質な隠れ家が存在していた。

 

「ほむ。こちらです、ミチルさん。ここなら連邦生徒会の犬どもも手出しはできませんよ」

 

 ニヤニヤ教授は、優雅に黒いドレスの裾を揺らしながら、ミチルを奥へと案内していた。

 

 隠れ家の中には、無数のモニターが壁一面に整然と並び、世界中のネットワークから不正に吸い上げられた機密データが滝のように流れ落ちている。

 座り心地の良さそうな最高級の革製ソファ、最新鋭のサーバーラック、そして怪しげな薬品が並ぶ棚。

 

「へぇー! すごいじゃんここ! 秘密基地みたいで、まさに忍者の隠れ里って感じだね! ねえねえ教授、ここWi-Fi飛んでる? アップロード速度は? まさかADSLじゃないよね!?」

 

 脱獄直後の賞金首だというのに、ミチルはまるで遠足に来た小学生のようにキャッキャと周囲を見渡し、自慢のハンディカメラを回し続けている。

 

「(……ふふふ。実に単純な生き物だ。これほど御しやすい個体も珍しい)」

 

 ニヤニヤ教授は、眼鏡の奥で冷徹に目を細め、心の中で暗くほくそ笑んだ。

 

「(私は貴女の過去の動画、全482本をすべて解析しましたよ。どれもこれも、目も当てられないほど低俗で、価値のない、救いようのないゴミばかりでしたがね。ですが、そこから貴女の幼稚な思考パターン、嗜好、そして「地雷」を学習させてもらいました。その結果、貴女が望む「肯定の言葉」を8000通り作成しましたよ。餌食になった矯正局の馬鹿どもの二の舞にはなりません)」

 

 教授は優雅に歩を進めながら、確実な勝利を確信する。

 

「(これからは私の夢のために、その理不尽な暴力を有効活用させてもらいますよ、怪物さん)」

 

「さあ、ミチルさん。こちらへ。お近づきの印に、最高級の茶葉で淹れた紅茶を用意させました。まずは落ち着いて、今後の『映画製作』の話をしましょう」

 

「わーい! 教授ってば、見た目はなんか黒幕っぽいけど、意外と話がわかるじゃん!」

 

 二人は大理石のテーブルを挟んで座った。教授は淀みない動作で紅茶を注ぎ、完璧なタイミングで「慈愛に満ちた協力者」の偽りのスマイルを繰り出す。

 

「ミチルさ。貴女の動画は、まさに芸術。キヴォトスの既存の概念を打ち破る、全く新しい表現の形です。私は感動しました。そこで提案なのですが、私と一緒に『世界を震撼させる究極のエンターテインメント映画』を作りませんか?」

 

「えっ、映画!? 私の動画が、映画館のスクリーンで流れるってこと!? それって、めちゃくちゃバズるんじゃないの!?」

 

「バズるどころではありません。キヴォトスの歴史を塗り替えることでしょう。貴女はその主演にして、総監督……。私の練り上げた『計画』という名の完璧な脚本を、貴女のその溢れる才能で彩っていただきたいのです」

 

 教授は言葉巧みに、自らの破壊工作計画を「映画製作」という魅力的なパッケージに包んで提示した。

 ミチルの底なしの自己顕示欲を刺激し、彼女を計画の主犯として最前線で暴れさせるための罠だ。

 

 ミチルは身を乗り出し、期待に身を震わせた。

 

「すごいよ教授! それ最高じゃん! 私の『ミチルっち流忍法』が、世界中に配信されるってことだよね!」

 

「(ほむ、かかった。実にチョロい……。仕上げに、8000の言葉から極上の褒め言葉を投下しましょう。この言葉を投げれば、この銀狸は私の忠実な猟犬になる……)」

 

 教授は確信を持って、優雅に、そして致命的な言葉を口にした。

 

「ええ、ミチル殿。貴女のその、忍者の魂を現代に完璧にリバイバルさせた姿こそ、まさに――」

 

「――キヴォトスが誇る、偉大なる『伝説の再来』ですよ」

 

 

 

 カラン、と。

 

 ミチルの持っていたティースプーンが、カップに当たって虚しい音を立てた。

 

 

 バチンッ!!

