――――――――上鳴電気side――――――――
「はぁ、こんなん出来んくねー?」
弱音を吐きながらテーブルに突っ伏した俺を、〝もう少し頑張ろうよ〟と隣に座った口田が励ましてくれる。
でも俺にしてはこれでも努力をした方だ。周りを見渡せば、まじめに取り組む面々の中で芦戸が既に天を仰いでいた。アイツも俺と同じように、早くも投げ出したくなっている口だろう。
学生寮ハイツアライアンス、その一階の共有スペース。
中間テストをひかえ、俺を含め勉強に自信が無いヤツらがテーブルに集っていた。そしてヤオモモと飯田に、教えを請いながらそれぞれの学習を進めていたのである。
そんな俺のやさぐれた心情を察してか、真っ白でフワフワな塊がつぶらな瞳を揺らしてヒョコヒョコと寄って来る。そのあまねく見る者を惹きつけ癒す生き物は、口田が飼っている兎の結《ゆわい》ちゃんだ。
かの兎は時に口田の部屋から脱走し、出会ったクラスメイトたちにモフられている寮のアイドルだった。
「あ、また出てきちゃってる」
済まなそうにする口田を〝いーから、いーから〟と制して、俺は屈んで結ちゃんを抱き上げた。そのフワフワの触り心地でささくれだった心を癒していた時、ふとある物が目に留まる。
結ちゃんが布のようなものを咥えているのであった。
「何か咥えているな」
俺と口田は顔を見合わせる。
そして布を引っ張りだした俺らは、その正体に凍り付いた。
二人して驚愕に目を開きながら、女性用の下着であるブラジャーとパンツを見下ろしてしまう。
「んぁ? どうしたんだよ?」
そんな俺らに訝し気に視線を向けたのは、向かいに座っている峰田だ。
俺の頭の中で、勉強中をも遥かに超える思考の高速回転が巻き起こった。エロ大魔神である峰田に下着のことを気取られるのは如何にもマズイ。アイツなら恍惚とした表情で頬ずりしかねない、そんなことになっては持ち主が可哀そうだ。
この場で全員に問い質すのもナンセンスだろう。
女の子にとって自分の下着が男子達の前で晒されるなんて、耐え難いに違いない。だとすると、後でこっそりと持ち主に届けるという選択肢しかないわけだ。
「な、何でもないぜ」
俺は狼狽しながらも、素早く下着をポケットに押し込んだのである。
別に隠して盗ろうってわけじゃない。全てを勘案した結果のデリカシーから生まれた行動だった。
「怪しいな、なんかエロいもん見つけたのか?」
そう言って目を細める峰田、アイツはこういう時に限って鋭いのである。
「何でだよ。ちょっと結ちゃんを撫でてただけだぜ。なあ、口田?」
「う、うん」
俺に急に水を向けられた口田も、ぎこちない笑みを浮かべながら頷いたのだった。
× × ×
「問題は誰のかだよなー」
勉強会を終えた俺らは、口田の部屋で広げた下着を眺めながら唸ってしまう。
飾り気の無い黒いブラジャーと細かなレースで彩られた淡い水色のパンツ。それらの明らかに異なるセンスは、そもそも持ち主が違うからだろう。
腕組みしながら首を捻っている俺らの傍らでは、結ちゃんがペットフード相手に愛らしく口元をモグモグと動かしていた。
「ど、どうするの?」
「……うし、返しに行くか」
不安そうにこちらを伺う口田に、俺はまなじりを決して頷いた。
少なくともこっちの色気のないブラの持ち主が容易に分かる……耳郎だ。
明らかに小さすぎるカップ、その該当者は一人しかいない。まるで持ち主の分からんパンツの方も、彼女から女子の面々に返却を頼めば問題クリアだろう。
俺は口田と連れ立って廊下を歩く、ビニールの手提げに落とし物の下着を隠してだ。
別に悪いことはしていない。でも女の子の下着を持ちながら堂々と闊歩しているという事実が、俺を緊張させていた。
幸運なことに誰にも見咎めれないまま、耳郎の部屋の前に至った俺と口田。
俺らは視線を交わして頷き合った。口下手な口田はここを離れたところで待機、とりあえずの交渉は俺が試みることにしたのである。
「耳郎。ちょっといーか?」
ノックに応じて顔を出した耳郎は、〝上鳴じゃん。あ、そーだ。ちょっと待って!〟とドアを閉ざす。そして再度扉が開かれた時には、彼女は一枚のTシャツを持っていた。
「これアンタのでしょ?」
そう言って突き出されたのは、確かに俺のシャツである。不思議そうにする俺に、彼女は得意げに語り出した。
「何か今日、風強かったみたいでさ。みんなの洗濯物が飛ばされたりしてたんだよね。それで中庭の木に、アンタが前着てたのが引っかかってたから回収しといたんだ」
「お、サンキュー!」
俺は笑顔で受け取りながら、一つの疑問を氷解させていた。
結ちゃんが下着を咥えていた理由もおそらくこれだ。飛ばされて落ちていた洗濯物と出くわしたのだろう。
そして何より、これは絶好の機会に思えたのだ。
しめたッ! 対等な交換なら全く違和感がない!
「そういや俺も渡したいものがあるんだ。コレ、お前のじゃね?」
俺はさも自然な動きで手提げ袋から黒いブラを掴んで、笑顔で彼女に差し出したのだ。
その瞬間、時が凍り付いた。
笑顔のまま固まった俺を前に、耳郎の顔が急激に赤くなっていく。
そして時が動き出した瞬間、俺が認識できたのは放たれた平手打ちだった。
パァンッ! と強かに頬を張られて、目を白黒させてしまう。そんな俺から、彼女は下着をひったくるようにして回収する。そして、〝バカッ!〟とだけ言い残して、音を立てて扉を閉めたのだった。
――何で、ただ返しただけなのに。
頬をさすりながらトボトボ歩く。
そして手提げに未だ残るパンツ、それを返す手段を俺は見失っていた。流石にあの耳郎に頼みに行く勇気は無い。
そんな俺の体たらくを見咎めてか、現れた八木が呆れたように肩を竦めた。
「はぁ。そういうのは直接本人に渡すんじゃなくて、他の女子を経由して渡しておいてもらうものよ」
やっぱりそうか、そもそも俺は間違えちまっていたらしい。だが、もうこれで大丈夫だろう。八木の言うように、後は彼女に任せれば良いんだ。
「じゃあこのパンツ、頼むわ」
八木を前に、俺は携えていたパンツを広げて見せる。
すると途端に八木が表情を険しくする。彼女は俺をジロリと睨みながら、〝本人に直接渡すなって言ったわよね〟と底冷えする声で告げたのである。
え……本人!?
そしてまたして飛来した高速のビンタが、パァンッ! と俺の反対の頬を強かに打った。
落とし物を手に、肩を怒らせて去っていく持ち主の少女。
そんな彼女を、俺は両頬をさすりながら涙目で見送ったのである。
どうしてこうなったんだろう、二つの落とし物の代わりに残ったは両頬の痛みだけだった。
気まずそうに戻ってきた口田が、俺を慮るように背中に手を当てる。
「結ちゃん撫でに来る?」
「……うん」
――――――――上鳴電気sideここまで――――――――