【完結】少女忍法帖ミチルっち:忍法ブチギレの術 作:ていん?が〜
カイザーコーポレーション本社、その中心部に位置する戦略会議室。
普段はキヴォトスの経済を揺るがす冷徹な決断が下されるこの場所に、今はかつてない動揺と、電子回路が焼き切れるような焦燥感が充満していた。
壁一面に設置されたマルチモニターには、昨日の夕方から今朝にかけて16時間ぶっ通しで行われた「伝説の生配信」のアーカイブが映し出されている。
画面の中では、自社の誇る理事がアイアンクローで無残に吊るされ、ボロ雑巾のように打ちのめされながら、終わりのない説教を浴び続けていた。
「……バカな。理事が、AI学習による最適解を導き出したはずの理事が、あんなタヌキ一匹に完膚なきまでに精神を破壊されるなど……!」
一人の幹部が、震える指先でモニターを指差した。その隣では、別の幹部が絶望的な顔で手元の端末を叩いている。
「株価がストップ安だ! 投資家たちが『カイザーは説教に弱い脆弱な企業だ』と一斉に手を引き始めているぞ! このままでは我が社のブランドイメージが、ただの『狸の受講生』に成り下がってしまう!」
幹部たちが頭を抱え、文字通りパニックに陥る中。
会議室の最奥、重厚な席に沈座していた一人の男が静かに立ち上がった。
グレーの重厚な軍服に身を包み、鉄の規律を象徴するかのような威容を誇るロボット。
カイザーの最高権力者プレジデントの側近にして、軍事部門の総責任者――ジェネラルである。
カツン、と軍靴の音が冷たく響く。
「狼狽えるな、無能ども」
ジェネラルの声は、氷点下の冷徹さを湛えていた。グリーンのモノアイが鋭い光を放ち、混乱する室内を一瞬で静まり返らせる。
「理事が敗北したのは、言葉などという不確かなもので対抗しようとしたからだ。動画だの、クリエイティブだの……そんな論理の土俵に乗るから、あの怪物の術中に嵌まる」
彼は無造作に腰のホルスターに手をかけ、重厚な出口へと歩き出した。
「策も、対話も不要。必要なのは圧倒的な物量。抗う術、言葉を発する隙さえ与えない徹底的な火力……。それこそが、あの『暴虐の銀狸』を沈黙させる唯一の正解だ」
重い扉が開かれる。その向こうには、すでに彼の指令を待つ数千の鋼鉄の軍勢が控えていた。
「これより、本社防衛ラインに展開する全戦力を投入し、千鳥ミチルを分子レベルで消去する。油断も、慢心もしない。ただの殲滅だ」
一方、カイザー本社へと続く、広大な大通り。
千鳥ミチルは、画面がバキバキに割れたスマホを自撮り棒に固定し、鼻歌混じりの足取りでズンズンと突き進んでいた。
「はいはーい! 生配信『突撃! 悪の本丸・カイザー本社でお悩み相談の術!』、引き続きやっていくよー! みんな、電波状況はどうかな? ちょっと画面が割れてるけど、これも忍者の『ダメージ演出』ってことで!」
ミチルはレンズに向かって愛想よくVサインを作ってみせる。だが、彼女の周囲の光景は、およそ平和とは程遠いものだった。
「ひ、ひいぃぃ! 八囚人が来たぞ!」
「逃げろ! 目が合ったら最後、10時間は帰してもらえないぞ!」
ミチルの接近を察知した周辺の住人や通行人たちは、阿鼻叫喚の声を上げてクモの子を散らすように逃げ惑っている。
店のシャッターは叩きつけられるように閉まり、通りは一瞬にしてゴーストタウンと化していく。
しかし、当の本人は、そんな地獄絵図を微塵も気にしていない。
「わぁ、やっぱり私、有名人になっちゃったんだなー! みんな私の姿を見て、感動のあまり叫びながら走り去っていくよ! これぞインフルエンサーのカリスマ性ってやつかな?」
ミチルはポジティブすぎる解釈で胸を張り、逃げる背中に向かって「サインは後でねー!」と快活に手を振った。
彼女の瞳には、これから待ち受ける全面戦争の予兆など、一欠片も映ってはいなかった。
コメント欄には、キヴォトス中から戦慄のコメントが流れ続けている。
• 『街がゴーストタウンになってて草。ミチルっち、歩く災害かよ』
• 『理事が16時間で壊れたのに、次は本社突撃とか正気じゃない』
• 『連邦生徒会、仕事しろ! ……あ、仕事した結果が八囚人指定か』
• 『ミチルっちの歌、相変わらず音程が迷子で逆に安心する』
「フンフフ~ン♪ 忍者は影~♪ でも目立ちたいのがミチルっち~♪ バズりすぎて~賞金首~♪ でも気にしな~い、忍法・ポジティブの術~♪」
ミチルが自作の、あまりにも情緒のないダサい歌を歌いながら角を曲がった、その時だった。
――ヒュウウウゥゥ…。
空気を切り裂く、細く鋭い音が聞こえた。
「……ん? なにこの音? 新しい効果音かな?」
ミチルが音のする方を見上げた瞬間――。
ドゴォォォォォォンッ!!!
