【完結】少女忍法帖ミチルっち:忍法ブチギレの術 作:ていん?が〜
この世界のキヴォトスは怪物がゴロゴロいますね笑。
カイザーPMC本社、最上階の理事室。
重厚なデスクに鎮座する巨躯のロボット、カイザーPMC理成は、壁一面の巨大モニターを見つめていた。
画面の中で、廃工場のコンクリートを背にした銀髪の少女――千鳥ミチルが、機能停止した自社の精鋭兵士たちを前に、カメラを回しながら意気揚々と宣言している。
『……向こうからわざわざ可愛い兵隊さんを送り込んでくるくらい熱心なら、こっちから直接遊びに行っちゃおう!』
理事がデスクを叩くと、モニターの映像が静止した。
「……捕獲に失敗したか。だが、まあいい。想定の範囲内だ」
理事の声は、冷徹な余裕を湛えていた。
「八囚人・千鳥ミチル。その理不尽なエネルギー特性は、軍事利用において計り知れない価値がある。捕縛の方法など、まだいくらでもある。例えば、彼女が執着する動画投稿サイトのサーバーを物理的に押さえ、投稿権限を人質にする。あるいは、連邦生徒会を動かして彼女の周囲を包囲網で固め、精神的な孤立を誘発させる……。ゆっくりと、チェックメイトに向けて進めるとしよう」
理事は椅子の背もたれに深く体重を預けた。
「アビドスでは失敗した。小鳥遊ホシノという100トンの規格外生物……あれは計算外だった。2年前に借金を完済されただけでなく、カイザーの息のかかっていない独自ルートでの町おこしに成功されたことで、我が社が介入する余地が完全になくなった。幹部が直接ホシノ捕獲を試みても、赤子の手をひねるように撃退されたと聞く。あそこに関わるのはもはや損しかない」
理事の目が紅く光る。
「だが、代替エネルギーはある。幸いにも、あの狸は自分からこちらを狙うと口走った。よろしい、小鳥遊ホシノ捕獲用に設計した特製トラップを、本社への道中にセット済みだ。超高重力発生装置、分子レベルで対象を分解するレーザー網、そして精神を迷宮に叩き込むVR幻覚放射器……。罠にかかり、無様にのたうち回る姿をゆっくりと待つとしよう」
理事が黒い欲望を抱えてほくそ笑んだ、その刹那だった。
バアァァァァンッ!!!
重厚な防音扉が、まるで薄い紙切れのように蹴り破られた。
「こーんにーちはーー!! 忍者ミチルっち、生配信突撃・本社編だよー!!」
スマホを片手に、もう片方の手でVサインを作りながら、千鳥ミチルがスキップで入ってきた。
「な……にっ!? 貴様、なぜここにいる!?」
理事が立ち上がり、驚愕のあまり電子回路がスパークする。ミチルはそんなことお構いなしに、スマホのレンズを理事の顔面に突きつけた。
「はい! 視聴者のみんな見て見て! これが噂のカイザーPMCの偉い人だよ! なんかデカいね、強そうだね! でも大丈夫、ミチルっちはみんなの応援を力に変えて戦うからね!」
スマホの画面内では、同接数が驚異的な勢いで跳ね上がっていた。
「【生配信:同接 1,245,678人】。わあ、すごい! ミリオン達成だよ! みんなありがとー!」
画面下部では、文字通り目にも止らぬ速さでコメントが流れていく。
• 『本当に潜入しやがったwwwこの狸、正気か!?』
• 『カイザーの理事がガチでビビってて草。歴史的瞬間だな』
• 『【警告】連邦生徒会に通報しました。現在、そちらに向かっています。』
• 『八囚人の生配信とか、キヴォトス終わったな……。でも見るわ』
「き、貴様……道中のトラップはどうした!? 重力装置もレーザー網も、起動していたはずだぞ!」
「あ、あれ? ああ、あのアトラクションのこと? すごかったよー! キラキラ光る迷路に、ふわふわ浮く床! 撮影の背景に最高だったから、踊りながら抜けてきちゃった。もっと長く遊んでたかったけど、放送時間が押しちゃうからね!」
再びコメント欄が爆速で流れる。
• 『あれをアトラクションと捉えるのは頭がおかしい』
• 『死のレーザーを「キラキラ光る迷路」って……この狸、生存本能壊れてるだろ』
