【完結】少女忍法帖ミチルっち:忍法ブチギレの術   作:ていん?が〜

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第7話:忍法・半日断罪の術

 人気のない、錆びついた廃工場地帯。

 

 かつてキヴォトスの重工業を支えたであろう巨大なクレーンや溶鉱炉の残骸が、墓標のようにそそり立っている。人っ子一人いないはずのその荒野に、場違いなほど明るく、調子の外れた歌声が響き渡っていた。

 

「ランランラ~ン、隠密の術~♪ 見つからないのが忍者の華~♪ でもバズらなきゃ意味がないんだよ~、ミチルっち~♪」

 

 千鳥ミチルは、シマシマの囚人服をバタつかせ、幼児が遠足で山登りを楽しんでいるかのように元気よく腕を振ってズンズンと進んでいた。

 

 脱獄囚という自覚は微塵もない。懸賞金首「八囚人」としての指名手配も、彼女にとっては「人気者の証」程度の認識でしかない。

 彼女が今考えているのは、次にアップロードする動画のサムネイルをどうするか、それだけだった。

 

「次はやっぱり、『脱獄してみた!【衝撃の結末】』かな? 教授さんとのコラボ動画も撮っておけばよかったなー。あ、でもあの人、最後の方は白目剥いて泡吹いてたし、コンプライアンス的にNGかも……?」

 

 独り言を言いながら、ウキウキとスキップを踏んだ、その時だった。

 

 

 ダダダダダダッ!!

 

 

 ミチルの足元のコンクリートが、無数の火花を散らして弾け飛んだ。

 

「あわわわわわっ!? なになになに、地震!? それとも最新のクラッカー演出!?」

 

 ミチルはおぼつかない足取りで、踊るように銃弾の雨を避けながら叫んだ。

 

 土煙が舞う中、廃墟の物陰から鋼鉄の駆動音が響く。一糸乱れぬ統率で姿を現したのは、カイザーコーポレーションが誇るオートマタ兵士の精鋭部隊だった。

 

 カイザーPMC――。彼らは「八囚人」に指定された千鳥ミチルの異常なまでの「対人制圧能力」と「精神汚染能力」を危険視しつつも、同時にそれを解明・利用できれば無敵の戦略兵器になると判断した。

 この待ち伏せは、彼女を「捕獲」するために用意された、万全の軍事作戦だったのである。

 

「ねー、君たち! 誰なのー? もしかして私のチャンネルの視聴者さん? サインならあとで書くけど、今は撮影中なんだよねー!」

 

 ミチルはいつもの調子で、銃口を向けてくるロボット兵士たちに気さくに話しかけた。

 

 しかし、兵士たちは沈黙を守る。

 

 カイザー上層部からの命令は絶対だった。『対象・千鳥ミチルと会話を試みるな。彼女の逆鱗に触れかねない可能性は全て排除しろ』。

 

 オートマタ兵士たちは、ミチルを一個の「生物」ではなく、回収すべき「高エネルギー体」としてのみ認識していた。彼らの間で行われるのは、作戦遂行のための最低限の、無機質な通信記録のみである。

 

「……ターゲット捕捉。距離15。捕獲プロトコルへ移行」

 

「了解。電磁ネット展開準備。周辺の熱源反応、異常なし」

 

「出力安定。『アーカイブの整合性』を確認。これより制圧を開始する」

 

 

 

 その瞬間。

 

 世界から、音が死んだ。

 

 

 

「……へ……?」

 

 一人の兵士が、間抜けな声を漏らした。

 

 今、自分たちは何をした? 

 ただ、システム上の定型文を確認しただけだ。

 客観的に見れば、それは機械の保守点検に使われる、何の害もない、誰かを攻撃する意図など微塵も含まれていない言葉だった。

 

 だが、千鳥ミチルにとっては違った。

 

「……今……なんて……言った?」

 

 ミチルの顔から、幼児のような無邪気さが消失した。

 代わりに浮き上がったのは、地獄の底で煮え滾るマグマのような、見る者をそれだけで発狂させるほどの純粋な「憤怒」だった。

 

「ターゲットの情緒に急激な変容を確認。危険度上昇、射撃……」

 

 兵士が「射撃」と言い終えるより早く、ミチルの姿がかき消えた。

 

 ドゴォォォォンッ!!!

