――――――――緑谷出久side――――――――
「アンタまたやったね……まあ、今回はしょうがないんだけどさ」
「す、すみません」
包帯を巻いてくれているリカバリーガールに、僕は頭を下げる。
こうして治癒を受けるのも、もう何度目になるだろうか。ワン・フォー・オールの負荷に腕やら指やら繰り返し損傷する僕に、小さな老女は溜息を吐いた。
そう、ヴィランの襲撃を乗り切った僕は、そのまま保健室に連れていかれたのである。そして保健室にはもう一人、ベッドで安静にしている先客がいた。クラスメイトの八木イトさんだ。
「どう? オールマイトとの補習の成果は出てそうかしら?」
開いていた本をパタンと閉じて、八木さんが僕に目を向ける。彼女の頭部に包帯が巻かれているのは、オールマイトがやっつけたヴィランを相手取っていたからのようだ。
「うん、以前に比べれば制御はマシにはなっているとは思うんだけど……」
苦笑いする僕に、〝本当にそうだったら良いんだけどねぇ。あと何回、同じ怪我で来るつもりなんだい〟とリカバリーガールが呆れたように零す。
「ふふ、オールマイトって教えるのあまり上手じゃないものね。ちゃんと言った方がいいわよ、そんな教え方じゃ全然ダメですって」
「ええ!? そ、そんなことないよ」
八木さんのあんまりな言いように、僕は驚いてしまう。まあ、確かに時々あんちょこを見ながら指導していることがあるんだけど。
その時、ガラガラと音を立てて扉がスライドした。
現れたのはトゥルーフォームのオールマイトだ。
「大丈夫かと様子を見に来てみれば……先生の陰口だなんて感心しないぞ。それにイト少女、君は私が来ることが分かって緑谷少年を唆そうとしていただろう」
微笑みながら睨むオールマイトに、八木さんも〝なによ、教員の悪口を言い合うのも生徒の楽しみの一つでしょ〟とニヤリと笑い返すのである。
当たり前のように会話する痩身のオールマイトと八木さんを、僕はポカンと見つめてしまう。
「あの、オールマイト……良いんですか。その、姿を……」
オールマイトの真の姿は、公には秘されていた。先生たちなら把握しているとはいえ、それを一生徒が知っているはずがないのであった。個性を受け継いだ僕は現状ではかなり例外的なのである。
「あー、そうか。ふむ、緑谷少年、私の本名を知っているかな?」
「八木俊典です」
勿論知っている、ファンとして当然である。
でもどうして今、そんなことを聞くのだろう。
僕の答えにオールマイトは満足そうに頷いて、級友の女の子を手で示した。
「彼女の名前は」
「八木イトさんです……ッ!?」
驚愕が全身に走り抜ける、つまり八木さんはオールマイトの正体を知る親族なのである。目を丸くした僕に、彼は〝そう、イト少女は私の娘なんだ。オフレコで頼むよ〟と微笑んだ。
オールマイトのぉぉぉおおお、娘ぇぇぇぇぇぇえええええ!!!?
口をパクパクとさせながら、僕の心中で大嵐が吹き荒れる。
その風の激しさたるや、海上に浮かぶ船を軒並み転覆させ得るほどだ。
〝正確には、俊典さんは養父ね〟と何でもないことのように言う、八木さん。
そしてオールマイトの方は既にその話は終えたとでもいうように、〝今回の狼煙を上げるのはよく考えたね、ナイスだぞ!〟と褒めてくれる。
だが、彼女の説明もオールマイトの賛辞も、未だ混乱の極みにある僕には届かなかった。
「そ、そうだ八木さんにも、サインもらっておかないと!」
目を回しながら体を震わせる僕に、八木さんが〝私のサイン貰ってどうすんのよ……〟呆れた眼差しを向け、オールマイトも〝落ち着くんだ緑谷少年〟と僕の肩を揺すった。
そこに相澤先生が入ってきて、〝なんだ、二人とも元気そうだな〟と肩を竦めたのだった。
――――――――緑谷出久sideここまで――――――――
―――――――――オールマイトsideここまで――――――――
「久しぶりだね、こうして一緒に帰るのも」
「そうね」
イト少女は並んで歩く私を見上げて微笑んだ。
頭部への外傷を負った彼女は、しばらくは保護者が目を離さない方が良いとのことで、今日は一緒に帰っているのである。
彼女が頭に巻いている包帯は、黒い異形のヴィランと戦ったが故だ。今思い返しても、個性も相まってかあの敵の身体能力は尋常ではなかった。
「あの黒い異形のヴィランだけど、あれは本当に危険な相手だった。もし君が引き留めていなかったらと思うと肝が冷えるよ。本当にありがとう――――」
「――――でも怖かったよ」
私はポツリと呟いた。
ヒーローとしての言葉の後に、ふいにそんな思いが口を突いて出てしまった。
いくら強大な敵を相手取ろうとも、そんなことは思ったことが無い。でも血を流すイト少女を見た時、湧き上がってきたのは大切なものを害された怒りと、大事な家族が失われてしまう事実を直視する恐怖だ。
「心配かけたわね」
「もうしないでくれ、とは言えないね」
私は皮肉気に口元を歪めてしまう。
社会のためにはヒーローという偶像は必要だ。だからこそ私は自身がその平和をもたらす象徴となるべく、がむしゃらに戦ってきたのである。
ヒーローこそは平和を望む人々に称賛され、それを犯そうという者に恐れられるという構図。でも、そんな単純な話ではないのだ。
それを見届ける家族という立場が、これほど耐え難いものだとは思わなかった。だからこそ、師匠は当時家族を自身から遠ざけたのかも知れない。そんなことに今更ながら気づく。
「俊典さん、大丈夫よ」
私の葛藤を見透かしてか、イト少女は私の手に指を絡めてギュッと握ってくる。そうして彼女は、こちらを安心させるような笑みで見上げてきたのである。
あぁ、これだからイト少女は……
沈みゆく夕日が、手を繋いだ二人の影を伸ばしているのだった。
―――――――――オールマイトsideここまで――――――――