• 『カイザーの最新兵器がミチルっちの背景素材に成り下がった瞬間である』
• 『もう物理攻撃効かないだろこれ、精神構造が異次元すぎる』
「お、踊りながら抜けてきただと……!?」
理事は焦燥に駆られた。油断していた。生配信で状況が完全に筒抜けになっている。
自身が用意した策も、準備が整う前に懐に入られてはゴミ同然だ。この場を武力で解決しようとすれば、かつての精鋭たちの二の舞――12時間の説教地獄が待っている。
「(……ええい、落ち着け。私は理知的な経営者だ。この場を乗り切るための最適解を導き出せ……!)」
理事は内蔵されたスーパーコンピューターをフル稼働させた。ミチルの過去の動画全482本を0.5秒でダウンロードし、全フレームをスキャン。学習を開始する。
「(わかったぞ。これまでの「犠牲者」たちは、無知ゆえに地雷を踏んだ。私は類似する危険ワードを徹底的に排除し、彼女の自尊心を最大効率で満たす言葉を生成する……。媚を売るのだ。契約という名の甘い罠に引き込め!)」
理事は一転、穏やかなトーンで語りかけ、慇懃に一礼した。
「……ほ、ほう。失礼した、ミチル殿。実は貴殿が来るのを、歓迎の心で待っていたのだ。私は貴殿の動画の熱烈なファンでね」
「えっ!? そうなの!? 理事さん、私の動画見てくれてるの!?」
ミチルが露骨にデレデレし始めた。尻尾が左右に激しく揺れる。
「もちろんだとも。特に第256回の『忍法・巨大手裏剣を竹とんぼみたいに飛ばしてみた』……あの物理法則を無視したダイナミックな演出と、テロップのフォント選びのセンス……。あれは既存のクリエイターには到底真似できない、まさに唯一無二の独創性の塊だ」
「あはは! やっぱりわかる人にはわかっちゃうかー! あのフォント、3時間悩んだんだよねー!」
「素晴らしい。ミチル殿、我が社は貴殿のような才能を求めている。どうだろう、我がカイザーPMCと専属スポンサー契約を結ばないか? 機材も、サーバーも、撮影場所も、すべて我が社が提供しよう。貴殿はただ、最高にバズる動画を撮ればいいのだ」
理事はおだてながら、巨体を揺らしてジリジリと出口の方へ移動する。
「あ、いいかも! 専属スポンサー……響きがカッコいい!」
「そうでしょう? では、契約の細かい話をしましょう。喉が渇いたでしょう、最高級のお茶を淹れてきますので、少々お待ちを……」
理事は内心で(勝った!)と叫んだ。このまま部屋を出て、特殊鎮圧部隊に外から部屋をガスで満たさせれば終了だ。
だが、その時、ミチルが何気なく質問を投げかけた。
「ねえねえ理事さん! 私の第312回の動画、『忍法・分身の術で一人焼肉10人前食べてみた』の編集、どこが一番良かったと思う?」
理事が立ち止まる。内蔵AIが光速で返答を導き出した。これまでのNGワードである「伝統」「伝説」「データのゴミ」「アーカイブ」……それらには一切触れない、完璧な「褒め言葉」だ。
「ふふふ。あの動画の白眉は、なんといっても画面中央に常に配置された、あの肉を焼く煙のフィルター加工ですね。あれがあることで、全体に絶妙な親しみやすさと『安定感』が生まれ、視聴者に安心感を与える『定番』の構図として完成されていました。まさに、誰が見ても楽しめる、『教科書通り』の完璧な娯楽映像でしたよ!」
理事が言い終えた瞬間。
パリィィィィンッ!!!
窓ガラスが割れたわけではない。理事室の「空気」そのものが、物理的に割れた音だった。
「……嘘……だろ……?」
理事の目が恐怖で激しく点滅した。AIの計算によれば、今の発言は100点満点の称賛だったはずだ。
だが、目の前の少女から噴き出しているのは、火山が噴火し、地殻が変動するかのような、世界を滅ぼしかねない灼熱の憤怒だった。
「『安定感』……? 『定番』……? 『教科書通り』…だと……ッ!?」
「い、いや! それは普遍的な美しさという意味で――」
理事が全力で脱兎のごとく逃げようと背を向けたが、遅すぎた。
ガシィィィィッ!!!