 

 

 まるで、世界そのものが致命的なショートを起こし、時空が歪んだかのような悍ましい衝撃音が空気を震わせた。

 

「……は?」

 

 ニヤニヤ教授は、一瞬だけ思考がフリーズした。

 

 目の前の空気の密度が、急激に、かつ暴力的に上昇し、肺が内側から押し潰されそうになる。

 

 計算通りのはずだ。

 

 あんなゴミのような動画を量産する忍者を自称する者なら、その歴史を認められ、伝説の再来と称えられれば、これ以上の喜びはないはずだった。

 

 だが。

 

 ミチルの顔は、今や噴火直前の火山のように、どす黒い灼熱の色に染まっていた。

 その瞳から放たれるのは、隠れ家全体の温度を数千度上げたかのような、狂気的な憤怒の光。

 

「……今……なんて言った?」

 

 地を這うような低音。先ほどまでの「ふにゃふにゃ」とした柔らかさは、原子レベルで完全に消失していた。

 

「え、あ、ほ、ほむ……? い、いや、貴女の活動がいかに素晴らしいか、伝説の忍者のようだと褒めたのですが……」

 

「伝説? 再来? ……ふざけるな。ふざけるなよ……!!」

 

 ミチルが立ち上がった衝撃だけで、厚さ10センチの大理石のテーブルに真っ二つの亀裂が走った。

 

「貴様ッ!! 私の動画の、私の活動のどこを見てそんな言葉を吐いた!! 伝説!? 私が、過去の死人の威光を借りているだけだと!? 私が、誰かが作った物語をなぞっているだけの『焼き直し』に見えるのかッ!!」

 

「ひ、ひいっ!? ち、違うのです、これは称賛の……!」

 

 言い直そうと教授が口を開きかけた瞬間――。

 

 ミチルの右手が、肉眼では捉えきれない閃光のような速さで伸びた。

 

 

 ガシィィィィンッ!!!

 

 

「むぐおおおおおおっ!!?」

 

 ニヤニヤ教授の顔面を、ミチルの五本の指が、骨まで砕かんばかりのアイアンクローで完全にロックした。

 

 ミチルは片手で、教授を天井近くまで高く持ち上げた。

 

 教授の足が宙を泳ぎ、ドレスが激しく翻る。顔を握り潰される激痛と、得体の知れない恐怖に、教授の喉は悲鳴さえ上げられずに喘いでいた。

 

「聞けッ!! 貴様の口から出る薄っぺらな言葉はすべて、私のクリエイティビティに対する、万死に値する冒涜だ!!」

 

 ミチルの怒号が、隠れ家中のモニターを物理的に粉砕し、爆発させた。

 

「伝説!? 笑わせるな! 私は、昨日までの自分さえもゴミ箱に捨てて、毎秒新しい表現を模索しているんだよ! 私の動画の第124回と第125回のカット割りの、わずか0.5秒の進化さえ分からない『にわかファン』が、偉そうに私を定義しようとしたな!! 知ったかぶりがっ!! 私をっ!!」

 

 ミチルは教授を天井に叩きつける勢いで持ち上げたまま、至近距離でその烈火の如き視線を教授の目に突き刺した。

 

「おいッ! お前、私の動画を全部見たって言ったな!? 嘘をつくな! 見ていれば『再来』なんて言葉、口が裂けても出ないはずだッ!! 私が誰の真似をしてるって!? 答えろ! 今すぐ私の演出の独創性を、過去のどの伝説が上回っているのか言語化してみろッ!!」

 

 アイアンクローの握力は1ミリも緩まず、むしろ教授の顔面に指が食い込み、ミチルの怒りに呼応して万力のように締まっていく。

 

「私の動画のレイヤー構造を、エフェクトのタイミングを、テロップのフォント選びの苦悩を、貴様のような『計画』なんていう冷たい言葉を操るだけの女に何がわかる! 私の魂は、伝説なんていう古臭い箱に収まるほど安っぽくないんだよッ!!」

 

 

 【1時間経過】

 

 地下の隠れ家は、ミチルの怒号という名の音響兵器によって、物理的に震えていた。ミチルはニヤニヤ教授を壁に叩きつけ、天井近くまで吊るし上げたまま、一切の容赦なく言葉の弾丸を撃ち込み続けている。

 

「いいか、私の編集には『偶然』なんて一コマも、一ピクセルもないんだよ! すべてが計算され、すべてが最新! それをなんだ、『伝説の再来』だあ!? 過去の遺物と同じ棚に私を閉じ込めようとしたその傲慢な罪は、万死に値するぞッ!!」

 

「むぐ、むごおおおおっ!?」

 

 顔面をミチルの小さな、しかし万力のような五指で握り潰されている教授は、反論どころか呼吸さえままならない。

 ただ、恐怖に染まった瞳を泳がせ、喉の奥でくぐもった悲鳴を上げることしかできなかった。

 

 

 【2時間経過】

 

 教授のプライドは、すでに微塵も残っていなかった。恐怖のあまり失禁し、鼻水と涙が混じり合ってドレスを汚していく。

 だが、ミチルは教授の口をアイアンクローで塞いだまま、一歩も引かずに顔面を至近距離で睨みつけている。

 

「おい、さっさと答えろと言っているんだ! お前のその『上から目線』のコンサルタント気取り、一挙手一投足がムカつくんだよ! なんだその目は! 反省してるのか!? 私の動画制作を、血の滲むような日々のアップデートを舐めるなッ!! 忍術を舐めるなッ!!」

