雄英高校の合格に頭を抱える私は、入試のことを思い出していた。
それは一月ほど前のこと。雄英の推薦入試を受けて欲しいと俊典さんに請われた私は、落ちて構わないならと渋々承諾したのである。
筆記はテキトーにこなし、面接ではヴィランを目指すと椅子に立って高らかに天にうたう。そして実技の長距離走ではそもそも私自身が走りすらしなかった。代わりに人形を走らせて、私は本を開いているというやりたい放題の怠けぶり。
その結果、もたらされた判決はめでたく合格……一体、なぜ?
――――――――相澤消太side――――――――
……あれが、オールマイトの娘か。
推薦入試の試験官をしている俺は、一人の小柄な少女に眠たげな眼差しを向けた。
これから実技試験だというのに、ただ一人運動着の代わりに少女然としたふりふりの衣装をまとい、傍らにドールを侍らせている。
どうやら、学科や面接試験と同じ格好で臨むようだ。そのあまりの場違いぶりに、他の試験官だけでなく、受験者らも何とも言えない視線を投げかけているのだった。
オールマイトからは贔屓はなしで審査してほしいと頼まれているが、そもそも手心を加えるつもりはない。合理性を信奉する俺は、そこらへんは非常に厳しくジャッジする。なぜなら先がない奴に未来を見せるほど、愚かで残酷なことはないからだ。
八木イト、彼女の学科試験の出来は非常に優秀。面接では、奇矯な言動が目立つも精神性は極めてまっとうだ。そして、実技のマラソン――
――その出走で俺は目をみはってしまった。
なんと彼女は自身の番にもかかわらず、我関せずと受験生控えのベンチで本を読み耽っているのである。そして少女の代わりに、ドールがコースインしているという前代未聞のスタイルなのであった。
プレゼント・マイクは口をあんぐりと開け、13号は困ったように肩を竦めている。ミッドナイトが愉快そうに根津校長を一瞥すると、校長は〝個性の使用による参加は大いに結構〟と手を打った。
× × ×
「……なんだ。オールマイトの娘は、結果は振るわなかったな」
プレゼント・マイクが残念そうに言った。6人同時に走る競争で人形がゴールした順位は5位。これだけ見れば、そうなる……だが俺の目には全く違うものが見えていた。
参加者の体がわずかだが、何かに引かれているように見えた瞬間があったのである。
捕縛布を用いる俺だからこそ、気づけた違和感かも知れない。
「……スナイプ、何か見えたか?」
疑問符を浮かべる教員陣の中で、目が良い彼は頷いた。
「ああ、イレイザー。受験生同士の個性が衝突するタイミングで、糸が現れていた」
「そうだね、僕にもそう見えた。だから今回は怪我人がいないんじゃないかな」
賛同するように頷いた校長の言葉に、一同はっと息を呑んだ。
そうだ、例年このマラソンでは我先にと受験生同士が競い合うため怪我人は当たり前。大きな事故を防ぐため一回あたり6人に絞っているが、それでも全く怪我が発生しないなんてありえない。
八木イト――個性、糸。
彼女は糸を操り受験者に全く気づかれないように、走者同士の危険な衝突を避けていたのである……文字通り裏で糸を引いて。俯瞰的に見ていた俺たちだからこそ分かることだ。
「ってことは、八木イトは本を読みながら受験生全員の動きを把握していたってことか? おいおい嘘だろ……」
マイクが声を震わせながら言ったことが、全員の心情を代弁している。個性の練度・精度の高さに加えて視野の広さ、それをこれから高校生になろうって少女が持っているのだ。まさに驚愕を禁じ得なかった。
――高い能力も相まって、こいつは絶対問題児になるだろう。ああ、こいつの担任だけは絶対に嫌だ……そう思う俺であった。
――――――――相澤消太side ここまで――――――――
「イトちゃんと一緒の学校、嬉しいですッ!」
歩きながら抱きついてきたトガちゃんに、私は〝そうだね〟と笑みを返す。
彼女は自身の雄英合格に輪をかけて、私も同じ学校に通うと知って舞い上がっていた。
そして無邪気に腕を組み、足取り軽やかに私の手を引く彼女。
私も小走りで付き合うと、大きな校門を潜った所に見慣れた巨漢の姿があった。
「あ、オールマイト」
指さすトガちゃんに、教師姿のオールマイトが白い歯を見せる。
「ようこそ、少女達よ。さあ、ここが君のヒーローアカデミアだ! あ、クラス分けの張り紙はあっちだよ」
〝クラス分け見てきます!〟と駆け出したトガちゃんを、私もやれやれと追いかける。
すれ違いざまに〝入学おめでとう。制服、似合うね〟とオールマイトは囁いた。
私の方は〝俊典さんはあんまりね、やっぱりヒーロースーツの方がいいわ〟と彼を見上げる。
ヒーローアカデミアで互いに笑みを交わした私たちを、春風が吹き抜けていく。
……舞い踊る桜の花弁とともにその風が運んできたのは、始まりの予感だった。