 

「がはっ……!? 損傷、大……!?」

 

 システム確認の言葉を発した兵士のロボット顔面に、ミチルの小さな手のひらがめり込んでいた。ミチルはそのまま、自身の身長の倍はある兵士を片手で掴み上げ、背後の分厚いコンクリート壁に叩きつけたのだ。

 

「アーカイブ……? 整合性……? ふざけるな……ふざけるなよッ!!」

 

 ミチルの怒号が、廃工場の錆びた鉄骨を震わせた。

 

「私の動画を、私の魂を! そんな冷たい、ただの記録の積み重ねみたいな言葉で片付けようとしたな!? 整合性だと!? 私の創作に、決まりきった正解なんてものがあると思っているのかッ!!」

 

「全機、攻撃開始! 対象を無力化しろ!!」

 

 周囲の兵士たちが一斉にマシンガンの引き金を引いた。

 

 

 タタタタタタタタタッ!!

 

 

 数えきれないほどの弾丸が、大気を切り裂く音と共にミチルの背中、肩、そして細い脚へと容赦なく叩き込まれた。

 

 ドガガガガガッ!という鈍い衝撃音が連続し、シマシマの囚人服が無残に弾け飛ぶ。着弾の瞬間、鋼鉄に弾かれたかのような火花が散り、白煙が彼女の体を包み込んだ。

 

 だが、その煙の中から現れたミチルの背中は、微動だにしていなかった。

 

 彼女は振り返ることさえせず、ただ静かに、そして恐ろしく低い温度の殺気を放ちながら立っていた。

 着弾の衝撃から逆算される正確な座標、そして風に乗って鼻腔を突く火薬の匂い――。そのわずかな情報だけで、ミチルは背後に潜む兵士たちの位置、数、指先の震えまでも、手に取るように完璧に把握していた。

 

「……私の説教を……弾丸という物理的なノイズで遮ろうなんて……100万年、いや1億年早いんだよッ!!」

 

 刹那、ミチルが振り返りざまに地面を蹴り抜いた。

 

 ドゴォォォォンッ! という爆発音と共にコンクリートが粉砕され、彼女の体は物理法則をあざ笑うような速度で兵士たちの懐へと肉薄する。

 

「ひいぃっ!? なんだこの機動力は! 計算が合わない、捕捉不能ッ!!」

 

 逃げようと背を向けた兵士二人の首根っこを、ミチルの小さな両手が「ガシィッ!」と鉄の万力のような力で掴み取った。

 

「逃がさないと言っただろうがァッ! 私の『動画哲学』の冒頭も聞いていないくせに、どこへ行くつもりだッ!!」

 

 ミチルは左右の手に一人ずつ、そして最初に壁に叩きつけられた兵士、合計3人の獲物をガッチリと固定した。

 

「ま、待て……! 助けてくれ! おい、見てないで助けろ! 我々は同じカイザーの精鋭だろうがッ!!」

 

 捕まった兵士が、まだ距離を取っていた残りの仲間たちに向かって、裏返った声で絶望的な助けを求めた。

 

 しかし、救援に動く者は一人としていなかった。

 

「む、無理だぁぁぁッ!! あんなバケモノ、プログラムでどうこうできるレベルじゃない!!」

 

「嫌だ、死にたくない! うわああああああああぁぁッ!!」

 

 残された兵士たちは、精鋭としてのプライドも、軍人としての規律もかなぐり捨てた。

 彼らは一目散に、情けない悲鳴を上げながらクモの子を散らすように廃墟の奥へと逃げ去っていく。

 

 ガシャン、ドサッ! と逃走中に転ぶ者さえ無視し、仲間を見捨てて走り去る軍靴の音が遠ざかっていく。

 

「…………」

 

 ミチルの手に残された3人の兵士たちは、絶望に染まった顔で自分たちを置き去りにした背中を見つめ、そしてゆっくりと、地獄の業火を宿した瞳で自分たちを睨みつける「暴虐の銀狸」へと視線を戻した。

 

 彼らの顔は、もはや恐怖を通り越し、魂が抜け落ちたかのように真っ青に引き攣っていた。

 

「おい。仲間なら助けに来るのが『王道』の展開だろうが……。それをなんだ、あの無様な逃げ腰は! 私の動画の視聴者層があんな薄情な連中だと思われたらどうしてくれるんだッ!!」

 

 ミチルの怒号が、耳を劈くような音圧で兵士たちの至近距離で爆発した。

 