 

「むぐうぅ、むぐぅぅぅ……!!」

 

 喋れるはずがない。物理的に物理的な力で塞がれているのだ。しかし、今のミチルにそんな理屈は通用しない。

 答えられないことさえも「反抗」とみなされ、さらに怒りの火に油が注がれていく。

 

 

 【4時間経過】

 

 隠れ家の最新鋭サーバー群は、ミチルの発する異常な熱量と、鼓膜を震わせる怒鳴り声の音圧によってシステムダウンを起こし、次々とオーバーヒートの火を噴き始めた。照明は点滅し、火災報知器のベルさえミチルの怒号にかき消されている。

 

「ふざけているのか貴様ァッ!! さっきから黙って聞いていれば、もごもごもごもご、なんだその態度は!? おちょくってるのか!! 人間の言葉を話せっ!! 私の全動画のレイヤー構成を、暗唱できるようになるまで離さないからな! おい、聞いてるのか! 白目剥いて逃げようとするなッ!!」

 

 教授の白目は完全に剥かれ、意識はキヴォトスのどこでもない遠い宇宙へと飛び去っていた。

 もはやその姿は、吊るされたまま風に揺れる哀れな人形にしか見えない。

 

 

 【6時間経過】

 

 ミチルの声は、数時間絶叫し続けているにもかかわらず、枯れるどころか研ぎ澄まされた刃のように鋭さを増していた。

 逆鱗に触れた「伝説の再来」という言葉への憤りは、もはや神話的な領域に達している。

 

「おい、起きろオラ!! 寝て済む問題じゃないんだよ! お前の言葉には『魂』がない、クリエイターへの敬意がないんだ! 薄っぺらい言葉で擦り寄るなんて舐めた真似しやがって!! 上っ面の称賛なんて、私にとっては何よりも屈辱的な罵倒だってことも知らなかったのかッ!!」

 

 ミチルは教授の顔面を掴んだまま、天井に頭を叩きつける勢いで激しく揺さぶる。

 

「にわかファンが一番嫌いなんだよ! 知ったような顔をして、適当なレッテルを貼って満足する連中がッ! 私の明日は、今日よりも進歩しているんだ! 再来なんていう停滞した言葉で私を縛るな! お前のその貧弱な脳みそに、私の『革新』を刻み込んでやるッ!!」

 

 

 

 そして

 

 【8時間経過】

 

 ようやくミチルの手が、教授の顔面から離れた。

 

「……はぁ。もう一度、私の動画を最初から、それこそ一億回は見直せ。私のカット割りの哲学を、一フレ単位で理解するまで二度と私の前に姿を現すな。……わかったか?」

 

 ドサリ。

 

 ミチルが手を放した瞬間、かつての「犯罪界のマスター」は、文字通りボロ雑巾のように床へ崩れ落ちた。

 泡を噴き、白目を剥いたまま、ピクピクと手足を痙攣させている姿に、かつての威厳は欠片もなかった。

 

「……ふぅ。いい運動になったかな!」

 

 ミチルはパッといつもの、太陽のように明るい「お人好しの部長」の顔に戻った。

 額の汗を拭い、囚人服のシワを整えると、何事もなかったかのように微笑む。

 

「さて、忍術研究部に帰らなくっちゃ! イズナもツクヨも、今頃寂しくて部室で泣いてるだろうからね! 待っててね二人とも、部長が今、最強に『ナウい』新作動画を抱えて帰るから!」

 

 部室で震えるイズナとツクヨの元に、八囚人が一人、暴虐の銀狸の魔の手が忍び寄る。

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後。

 

 地獄の説教から生還したニヤニヤ教授は、這うようにして隠れ家の外へ出た。

 彼女は自分の手元にあった、全知全能の計画書をすべてその場で燃やした。

 

「……言葉は、毒…。言葉は、悪…。こんな目に遭うのなら………ああぁ……」

 

 彼女はその日のうちに、あらゆる連絡先と犯罪組織との縁を断ち、キヴォトスから姿を消した。

 

 その後、遠い田舎の農村で、麦わら帽子を被って黙々とカブやジャガイモを育てる、一人の少女の姿が目撃されるようになる。

 

 彼女は近所の人々から「無口だが、働き者で実直なお嬢さん」と呼ばれ、深く信頼されるようになっていた。

 かつて世界を意のままに操ろうとした指先は、今や生命を育むための逞しく節くれ立ち、明日の収穫と天候のことだけを真摯に考える、善良な農家としての第二の人生を歩み始めたのである。

 

 

 一人の忍者の理不尽なまでの執念と、8時間に及ぶ魂の断罪が、キヴォトス最大の知能犯を、静寂と大地を愛する一人の開拓者へと完全に作り替えた瞬間であった。

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