唸りを上げる鞭のことごとくを並外れた反射神経でかわし、じりじりと迫るトガちゃん。そして、彼女はにっこりと笑いながら私の肩をポンッと叩く。
くっそー、またしてもやられた! え、何をしてるかって?……これは個性鬼ごっこである。
個性の訓練のためにやっている鬼ごっこだ。
今回はトガちゃんと爆豪君が鬼役で、私を捕まえるのが目当てだった。勿論私の方はそれを阻止するわけで、今のように束ねた糸を鞭のように走らせて攻守一体の陣を敷いていたのである。私の攻撃を避けながら近寄ることに爆豪君は失敗し、トガちゃんは成功した、ということだ。
トガちゃんにタッチされたので役割交代。
今度は私がトガちゃんと爆豪君を捕まえる番である……とはいえ、彼はちょっと休憩した方が良いだろう。膝に手をついて息を荒げている爆豪君を一瞥して、私は息を吐く。
「爆豪君、あなたはちょっと休んでいなさい」
〝チッ〟と舌打ちしながらも、彼は大人しく聞き分けたのだった。
――――――――切島鋭児郎side――――――――
始まったのは、トガと八木の追いかけっこだ。
逃げるトガの周りを、自身に繋げた糸を手繰ることで八木は変幻自在に飛び回る。そして糸を繰り出して、相手を捉えようとするのだ。対するトガは、空を切る糸の間で体を軽やかに躍らせながら回避するのである。素早い攻防は、まるで互いにステップの定まったダンスでも踊っているかのようだ。
何だかすげぇ!、と俺はただ感心しちまっていた。
だがそんな俺と違って、爆豪は肩で息をしながらも悔し気に二人を凝視しているのである。
俺は爆豪とは、付き合いは浅いが正直ダチになれそうだとは思えなかった。粗暴で傲慢、そして周りを見下している奴だからだ。
乱暴で口が悪いのは事実だ。
でも傲慢に見えちまうのは、アイツが自分に対してすげぇ厳しい奴だからだと気づく。幾度も八木に放り投げられながらも、アイツが見せたのは立ち向かい続ける姿だ。そして今だって、挑戦する気満々で睨んでいるのである。
……そっか、爆豪はひた向きな奴なんだ。
何だよ、すごく熱いじゃねぇか!!
スポドリを爆豪に押し付けて、俺は笑いかける。
「爆豪、やっぱりお前はすごい奴だぜ!」
毒気が抜かれたような顔で、爆豪は飲み物を受け取った。そして、決まりが悪そうに視線を逸らしながら、〝ったりめぇだろ〟とぶっきらぼうに返してくる。
そっぽを向いて不機嫌そうに飲み物をあおっているが、耳が少し赤らんでいるのが目にとまる。
……ひょっとして熱いだけじゃなくって、爆豪って可愛い奴なんじゃねぇ?
そんな風に俺は思ってしまったのだった。
――――――――切島鋭児郎sideここまで――――――――
先日訪れたことをきっかけに、切島君も私たちの訓練に参加するようになった。
身体を硬く強化する個性を持つ彼は、防御に特化したタイプだ。〝俺も自分の防御力を伸ばしてぇ〟と攻撃を受けて威力の大小を判断してくれるので、私としては助かっている。
ヒュンッと空気を裂いて唸る鞭、その先端速度は亜音速にも達する。
「結構、衝撃すごいな。でも俺は退かないぜ!」
硬化した切島君の体を立て続けに鞭が叩くが、彼はニヤリと笑ってその勢いに押されまいとする。そう、個性鬼ごっこに彼も加わって、避ける二人の横で私の攻撃を受け続けているのである。
そして毎度のように、鞭をかいくぐったトガちゃんに私がタッチされ、一区切りがついた時のことであった。
「じゃあ、私今日はデートだから帰ります」
彼女が発したその一言、それが息を整えていた爆豪君と切島君を凍り付かせた。
目を剥いている男子二人に代わって、私は笑顔で送り出す。
「そう、楽しんできてね」
「はい! じゃあ、お疲れ様です」
足取り軽やかに去っていくトガちゃんの後ろ姿を、私たちは見送ったのである。
そして訓練はお終いとばかりに、片付けを始めた私に爆豪君は怪訝な顔を向ける。
「おい、どした?」
どうした、じゃないでしょ! こんな楽しそうなイベントを逃す手はない!
私も相手は知らないし、何より幼馴染を守るためという方便が立つのだ(そんなことはない)。高校生活がまだ始まって早々に、私のトガちゃんを落としたプレイボーイが1-Aにいるってことなのだ。それを確かめるためには尾行をするしかない!
「ほら、覗きに行くわよ!」
愉快そうに笑う私に、〝くだらねぇ〟と爆豪君は吐き捨てる。
「ふふ、尾行できる自信がないのね……まあ、あなたはトガちゃんにずっと負けっぱなしだもんね」
「ああ? んなもん、できるわぁ!! 尾行し殺してやらぁ!! ほら行くぞ、お前ら!!」
挑発に乗ってやる気満々に爆豪君は吼える。
トガちゃんの気配察知の能力はずば抜けているので、確かに訓練にはなるかも知れない。でも完全に私のは野次馬根性、もとい乙女の好奇心である。
張り切る私たちを見て、人の良い切島君は〝まじかよ〟と天を仰いだのであった。