彼女が立っていた場所に巨大な火柱が上がった。それを皮切りに、ビルに潜んでいたカイザーの伏兵たちが一斉に牙を剥く。
タタタタタタタタタッ! ドォォォン! シュバババババッ!!
戦車の主砲、多連装ロケットランチャー、対人ミサイル、そして無数のマシンガン。
カイザーPMCが保有する最新兵器による、逃げ場のない「面」での集中砲火が、ミチルの立っていた地点へ正確に降り注いだ。
凄まじい衝撃波がスマホのレンズを叩き、マイクが拾いきれない轟音がスピーカーを割った。
画面は一瞬、眩い閃光に塗りつぶされ、次いで砂嵐のようなノイズが激しく走る。
『――接続が切断されました。再接続を試みています……――』
その無機質なシステムメッセージが画面に躍った瞬間、キヴォトス全域で画面にかじりついていた視聴者たちが、一斉に悲鳴にも似た絶叫を上げた。
「嘘でしょ……!? 今の爆発、どう見ても中心地にいたじゃない……! 直撃よ、完全に直撃だったわ!」
トリニティ総合学園の部室では、優雅にお茶を楽しんでいたはずの生徒たちが、ティーカップを床に落として青ざめていた。
彼女たちは震える手で画面を何度もリロードし、絶望的な沈黙に包まれる。
「あの狸、ついに年貢の納め時かよ……。チッ、動画の続きが気になってたってのに、本当にスクラップになっちまいやがって。……おい、墓でも建ててやるか?」
ゲヘナ学園の廊下では、数人の生徒たちが壁に背を預け、虚勢を張りながらも、どこか寂しげにスマホの画面をタップしていた。
SNSのトレンドは瞬く間に「#ミチルっち死亡」「#暴虐の銀狸の最期」というハッシュタグで埋め尽くされていく。
「……現在の爆発規模、熱源反応、および弾密度を再計算。……出ました。生身の人間がこの火力を受けて、細胞レベルで生存を維持できる確率は、限りなくゼロに近い……0.0003%以下です。ミチル先輩……いくら忍者といっても、これは……」
ミレニアムサイエンススクールの教室では、計算機を叩いていた生徒が、その冷徹な数字の結果を前に呆然と立ち尽くした。メガネの奥の瞳が、僅かに潤んでいる。
「まさか、あの賑やかな配信がこんな形で終わるなんて……」
「おい、まだわからんぞ! あの人は八囚人なんだろ!? 何か忍法とかで……」
山海経高等中学校の食堂でも、百鬼夜行の露店通りでも、キヴォトス中のあらゆる場所で、生徒たちが自分のスマホを握りしめ、二度と映らないかもしれない暗黒の画面を食い入るように見つめていた。
かつてないほどの大炎上と、それ以上の静寂。
世界を敵に回した「暴虐の銀狸」の死という衝撃が、キヴォトスの空気を重く、暗く塗りつぶしていった。
煙が、もうもうと立ち込める戦場。
「……射撃停止」
ジェネラルが、瓦礫の山を見下ろしながら冷酷に言い放った。
彼の周りには、数百人のオートマタ兵士と、砲身を真っ赤に焼いた戦車隊が展開している。ジェネラルは一歩前へ出ると、誇らしげに胸を張った。
「愚かな。言葉遊びに興じるから、ああなるのだ。暴力こそがキヴォトスの理。最初からこうしていれば、余計な損失を出さずに済んだものを」
ジェネラルは踵を返し、部下たちに言い渡した。
「撤収しろ。死骸を確認する必要すらない。あんな、『中身のスカスカ』な、ただの『虚勢を張るだけの雑音』は、この火力の前では塵に等しい」
もうもうと立ち込める黒煙と、焦土と化したアスファルト。ジェネラルが勝利を確信し、その冷徹な視線を背後の部下たちへ向けようとした、まさにその刹那だった。
――ボッ!!
