孤児院の子どもたちや保育士さんは、私のことをイトちゃんと呼ぶ。
どうやらこの小さな幼女、おそらく4, 5歳くらいだろうか、の名前はイトと言うらしい。それを知ったとき、思わず皮肉にも顔がほころんでしまった。偶然とは言え、それにしても気の利いた名前だよ。だって生前の私は糸を操って人形を動かす、人形劇をしていたのだからね。
子ども達の輪に加わることもせず、今日もまた私は一人でお人形遊びをしていた。
別に仲間外れにされているわけではない。生前の私は立派なレディ、ちびっ子たちとは感性が合わないのだ。だからこそ、ちびっ子がヒーローごっこでキャーキャー言ってるのを、時折眺めてほのぼのとしているのである。……あぁ、可愛ええのう。
生前の習慣から人形を弄りながら、ここに糸があればこんな風に動かせるのにと思っていたのである。だからだろうか、こんな個性が身についたのは――
――私は指から伸びる細い糸で、人形をいつのまにか操っていたのである。
私に発現した個性、それは『糸』だった。
× × ×
いくつもの糸を通して自在に動く人形は、慣れれれば慣れるほど、まるでそこに魂が宿っていると思えるほど生き生きと動かすことができる。もはや私のその技量は、ドールマスターと呼ばれた生前の私すら超えている。
「あら、イトちゃんはお人形を動かすのが上手ねぇ」
話しかけてきた保育士さんに、私は人形にお辞儀をさせて返事をした。すると保育士さんは笑みを浮かべながらも、〝もう少しみんなと一緒に遊べるといいんだけど……〟と困ったように視線を子ども達の方へと向けるのであった。
今ちびっ子たちが熱中しているのはオールマイトが八面六臂に活躍している映像だ。
口々に無敵のヒーローを応援しながら、みんなして興奮に飛び跳ねている。
子どもたちの様子は可愛らしいが、そこに私が加わるのは御免被りたい。まあ幼女の見た目ならむしろお似合いなの無いのかも知れないが、これは精神の自由の問題なのである。
……ふむ。
オールマイトがここまで活躍しているということは、ヒロアカの時系列的には彼はまだ雄英高校の教師になっていない。つまりはこれから、ワン・フォー・オールを運命の出会いを果たした緑谷出久に与えることになる。そして緑谷出久とそのクラスメイト達、そしてプロヒーローらが復活したオール・フォー・ワンと激闘を繰り広げるのである。
最強で最凶で最恐のヴィランを目指すということは、私がオール・フォー・ワンを力で以て打倒するくらいの目標を据える必要がある。
だとすれば、私は自身の個性をもっと極めないといけないのであった。
× × ×
そして数年後、私は小学生になっていた。
小学校から孤児院への帰り道、私はいつも学区から離れたとある公園へ寄り道する。
この公園にあった遊具の数々は、過去のヴィラン事件で破壊されて撤去されている。今となっては何もない場所、だからだろうかあまり人が寄り付かない所となっていた。その人気の無さが唯一の取り柄みたいなものである。
私はここで、いくつもの人形を動かして戦わせる練習をするのが常であった。
だが私の手が、今日は鞄から人形を取り出したところで止まる。
同じ小学生くらいの少女が、離れたところのベンチで悲し気に目を伏せていたのである。
私は向けていた視線を切って、諦めたように息を吐き出した。
……私はヴィランになるんだ。
思い悩める女の子にちょっかいを掛けたってかまいやしないさ。
私の糸が操る人形がとてとてと歩み寄って、少女の足を軽くぽんぽんと叩くと、彼女は不思議そうに顔を上げた。そして人形は少女の手を引いて、誘うように楽し気に踊り出す。
「わぁ!」
小花が咲いたような笑みを浮かべて、立ち上がる少女。
人形たちは少女を招き入れるように輪を作って迎えたのである。
離れた場所からその様子を一瞥して、私は口元を歪めた。
人形を糸で操る私の技術をもってすれば、こんなことはいとも簡単なのである……いとだけにね(ドヤ顔)!
少女の表情には先の陰りは無くなっていた。
ふッ、幼気いたいけな少女からまたつまらないものを奪ってしまった……ということよね。
一人悦に入っていた私に、目を輝かせながら走り寄ってきた女の子。
彼女は私の手を取って、八重歯を剥いて笑った。
「ねえ、あなたがあのカァイイ人形を動かしてたんでしょう? 私とお友達になって下さい! 私、トガヒミコ!」
(ん……トガヒミコ? トガ…ヒミコ?……ってあのトガヒミコぉぉぉおお!!?)