「……お前らも知っているとは思うが、来月には全員参加の雄英体育祭がある」
「「「うおおおおおおおおおお!!!」」」
教卓に手をついて淡々と告げる相澤先生に、皆からの雄叫びが上がる。
その迸る熱量を前に、面倒くさそうに先生は瞑目した。一くさり生徒たちが騒いで落ち着くのを待つ構えだろう。
皆がどよめくのにも理由がある、それは雄英体育祭がTVでも放送されるくらいのビッグイベントだからだ。
ヒーロー科の生徒達がしのぎを削るのは勿論のこと、普通科の学生もヒーロー科への転科を狙って多数参加してくるのだ。原作では、活躍した心操君がヒーロー科へ転科を果たしていた。さらにはサポート科の人たちも、自作アイテムで顔を売ろうと全力投球である。
そして何より、現役のプロヒーローも観戦に来る貴重な機会だ。
ヒーロー科の皆にとっては、憧れた存在が自身を直接見に来てくれるというわけだ。場合によって、将来的にスカウトをされたり、より近いところだと職業体験への指名をもらえたりするのである。
普通ならこれには奮い立たないわけがないのだろう。
でも正直なところ、私はそそられない。
だって私が目指すのは最強で最凶で最恐のヴィランなんだから!
だから私のモチベーションはこれに尽きる。張り切るヒーロー候補生を全員薙ぎ倒し、優勝台の上で高らかにヴィランを目指すと宣言してやるのだ。
――ククク、これは良い。非常に絵になる。
展望を膨らませる私の周囲では、〝頑張るぞ〟とクラスメイト達が息巻いている。
そんな私たちを眺め渡して、相澤先生が口を開いた。
「競技種目は当日にならないと発表されないが、過去の例から対策をしたり、自主練を積むことは可能だ」
「「「頑張ります!」」」
張り切って斉唱を返す教え子たちに、先生の無造作に伸ばした髪から覗く目が細まる。
「だが、忘れてならないことがその前にある…………中間テストだ」
「「「そうだったぁぁぁぁあああ!」」」
それまでの高揚から一転し、阿鼻叫喚の悲鳴が教室を満たした。
そしてニヤリと笑いながら先生は忠告するのである、〝中間テストには実技はないが、油断はするな。そこで赤点をとった者は補習が入るため、自主練の時間が減るぞ。嫌ならちゃんと勉強しておけ〟と。
「普段からちゃんと予習・復習をしていれば、そんなに慌てることはないぞ」
混沌渦巻く空間でメガネを光らせて笑う飯田君に、ヤオモモちゃんも〝全くですわ〟と大きく息を吐く。
その頼もしげな二人の佇まいは暗闇を照らす光芒となった。既にして勉強嫌いの面々が彼らに救いを求める視線を向けていたのである。
――――――――緑谷出久side――――――――
広大な学校の敷地内、そしてここは寮から少し離れた雑木林。
その中で、僕は木々を高速で飛び渡りながら自主練をしていた。
オールマイトとの補習の中で気づいたことを実践していたのである。
今までワン・フォー・オールを使う際はパンチ力のみを強化してきたが、蹴り技への発想を応用すれば、そもそも全身を強化できれば良いと気づいたのだ。
力を全身に漲らせて覆うこの外装を、僕はバイク車体に見立ててフルカウルと呼んでいる。
ワン・フォー・オールをコントロール可能な低出力に絞りながら、全身に巡らせて跳躍する。そして宙空で蹴りを放っては、木々の梢を踏んで再びジャンプすることを繰り返すのである。
それをもう2時間以上は続けていた。
まだ自然にはこなせないし、出力も全然だ……でもちょっとだけスムーズにはなってきたかな。とりあえずはひたすら反復して練度を高める他にない。
そこに一陣の突風が吹きつけた。
風に煽られて枝から足を踏み外した僕は、重力に引かれるがままにバタバタと不格好に着地すると、そこに威勢の良い声が掛けられたのである。
「ああ、すんませんッス!」
虚空を見上げると、逆巻く旋風に乗った一人の男子生徒がこちらに慮った視線を向けていた。さっと地面に降り立った彼は、〝まさかこんな所に人がいるとは思ってなかったッス〟とスポーツ刈りの頭を深く下げる。あまりにも勢いよく下げ過ぎた頭は、そのまま頭突きとなって大地に突き立った。
「ええ!? 全然大丈夫ですよ」
慌てる僕に、〝それは良かったッス〟と彼は顔を上げる。
「もしかしてA組の人ッスか?」
訊ねる彼に自己紹介をすると、彼の方も〝自分はB組の夜嵐イナサ。よろしくッス〟と人好きする笑みを覗かせた。
どうやら夜嵐君もまた、自主練をしていたようだ。
〝お互いがんばりましょうッス〟と旋風を巻き起こして飛び去る夜嵐君の姿を、僕は見送りながら拳を握る。
今まであまり交流は無かったが、確かにヒーロー科はB組まである。そこには彼のような一見して高い個性の熟練度を誇る面々もいるのだろう。A組の中でだって皆すごい人たちばかりなので、すっかり意中から零れていた事実だ。
つむじ風が置き土産とばかりに、梢を大きく揺らして葉を散らす。
風を浴びながら踵を返した僕は、宙を舞う木の葉の中に明らかに色の違和を見出した。僕は軽く跳んで、それをさっと掴み取る。
――手にしたその正体は、現像された写真だ。
裏だったそれをひっくり返すと現れたのは、柔らかい笑みをこちらに投げ掛けるクラスメイト、人形めいた美しさを帯びた八木イトさんの肖像だった。
――――――――緑谷出久sideここまで――――――――