――――――――轟焦凍side――――――――
「あ、大丈夫?」
「すまない、大丈夫だ。それよりも――」
束の間、俺は意識を手放していたらしい。
肩を貸してくれようとしていた緑谷に謝して、俺は立ち上がる。
彼に状況を訊ねると、俺らは負けたようだった。
最後、俺の慢心をついたのは葉隠だ。
事細かに戦術と個性を語る緑谷、だが俺はその大部分を聞き流していた。
語られずとも分かったからだ。
不可視の葉隠を確実に捕捉するには障子の力が必要だった。
最初に障子を落とされた俺が、彼女を捉えるとしたら広域冷凍しか手がない。だが、凍結は八木に都合よく利用されてしまい、結果として炎で相対することを強いられたのだ。
炎自体はそもそも爆弾の奪取に不向きで、このまま粘られていたら時間切れで負けだったのだ。そこで目の前に差し出されたのが、八木の人形たち。
彼女の攻撃を無力化したと思い込まされていたところで、受けるべくして不意打ちを受けたということだ。
……完敗だった。戦術においても、それを相手に強いる戦い方においても。
……何一つ言い訳のしようがない程に。
感じた力の差に、足が萎えていく気がした。まるで足元に穿たれた底知れぬ大穴に、飲み込まれていくみたいだ。
好敵手、そんな言葉が初めて頭に思い浮かんだ。だけど、女子同士でハイタッチし合っている八木の姿を見ると、俺なんか彼女の眼中にはないのかも知れない。
この気持ちは、きっと相手への羨望と僻みだ。
〝見上げるのではなくどうしても超えたい、そう思える相手がいるんだ〟と昔語っていた父さんの言葉が今にして腑に落ちた。
弱さを抱き続けるからこそ、父さんは努力《エンデヴァ―》たるヒーローネームを冠し、上へ上へと手を伸ばすんだ。
……やっぱり父さんはすげぇ。
こんな打ちのめされた気持ちになっても、常に屈せず諦めないんだから。
だったら俺も八木を超えてやる、だって尊敬する最高に格好いいヒーローは諦めないんだからな。
俺は拳を握り、力を込めて大地を踏みしめたのだった。
――――――――轟焦凍sideここまで――――――――
そして第二戦、
ヒーローサイドは渡我被身子(個性:変身)と砂藤力道(個性:シュガードープ)
ヴィランサイドは切島鋭児郎(個性:硬化)と瀬呂範太(個性:テープ)
お、今回はトガちゃんの出番である。
トガちゃんは早速ペアになった砂藤君に血を分けてもらおうと、小型の注射器を手にお願いしている。〝なるほど、個性に必要な俺の砂糖みたいなもんか〟と砂藤君は快諾して腕を差し出した。
良かったね、トガちゃん。ここにはあなたの否定する人はいない。私は温かい目でその光景を眺めてしまう。
「おいトガ、直接口をつけて吸ってくれるなら、俺の血もあげちゃうぜ」
ここぞとばかりに欲望を滲ませてすり寄る峰田君に、トガちゃんは〝何かキモイから、嫌です〟とそっぽを向く。
すかさず私はセクハラ野郎を蹴り上げると、空に弧を描いた峰田君は、〝ぎゃぁぁああ〟と叫び声を残したまま街路のゴミ箱に鮮やかに収まり、その衝撃で蓋が閉まる。
「ツッコミの精度がすごいわ」
梅雨ちゃんが感心したように拍手を送ってくれるんだけど……何なの、この流れ。
さて、それでは気を取り直して、実際の戦闘訓練の様子に目を向けよう。
ヒーロー側は砂藤君と砂藤君に変身したトガちゃんの、ダブル砂藤君が正面切って突っ込んでいく。ヴィラン側の切島君と瀬呂君は、それぞれで砂藤君一人ずつと対峙する構えのようだ。切島君と組み合った砂藤君の横を、もう一人の砂藤君が駆け抜けていく。
ビル上層に駆け上がった砂藤君は、縦横無尽に通路に張り巡らされたバリケードのようなテープを前に、たたらを踏んで立ち止まる。
そのわずかな隙を瀬呂君が突いた。
支柱の影に潜んでいた瀬呂君がその痩身をあらわにして、素早くテープを伸ばして砂藤君をグルグル巻きに拘束したのである。
その時であった、
砂藤君の巨躯がドロリとほどけて、変身を解いたトガちゃんが現れたのだ。
体積が急減して緩んだ束縛、そこからトガちゃんはするりと抜け出す。そして彼女は踊っているかのように、ひらりひらりと軽やかに障害物を躱していくのである。
慌てたのは瀬呂君だ。
焦ったかのように両手のテープを幾度も伸ばすも、ただの一度もトガちゃんにかすりもしない……うんうん、分かるよ。トガちゃんを捉えるのは結構難しいからね、と私は腕組みしながら頷いてしまう。
〝捕まえられる気しねーーんだけどッ!〟という瀬呂君の叫びを背に受けながら、トガちゃんが爆弾にタッチして確保を宣言。
かくして、ヒーローチームの勝利となったのであった。
実は、その戦闘の最中にもブツブツブツブツという呟きが私の耳朶を打っていたのだ。その発生源は言わずもがな、ノートに鉛筆を走らせながらひたすら分析している緑谷君。
他を寄せ付けない実に鮮やかで圧倒的な独り言の数々。これが本物のブツブツモードか! と私はちょっと感動すら覚えてしまったのであった。