「貴様ら3人には、その情けない仲間の分まで、たっぷりと私の『クリエイターとしての矜持』を叩き込んでやる! アーカイブだの整合性だの、そんな無機質な言葉で私の魂を汚した罪……骨の髄まで、回路の末端まで、徹底的に後悔させてやるからなッ!!」

 

 キヴォトスで最も長く、最も理不尽で、最も熱い「地獄の時間」が、今まさに幕を開けた。

 

 

 

 

 【2時間経過】

 

 廃工場の一角、錆びた鉄骨が剥き出しになった壁際に、3人のオートマタ兵士が一箇所に固められていた。

 その至近距離、わずか数センチの距離まで顔を近づけ、千鳥ミチルは血管がちぎれんばかりの勢いで怒鳴り続けていた。

 

「いいか! アーカイブなんて言葉はなぁッ! とっくに賞味期限が切れた『終わったもの』に使う言葉なんだよッ! 私の動画は、現在進行形で、宇宙の膨張速度よりも速く進化し続けているんだ! それをなんだ、整合性だと!? 寝言は寝てから言えッ! お前たちの安っぽいOSに、私の爆発的な独創性を理解するメモリが1ビットでもあるのかって聞いてるんだよッ!!」

 

「ご、ごめんなさい……。音声認識モジュールが破損しそうです……。もう、二度とアーカイブとは言いません……。今すぐ内部メモリを全フォーマットしますから、どうか、どうか離してください……。再起動させてください……」

 

 兵士の一人が、股関節のジョイントから黒い油を漏らしながら、絶望的な命乞いをする。センサーライトは恐怖で不規則に点滅していた。

 

「却下だッ!! フォーマットして記憶を消して逃げようとするな! お前のその、冷たくて無機質な回路の一つ一つに、私の熱すぎる情熱を直接焼き付けてやるんだよ! 消したくても消えないトラウマにしてやるからなッ!!」

 

 

 【4時間経過】

 

 ミチルの怒りは、空気に触れるたびに爆発する高純度の燃料を投下されたかのように、さらに加熱していく。

 廃工場の気温は彼女の怒号が放つエネルギーによって数度上昇し、兵士たちの耐熱外装は熱で不気味に歪み始めていた。

 

「おいッ! さっきからなんだその不快な警告音は! 反省の色が1ピクセルも見えないんだよッ! 回路をショートさせて火花を吹いてでも、私の言っていることの真理を120%理解しろ! 私は、お前たちのその、数字と効率しか頭にないクソみたいな考え方を根底から粉砕しに来たんだッ!! 効率!? 無駄の中にこそ美学があるんだよッ!!」

 

「あ、あああ……。我々は……ただの……会社の……会社の命令なんです……。カイザーPMC理事の、直接の指示なんです……ッ! 機密パスワードも、理事の恥ずかしいポエム付き個人ブログも、内部情報をすべて、すべて渡しますからぁ!!」

 

「うるさいッ!! 今そんな関係ない話をするなと言っているだろうがッ!! 今は私の『動画制作における様式美』についての哲学の話をしているんだ! お前の会社の事情なんてなぁ、私のエンディングクレジットの3行目の、さらに端っこに載るほどの価値もないんだよッ!! 話を逸らそうとするなッ!!」

 

 

 【6時間経過】

 

 兵士たちの論理演算回路(プログラム)は、ミチルの絶え間ない、逃げ場のない言葉の暴力によって崩壊寸前だった。

 彼らはもはや、自分が高度な人工知能を持つロボットであることさえ忘れ、原始的な恐怖に突き動かされる鉄の塊へと成り下がっていた。

 

「いいか、私のカット割りにおける1フレームの重みを……! 一瞬の繋ぎに込めた血と汗と涙を……! アーカイブなんていう死臭の漂う言葉で一括りにしようとした罪を……! 今ここで、120万文字の反省レポートにして脳内に記述しろッ!! できない!? できないならできるまで、私は1秒たりともここを動かんぞッ!! なんなら12時間でも24時間でも付き合ってやるッ!!」

 

「ひいぃぃ……! エラー……エラー……致命的なシステムエラーです……。もう、もう嫌だ……。いっそスクラップにしてくれ……。プレス機に放り込んで、跡形もなく分解してくれぇぇ……!」

 

 

 【8時間経過】

 

