――――――――相澤消太side――――――――
「おいおい、こんなことで驚くなよ。それになぁ、本命は俺じゃないんだ。アハハハハハハハ」
高らかに上がる男の哄笑を合図に、糸に囚われていた黒い巨体が〝がぁぁぁぁぁあああ〟と雄叫びを上げた。剥きだしになった脳の下まで裂けた大きな口、その虚ろな口腔から放たれた叫喚が空気を震わせる。
そして、その黒いヴィランは八木の糸の束縛を尋常ならざる膂力で引き千切ったのだった。
黒い残影を残して、そいつはいつの間にか間合いを詰めていた。
「なッ!?」
刹那の内に眼前で振り上げられている拳に、俺は目を瞠ってしまう。
拳がはしり、唸りを上げる。
予想を遥かに超えた速度で放たれた剛腕を、運よく避けることができた。いや、八木の糸に助けられたのだ。
だが攻撃が起こした風圧に巻かれ、俺は地面に何度か体を跳ねさせて、ゴロゴロと転がってしまう……ただの余波ですらこれだ。
受け身で勢いを殺しながら相手を見定める。
そこには――巨躯を誇る黒いヴィランを前に、長髪を翻して敢然と立つ小さな女生徒の姿。二人の交錯した視線が、無言のまま対決のときを宣言していた。
――――――――相澤消太sideここまで――――――――
脳無が禍々しい咆哮を上げた。
原作では俊典さん対策として、ショック吸収や超再生などの個性を積んだ魔改造人間だ。それでもまさか私の硬糸を、こうも易々と捩じ切るとは思いも寄らなかった。
その圧倒的な威容に背筋を凍らせているトガちゃんを、私は小突いて囁いた。
「トガちゃん。私に変身して、糸でヴィラン達を抑えておける?」
「で、できますけど。イトちゃんは?」
「私はあの黒い奴相手に時間を稼ぐ。あんな化け物に好き放題されたら目も当てられないわ」
「絶対ダメッ!」
私の腕をひしと掴んだトガちゃん。その瞳をじっと見つめる私の覚悟に、いよいよ以て彼女は言葉を飲み込んで頷いた。
「気を付けてくださいね」
「ええ、任せて」
トガちゃんがピルケースから血を固めた錠剤を出してかみ砕く。個性の変身で姿を変えていく彼女を残して、私は糸で宙に体を躍らせたのだった。
――――――――緑谷出久side――――――――
水難ゾーンに放り出されたのは、峰田君、蛙吹さん、飯田君そして僕だ。
指を犠牲にワン・フォー・オールで水面を穿ち、その衝撃の反動で出来た水柱にヴィラン達を集めて、峰田君のモギモギの吸着で何とか無力化したのである。
岸に上がった僕らは、隣の火災ゾーンとの間で次の一手に悩んでいた。
以前、マスコミが少し入り込んだだけで鳴り響いた警報。雄英のセキュリティーはそれだけ堅固なのだ。でもそれが鳴らない……ということは、おそらくヴィラン達に無効化されているのだ。
つまり、外部に異常を知らせないと助けは来ない……でもバスに揺られて来たUSJは、校舎から距離があって現状では隔離状態に近かった。
「飯田君が走って、知らせるのはどうかな? 君のスピードならすぐだと思うんだ」
「すまない、先ほどの水没でエンジンがすぐには使えそうにないんだ」
「おい、どうすんだよ」「ケロケロ」
僕の提案に委員長は悔しそうに表情を歪めると、峰田君と蛙吹さんも困ったように眉根を寄せる。
「おまえらも無事だったか」
掛けられた声の出どころは、火災ゾーンから現れた轟君だ。
彼に続いて尾白君と芦戸さんも無事な姿を見せる。
それで僕はピンと閃いた。
離れたところに異常を知らせる手段は、なにも警報だけじゃない。昔では狼煙、今だって信号弾が使われるのである。なら、ここから誰もが気づく信号を上げれば良いのだ。
「ねえ、轟君。対人訓練の時の赫灼熱拳って今もできる?」
「ああ。でも何をする気だ?」
「轟君の炎を空高く打ち上げるんだ。そうすれば遠くからも見えるし、レスキューで起きるはずの無い事態になってる、って伝わると思うんだ」
僕の説明に、〝なるほど〟と轟君は頷いた。そして素早く段取りも決まる、蛙吹さんが伸ばした舌で僕を天井まで放り投げ、僕はワン・フォー・オールで外壁を砕くのだ。そしてその穿たれた空隙を狙って、轟君が炎を上げるのである。
――――――――緑谷出久sideここまで――――――――