ミチルの手が、理事の重装甲の背中を掴んだ。
「が、あ、あああ……ッ!!?」
理事は戦慄した。巨大な山と山に挟まれ、分子レベルで圧縮されているかのような異常な怪力。
153センチの少女が、数トンの重量を誇るロボットの動きを、指一本で完全に静止させたのだ。
ギギギ、と理事が首を回すと、そこには真っ赤を通り越して、もはや禍々しい紫色のオーラを纏ったミチルの顔があった。
その表情は、仏教の守護神・阿修羅がこの世のすべての不浄を見てブチギレたような、究極の「怒相」だった。
「『定番』!? 『教科書』!? ふざけるな……ふざけるなよッ!! 私が、誰でも作れるようなテンプレートな動画を、あんなに苦労して作ったと思っているのかッ!!」
画面上のコメント欄が爆発する。
• 『キタアアアアアアアアア!! ブチギレミチルっち!!』
• 『定番って言っちゃったよ、このロボットwww地雷踏み抜きすぎだろ』
• 『草wミチルっちの逆鱗は予測不能なんだよ!』
• 『悲報、理事、今から12時間の命。合掌。』
「『安定感』だとぉ!? 私は、視聴者の心に毒を盛り、日常を破壊し、未体験の刺激を与えるために、1フレームごとに命を削って不協和音を叩き込んでるんだよッ!! それをなんだ、『教科書通り』だと!? ふざけるな……ふざけるなよッ!!」
ミチルの怒号が理事室の強化ガラスをビリビリと震わせ、デスクの上に置かれたクリスタルの置物が音を立てて粉砕された。
彼女の瞳には、もはや理性など一欠片も存在しない。
「……待て、よくよく考えてみたらおかしいぞ。さっきから聞いてりゃあ、お前の言葉はどれもこれも、どっかのネット記事を切り貼りしたような、血の通ってない当たり障りのないことばっかりだ!」
ミチルは掴んでいた理事の背中の装甲を、さらにミシリと握りつぶした。金属が悲鳴を上げ、理事の内部警告アラートが狂ったように鳴り響く。
「おい……まさかお前、今の称賛……自分で考えたんじゃなくて、AI学習か何かで弾き出した効率重視の『最適解』じゃないだろうなぁッ!?」
「ギクッ……!!」
図星だった。
理性の塊であるはずの理事が、物理的に、そして比喩的にも、大きな身体を激しく仰け反らせた。
内蔵されたスーパーコンピューターの冷却ファンが、演算エラーによる熱暴走で異音を上げ始める。
「な、何を馬鹿な……。私は心から貴殿の……」
「嘘をつけッ!! その反応が何よりの証拠だ! 私の魂の叫びを、数式や確率で定義できると思っているのか!? 視聴者の好みに日和った『定番』なんて言葉で私のクリエイティブを汚すのは、AIにしかできない無神経な所業だッ!!」
スマホの画面内、加速するコメント欄が残酷なまでの真実を叩きつける。
• 『うわああああああwwガチでAIのテンプレ回答だったのかよwww』
• 『【悲報】カイザーの最新AI、ミチルっちの野生の勘に完全敗北』
• 『魂のない褒め言葉を見抜く狸、かっこよすぎて震える』
• 『計算で導き出した称賛が一番の逆鱗って、皮肉すぎて草も生えない』
「おい、AI理事! 今からお前のその貧弱な回路に、私の『クリエイティブの暴力』を直接インストールしてやる! 1秒たりとも目を逸らすなよ、生配信はまだ始まったばかりだッ!!」
【2時間経過】
「いいか! 『親しみやすさ』なんて言葉は、私の動画においては敗北宣言なんだよッ!! 私は、お茶の間を凍りつかせるような、理解不能なアバンギャルドを追求してるんだ! それを『定番』だと!? お前、私の第312回の色彩設計をグレースケールで解析したことがあるのかッ!?」
「申し訳ございません……! 私のAIの解釈が未熟でした……! あ、あの煙のフィルター、実は地獄の業火のようにアグレッシブでした……! 許してください……!」