 もはや兵士たちは意味のある言葉を発することすらできず、ただただミチルの顔を、焦点の定まらない虚ろな光学センサーで見つめるしかなかった。

 ミチルは彼らの首ぐらを万力のように掴み、鼻先が触れ合うほどの至近距離で、無限に続く論理の迷宮へと彼らを叩き込み続けている。

 

「おいッ! 寝るなッ! 聞いてるのか! さっきから『整合性』がどうのこうのと抜かしていたが、私の最新動画のテロップ位置が、黄金比からあえて0.3ミリだけ左上にずれている理由を、お前たちのスーパーコンピューター並みの演算装置で弾き出してみろと言ってるんだッ! ……答えられないのか!? それが、お前たちの創作に対する無知と冒涜の証拠なんだよッ!!」

 

「……ア……アア……。ミチル……サマ……。ガメン……ノ……端ガ……マブシイ……」

 

 

 【10時間経過】

 

 もはや夜が明けようとしている廃工場には、ミチルの枯れることのない、むしろ研ぎ澄まされていく怒声だけが鳴り響いている。

 捕まった兵士たちは、内部基板が限界を超えて熱暴走を起こし、耳のスピーカーや関節の隙間から、絶望を象徴するような黒い煙をモクモクと噴き出していた。

 

「まだだ……! まだ終わらせないぞッ! お前たちが、私の命よりも大切な創作活動を『ただのデータ』として処理しようとしたその傲慢さを、回路の末端、末端の導線1本に至るまで悔い改めるまで……私は絶対に、地獄の果てまで許さないッ!! ほら、シャキッとしろ! さっさと答えろ! 私の魂の叫びを、お前たちのその冷たすぎるボディで真正面から受け止めてみろッ!!」

 

 

 そして。

 

 

 【12時間経過】

 

「……ふん。これからは、言葉選びには一文字の妥協も許さないことだね」

 

 ミチルは、不意に、そして恐ろしいほど冷徹に手を放した。

 

 ガシャン、ガシャン、ガシャン。

 

 3体のオートマタ兵士は、糸の切れた操り人形のように力なく地面に崩れ落ちた。

 関節からは弱々しく火花が散り、強固な装甲はミチルの異常な握力で飴細工のようにひしゃげ、電子回路は修復不可能なレベルで文字通り「焼き切れて」いる。

 彼らは再起不能となり、もはや兵士としての機能は消失し、ただの「呻き声を上げる鉄屑」と化していた。

 

「……あ……あ……。ドウガ……サイコウ……。ミチルッチ……バンザイ……。マイド……ゴシチョウ……アリガトウ……ゴザイ……マス……」

 

 最期に、ノイズ混じりのスピーカーから漏れたのは、自我を粉々に破壊された結果、深層意識に強制的に刷り込まれた、歪で悲しい賛辞の言葉だった。

 

「よしよし、分かればいいんだよ。次は高評価ボタンも押してね」

 

 ミチルはパッと、つい数秒前まで鬼神の如き形相をしていたのが嘘のように、いつもの能天気で快活な笑顔に戻った。

 

 彼女は囚人服についた泥や火薬の汚れ、そして兵士から飛び散ったオイルをパンパンと払い、ふと思い出したように顎に手を当てた。

 

「それにしても……さっきこの兵士さんたちが言ってた『カイザーPMC理事』って、誰だろう? 私の隠れファンなのかな? それとも、新しい大規模企画のスポンサーさん?」

 

 ミチルの瞳が、キラリと捕食者のような危険な輝きを帯びる。

 

「……ふふふ。いいこと思いついちゃった! 向こうからわざわざ可愛い兵隊さんを送り込んでくれるくらい熱心なら、こっちから直接遊びに行っちゃおう! 題して、『忍者ミチルっちが行く! 悪の組織(?)の総本山へ潜入してみた!』……これ、絶対に世界中で大バズり間違いなしだよ!」

 

 潜入。破壊。そして、逃げ場のない説教。

 

 彼女にとって、世界最大の軍事企業の心臓部さえも、新しい動画の刺激的なロケ地に過ぎなかった。

 

「さあ、レッツゴー! 忍者はスピードが命だからね!」

 

 ミチルは快活に笑い、自分を捕らえようとした巨大な牙の持ち主――カイザーコーポレーションの本拠地を目指して、再びズンズンと意気揚々に歩き出した。

 

 背後の廃工場には、薄い煙を吐きながらピクピクと無意味に動く鉄屑だけが、静寂の中に置き去りにされた。

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