爆心地の深奥から、大気を力ずくでこじ開けるような衝撃波が吹き荒れた。
「な……にっ!?」
ジェネラルが驚愕に目を見開いた瞬間、煙を切り裂いて一本の「黒い影」が飛び出した。
それは物理法則を、そして死の概念さえも置き去りにした超高精度の弾丸と化していた。
ドゴォォォンッ!!
「がはっ……!? 貴様、なぜ……生きて……ッ!!」
回避する間さえ与えられず、ジェネラルは重厚な鋼鉄の胸ぐらを鷲掴みにされた。
そのまま地面へと叩き伏せられ、巨大なクレーターの底で彼が見上げたのは、地獄の業火を潜り抜けてきた一匹の「狸」だった。
シマシマの囚人服はボロボロに焼け焦げ、露出した肌には無数の擦り傷。
煤と火薬で汚れきった顔の中で、ただその瞳だけが、黒い太陽のような「超弩級の怒り」を宿してギラギラと輝いている。
「……うるっせええええええええええええええッ!!!!」
鼓膜の奥、電子回路の末端までを直接握りつぶすような、ミチルの絶叫が爆発した。それはもはや言葉ではなく、魂が軋む咆哮だった。
「今、なんつった……!? 『スカスカ』だと……? 『雑音』だとぉ……ッ!? 私の、私の血を吐くような努力の結晶である動画を……1フレームごとに命を削って繋ぎ合わせた私の宝物を、今、なんて言ったァッ!!」
「お、おのれ……! 全機、撃てッ!! 躊躇うな! 私ごと、この怪物を消し去れ!!」
ジェネラルが恐怖を殺し、喉の奥から必死の命令を絞り出す。
周囲の兵士たちが一斉に銃口を向けたが、ミチルは嘲笑うかのようにジェネラルの胸ぐらをさらに強く締め上げた。
「逃がすかッ!! お前も、お前の部下も、一人残らず私の『ミチルっち流・創作論』の受講生にしてやるんだよォッ!!」
ドッ!!という凄まじい踏み込みの音と共に、ミチルはジェネラルを掴んだまま垂直に数十メートルも跳躍した。
「な、なんだこの跳躍力は……! 離せ、離せと言っている!!」
「黙ってろッ!! お前は今から、私の情熱を叩きつけるための『ツール』なんだよッ!!」
ミチルは空中でジェネラルの巨躯を、巨大な戦槌のようにブンブンと振り回し始めた。遠心力でジェネラルの装甲がミシミシと悲鳴を上げる。
「くらえェッ! これが私の、渾身の『物理テロップ』だァッ!!」
ミチルは着地と同時に、手にしたジェネラルを逃げ惑う兵士たちの群れへ、そして展開していた戦車の装甲へと、一切の容赦なく叩きつけた。
ドゴォォォンッ! バキィィィンッ!!