• 『理事の謝罪の必死さが機械の限界を超えてるww』
• 『地獄の業火フィルター(焼肉の煙)』
【4時間経過】
「さっきから謝ってばかりで、全然私の本質に触れてないんだよッ!! 『教科書』ってなんだ! 私の歴史は私が作っているんだ! お前たちが勝手に作った指標で、私の魂を測るなッ!! おい、聞いてるのか! さっさと答えろ、私の演出のどこが定番を破壊していたか、1万文字で説明しろッ!!」
「ひ、ひいいいっ! お、音声出力デバイスがオーバーヒート……。テロップの、テロップのフォントが、既存のタイポグラフィを冒涜するほど斬新で……! あああ、回路が……!」
• 『1万文字レポート(口頭)は草。』
• 『理事がどんどん壊れていく……。カイザーの株価がストップ安不可避』
【8時間経過】
「まだだッ!! お前の目はまだ『効率』を考えている! 私の動画を1フレームずつ脳内に焼き付けろと言っているんだ! 『定番』!? 安心感!? そんな言葉を二度と使えないように、お前の言語中枢を書き換えてやる!!」
「アアア……。ミチル……サマ……。動画ハ……混沌……。動画ハ……破壊……。『定番』ナド……コノ世ニハ……存在シナイ……」
• 『理事がミチル教に染まり始めたぞ』
• 『これもう洗脳だろwww』
【12時間経過】
「おい! バッテリー切れで逃げようとするなッ!! 私の情熱は無限だぞ!! お前、さっきから『教科書通り』って言った理由、まだ論理的に説明できてないぞ! 自分の無知を、自分のAIの無能さを、宇宙の果てまで届く声で叫べッ!!」
「……。……。申し訳、ございません……。私は……ただの……演算機械……。貴女の、貴女の神聖な……カオスを……理解した気になっていた……愚か者……です……。システムを……シャットダウン……させて……ください……」
• 『12時間達成! 理事、完全沈黙!』
• 『八囚人の貫禄、ヤバすぎる。カイザーPMC事実上の解体だろこれ』
【16時間経過】
朝日が昇り、理事室には煙を噴き出した巨大なロボットが、膝をついてうなだれていた。
ミチルはようやくアイアンクローを解き、清々しい顔で伸びをした。
「……ふぅ。まあ、少しはわかったみたいだね」
ミチルは、半分溶けかかった理事の頭をポンと叩いた。
「次は、AIに頼らずに自分の言葉で感想書いてよね。心のこもってない褒め言葉は、罵倒よりも酷いんだから。わかった?」
「……ハ、ハイ……。ワカリマシタ……。自作ノ……ポエムデ……感想ヲ……送リマス……」
そしてカイザーPMC理事は、この日を境に「効率」という言葉を捨てた。彼は後日、理事の職を辞任。
自ら手書きの動画感想ブログを開設し、毎日3万文字の熱苦しい「心の叫び」を投稿し続ける奇行に走り、最終的には誰からも相手にされず、寂れたジャンクショップの店主として隠居することになる。
「はい! というわけで、今日の生配信はここまでだよー! みんな楽しんでくれたかな?」
ミチルがカメラに向かって手を振る。配信終了の間際、一つのコメントが彼女の目に止まった。
• 『ミチルっち最高! でもPMCでこれなら、【カイザーコーポレーション本社】に突っ込んだらどうなっちゃうの!? 見てみたい!』
ミチルがニヤリと笑った。
「おっ、いいこと言うねー! 確かに子分のPMCがこれじゃ、親玉の方もビシッと言ってあげなきゃダメだよね。よし、決めた! 次はカイザーコーポレーション本社の心臓部に潜入しちゃうよ!!」
コメント欄が狂乱の渦に包まれる。
「それじゃあ、次回の配信もお楽しみに! 忍法・生配信終了の術!!」
スマホの画面が暗転した。
千鳥ミチル。指名手配中の脱獄囚。八囚人「暴虐の銀狸」。
キヴォトスの未来は、誰にも予測できないカオスの彼方へと加速していく。