――――――――轟冷side――――――――
昨日出会った、八木イトと名乗った少女に言われたことが頭を過る。
私は意を決して、焦凍に訓練を課している炎司さんの前に立った。
彼を前にすると喉元のあたりで何かが詰まる感触がある。私はそれを吐き出すように声を絞り出した。
「……いいかげんにしてください」
睨む私を、炎司さんはつまらなそうに一瞥する。
「何だ、冷。どけ、焦凍の特訓中だ」
——パァン!
炎司さんの顔を思いっきり叩いた私の平手打ち、その音が家中に響く。
打たれた所に手をあて、やや気圧されたように私を見る炎司さん。その傍らでは、幼い焦凍もぽかんと目を丸くしている。
「何を——」
——パァン!
言い差した炎司さんの顔を、私もう一度思いっきりは叩いた。
そして、怒気を孕んだ声で告げたのである。
「父親として他の子たちと過ごすことも大事です」
「だが——」
——パァン!
有無を言わさず、私はもう一度全力の平手打ちをお見舞いする。
「言い訳無用です」
炎司さんは口をパクパクさせた後、背を丸めて〝……はい〟と頷いたのだった。
――――――――轟冷sideここまで――――――――
――――――――轟燈矢side ――――――――
全てを凍り付かせるような冷気が家を包んだあの日から、何かが変わった。
親父は俺たちに謝ったし、焦凍も弟妹と一緒に遊べるようになったのだ。
冷え切っていた夕飯の席は、今やまさに団欒だ。
焦凍が〝母さんみたいな強いヒーローになろうと思う〟って言いだした時には、みんなして笑ってしまった。そして、それを何とも言えない表情で見つめる父さんも可笑しかった。
この一件で、俺たちは何となく父さんのことが分かったんだ。
きっと不器用なあの人は誰かに止めてもらいたかったんだ。
そして父さんを非力な母さんが止めたように、腕っぷしとはまた別の強さがあることを俺は知った。
……きっと俺には、そっちの方が向いている。
――――――――轟燈矢side ここまで――――――――
――――――――轟冷side――――――――
「――俺、ヒーローをサポートする道を目指すよ。そうしたら父さんやこれからヒーローになる焦凍の力にもなれるしな!」
笑顔で宣言する燈矢に、冬美と夏雄も自分たちもと続く。
それを見て炎司さんは、ボロボロと涙を零し始めて〝そうか〟と頷いた。もっと気の利いたことを言えばいいのに、と不器用な夫を見ながら私は微笑んでしまう。
いかに言葉で飾っても、その涙のきらめきの雄弁さには及ばない。
もうこの家は大丈夫だ、そう私には思えた。
一生懸命、それ故に周りが見えなくなってしまうのが轟炎司という人なのだ。
きっと私に叱られるまで、どうやって子どもに向き合っていいのかさえ分からなかったのだろう。だからこそ、その焦りと蟠りに対して距離の取り方を間違え、救いを求めた先が末子の訓練に没頭することだったのだ……本当に不器用な人。
きっとあの少女達がいなかったら、我が家に今の幸福は無かっただろう。
私は心の中で、小さなヒーローたちに感謝したのだった。
――――――――轟冷sideここまで――――――――
――――――――轟燈矢side ――――――――
イトちゃんが高校で弟の焦凍と出会ったようだ。
なんとそこで初めて、俺が轟燈矢、エンデヴァーの長子と知ったらしい。〝ちゃんと教えてくれないから!〟と頬を膨らませる彼女に、〝何年も付き合いがあるのに、何でだよッ〟と俺はツッコみを入れてしまう。
「イトちゃんって普段は鋭いのに、こういうのは鈍いんですね」
ヒミコちゃんが茶化すとイトちゃんはますます憮然とした顔になる、それが可笑しかった。
こんな軽口を叩き合う仲でも、俺は彼女に感謝している。
大学院でサポートアイテムの研究に励む今の俺があるのは、彼女のおかげなのだ。それに、ヒーローを支える側だからって、俺は自身が強くなることを諦めてはいない。
マイトタワーからの帰り、俺は隣を歩く少女に改めて〝ありがとうな、ヒミコちゃん〟と感謝を伝えた。すると彼女はきょとんとした後、大きな口から白い歯を見せてニッと笑った。
「それは良かったです。お節介を焼いたかいがありました♪」
愛らしい笑みが花開いたのは、何も彼女の笑顔だけではないのかも知れない。
胸の内、そこに萌《きざ》していた蕾《つぼみ》が綻びはじめてたことに、俺は気づいていた。俺にとって、その少女の笑顔はきっと特別なのだ。
――――――――轟燈矢sideここまで ――――――――