ジェネラルが激突するたびに、カイザーが誇る精鋭たちはゴミ同然に弾け飛び、鋼鉄の車両は飴細工のようにひしゃげていく。
「動画をスカスカと言った罪! 雑音と言い捨てた罪! そのすべてを、お前ら自身の体で、音と衝撃で、骨の髄まで理解させてやるからなァッ!!」
戦場に響き渡るのは、千鳥ミチルによる、蹂躙という名の凄絶な「公開授業」の開始の合図だった。
【11:00(2時間経過)】
かつて広大で美しかった大通りは、今やスクラップの山が築き上げられた地獄絵図へと変貌していた。
ひっくり返った数十台の主力戦車からは黒煙が上がり、四肢をバラバラに破壊されたオートマタ兵士たちの残骸が、まるで不気味なオブジェのように積み上げられている。
ミチルはそのガラクタの山の頂上に、ボロボロになったジェネラルを容赦なく叩きつけた。
重厚な軍服はズタズタに裂け、鋼鉄のボディからは火花が散っている。
「いいか!! 私の動画に無駄なカットなんて一コマも、一ピクセルもないんだよッ! それをなんだ、『スカスカ』だとぉ!? お前のその、錆びついた鋼鉄の脳みその方がよっぽどスカスカだろうがァッ!!」
ミチルはジェネラルの胸ぐらを掴み、顔面が触れ合うほどの距離で吠える。その背景では、未だに燃料タンクが誘爆する爆発音が響いていた。
「……ぐ、ああ……。全機能……損傷……。計算が……合わない……。なぜだ、これほどの……近距離からの……集中砲火を……生身で受けて……」
「火力火力って、うるっせーんだよッ!! 私の情熱の熱量はなぁ、太陽の表面温度よりも高いんだよ! 物理攻撃なんぞで、私のほとばしる独創性が殺せると思っているのかッ!! 悔しかったらお前も動画一本投稿してから言いやがれッ!!」
【13:00(4時間経過)】
正午を過ぎ、高く昇った太陽が戦場を無慈悲に照らし出す。生き残った僅かな部下たちは、ミチルの影が自分たちの足元に伸びるたびに、生まれたての子鹿のように震えながら地面に這いつくばって命乞いを行っていた。
「た、助けてください……! 我々は、我々はただの末端兵士なんです……! 上司の命令に従っただけで……他意はなかったんです……!」
「黙ってろッ!! 命令されたからって、私のエンディングテロップの、あの絶妙なグラデーション配色を鼻で笑った罪が消えると思うなよッ!! お前ら、さっきの爆発のせいで私の最新カメラのレンズにミリ単位の傷がついたんだぞ! もし画質が落ちたらどうしてくれるんだ! その責任を、お前たちのその安っぽい装甲を売ってでも取れるつもりなのかッ!!」
ミチルはジェネラルを片手で軽々と持ち上げ、周囲の兵士たちを威圧するように振り回した。
【17:00(8時間経過)】
日は大きく傾き、街は不気味な夕闇に包まれ始めていた。しかし、ミチルの怒りの炎は、夕日よりも赤く、激しく燃え盛っている。
「なんで誰もわかってねぇんだ!! 私の編集ソフトのタイムラインを見れば、どれだけ緻密に、どれだけ心血を注いで計算されてるか、一目でわかるはずだろうがァッ!! あそこであのBGMをフェードアウトさせた意味を、一晩中考えてから出直してこいッ!!」
ミチルは怒りのあまり、ダンダンと地団駄を踏んだ。その凄まじい脚力の衝撃波によって、周囲のビルの外壁には蜘蛛の巣状の巨大なヒビが入り、窓ガラスが次々と砕け散っていく。
その間も、ミチルはジェネラルを片手で「ブンッ、ブンッ」と音を立てて振り回し、定期的にコンクリートの地面へと全力で叩きつけ続けていた。
もはや言葉を発する気力も残っていないジェネラルは、叩きつけられるたびに「ゴンッ」「バキッ」という打楽器のような虚しい音を立ててバウンドしていた。
【21:00(12時間経過)】
街の明かりが消え、静寂が訪れるはずの深夜。だが、カイザー本社前の大通りには、変わることのない怒号が木霊していた。
「おい、この軍服のお前ぇ!! さっきから黙りやがって! 無視するなッ! なんとか答えろ! 私の第452回の動画の、あのあえてピントを外して背景をボカした演出の意図を、お前なりの言葉で、一万文字以上の言語化をしてみろよッ!!」
ドカッ!! ドカカッ!!
ミチルの小さな拳が、ジェネラルの顔面の装甲に容赦なくめり込む。火花が散り、内部の配線が剥き出しになる。
「……ビ、ビビッ……ジジッ……。……キカン……タイ……。……エラー……フカ……」
「エラーだぁ!? エラーで逃げようとするなッ!! 自分の不勉強と感性の欠如をシステムのせいにするのは、クリエイターの端くれとしても、視聴者としても最低最悪の行為だぞッ!! OSをアップデートする前に、その腐った根性をアップデートしやがれッ!!」
【翌01:00(16時間経過)】
丑三つ時。ミチルの怒りは論理の壁を突破し、純粋な破壊衝動へと昇華されていた。
もはや自分で何を言ってるのか、そして誰に何を伝えているのかさえ判然としないが、その音圧だけは一向に衰えない。
「あああああもう!! スマホは壊れるし、お前らはまともに感想一つ言えないし!! せっかくの生配信突撃動画で、私のファン層を一気に一億人まで拡大するチャンスだったのに、これじゃあチャンネル登録者が増えないじゃないか!! どうしてくれるんだッ!!」
ミチルは怒りに任せて、周辺に残っていた無事なガードレールを引き抜き、巨大な結び目を作るように捻じ曲げた。
さらに街路樹の標識をなぎ倒し、目に付くすべての「カイザー」と書かれた看板を粉々に粉砕して八つ当たりを続けていた。
「私の努力を! 私の情熱を! お前たちのその冷たい効率主義で汚した罪は! 万死に値するんだよォォォッ!!」
【翌05:00(20時間経過)】
東の空が白み始め、薄暗い街に明朝の冷たい風が吹き抜ける頃。
ようやく、ミチルの肩の力がふっと抜けた。あれほど激しく燃えていたオーラが静まり、彼女は「ふぅ」と大きく溜息を吐いた。
その足元では、20時間絶え間なく続いた超絶音圧の怒号と物理的蹂躙によって、生き残っていた部下たちが完全に「無」の境地に達していた。
彼らの瞳からは光が消え、魂を抜かれた抜け殻のような顔で、ただただアスファルトの上に力なくへたり込んでいた。
「……まったく…まぁいいよ。私は新規のファンを大切にするタイプだからね。今日、私の説教を最後まで聞いたお前たちは、もう私の動画のファンの一員だ。特別に許してあげるよ」
ミチルは、半分溶けかかった鉄屑の塊と化したジェネラルを、ゴミ箱へ放り込むような無造作な動作で投げ捨て、解放した。
「……あ、あ……。ありが、とう……ござい……ます……。ミチルっち、チャンネル……登録……し、しました……」
部下たちは枯れ果てたはずの涙を流し、ミチルの背中に向かって拝むようにして感謝の言葉を絞り出した。
その後、ジェネラルは全身のパーツの8割を交換する大手術を受けたが、物理的な傷以上に「説教」という言葉への拒絶反応が回路の末端まで刻み込まれ、軍事指揮官としての復帰は不可能となった。
彼はその後、静かな隠居生活を送るが、たまに流れるネット広告の「動画」という単語を聞くだけでシステムが強制終了する深刻な後遺症を患うことになる。
一方、部下たちは揃ってカイザーコーポレーションを退職。「ミチルっち親衛隊」を結成し、彼女の過去動画の全コメント欄に毎日一万文字の考察を書き込むという、別の意味で恐ろしい集団へと変貌を遂げたのである。
「あーあ……。やっぱりスマホ、完全にいっちゃってるよぉ。これじゃあ次の場所へ行っても動画が撮れないじゃないか……。どうしよぉ~……」
ミチルが瓦礫の山の中で、無残にひん曲がった自分のスマホを見つめて頬を膨らませていると――。
「……あの、ミチルさん」
瓦礫の物陰から、一人の生徒がおずおずと、しかし尊敬の眼差しを込めて姿を現した。
彼女はミチルの生配信が切断された直後、動画の背景から場所を特定し、ずっとこの「20時間のブチギレ蹂躙光景」を独自の機材で撮影し続けていた、筋金入りの視聴者(ファン)だった。
「私、ファンです! 今の説教、全部動画に撮ってSNSにあげました! すでに『伝説の20時間授業』としてキヴォトス中でトレンド1位になってます! ……これ、私の予備なんですけど、良かったら使ってください。ミチルさんの活動、止まってほしくないから!」
差し出されたのは、最新式の軍用レベルに頑丈な高性能スマホだった。
「わーい! ありがとー!! やっぱり持つべきものは、話のわかる熱心なファンだね!」
ミチルは喜び爆発でスマホを受け取ると、瓦礫をペン代わりに使い、その生徒の制服の背中に大きく「ミチルっち参上!」とサインを書いた。
「お礼だよ! それじゃあ私、カイザーの本社に行ってくるからね! しっかり見ててよ!」
ミチルは颯爽と駆け出し、新しいスマホの電源を入れた。
「はいはーい! みんなお待たせ! 機材トラブルも忍法で解決! 生配信『忍者ミチルっちが行く! カイザー本社、突撃の術』、リスタートだよッ!!」
画面が再び明るくなり、同接数が一瞬で300万を突破する。
千鳥ミチル。八囚人「暴虐の銀狸」。
彼女の歩みは、今やキヴォトス全土の視線を釘付けにしながら、ついに巨悪の心臓部へと王手をかけようとしていた。