――――――――夜嵐いなさsideここまで――――――――
ロケットエンジンさながらに火炎を吹き上げて、前を飛ぶのは轟さんだ。
「……流石、早いッスね」
そう独り言ちて、俺は歯噛みした。
風を巻いて飛ぶ俺よりもわずかに彼の方が早く、着実に差が開いてきたのである。
これじゃあ、推薦入試の再現だ。
競い合った入試のマラソンでは、スピードの差がそのまま勝敗を分けたのである。
再戦を誓った悔しさは、未だ胸に燻り続けている。
それに憧れのエンデヴァーだって見てくれているんだ。だから何としても勝ちたい! たとえ相手がエンデヴァーの息子であっても!
だったら落ち着け! 心は熱く、頭は冷静に。
今回は障害物競走。
俺たちの眼下には、無数の地雷が埋設されているのだ。
ゴール手前の最終関門、広大な地雷原こと怒りのアフガン。宙空を舞う俺や轟さんにしてみれば、障害物たり得ないフィールドと思える。
だが目を凝らせば、地雷の場所は分かるように作られていた。つまりは地雷を上手く利用することも考えろ、というやつだ。
だてにずっと風を纏い、操ってきた訳じゃあない。
後方に目を向けてこちらを警戒している轟さんに、俺は不敵な笑みを返す。
「轟さん、行くっスよッ!」
「……そうか」
速度を落とさず飛びながらも、彼は器用に体を捻って体勢を俺へと向けた。
そしてこちらが迸らせた対抗心に応じるように、彼の方も眦を吊り上げる。轟さんとしても、このまま何事も無く逃げ切れるとは考えていないのだろう。
だからこそ、俺の攻撃に対応しやすいように構えたのだ。
……でもそれは失策だ。
何も風を呼び、直接風圧を叩き込むだけが攻撃手段ではない。
そのために、わざわざ呼び掛けて注意をこちらに引きつけたのである。
俺が操る風塊が、轟さんの前方(今はこっちを向いているので後方)の地雷群を起爆させる。
炸裂の協奏が大気を震わせ、派手に砂塵を巻き上げた。
追随する俺の眼は、轟さんが爆発に巻き込まれるのを確かに捉えていた。
よし、これなら一旦は落としただろう。
追い抜くなら今の内だ。ここぞとばかりに砂煙の中に突っ込んだ俺。
その眼前に突如として現れたのは氷壁である。
静止が間に合わず、慣性が俺の体を分厚い氷へと叩きつけた。
「うぐッ!!」
その衝撃に、俺の方も落とされてしまう。
落下しながらも、俺はライバルの熱さに思わず破顔してしまう。
勝つために尽くした心技体。俺が力の限りぶつけるそれらを、轟さんも全力で返してくる。そこに迷いや手心など一切ない。だからこそ轟さんは咄嗟に舞い上がった砂埃の中に氷壁を隠し、先行しようとする俺への手を打ったのである。
これを熱いと言わずに、何という!
「おおっと、1-A轟と1-B夜嵐、熾烈な先頭争いだぜぇ! 二人とも墜落、足ガックガク。でも俺ワクワク、アリーナも沸っく!」
マイク先生のハイテンションな実況ラップが、観客の熱狂を加速させる。
大地からよろめき起き上がった俺は、旋風で土煙を晴らした。
すると、少し離れたところで轟さんも立ち上がっていた。
交差した視線が火花を散らし、互いにニヤリと口元を歪める。
そして一瞬の間をおき、俺たちは同時に飛び出した。
ゴールを目前としたこの位置では、どちらが先に最高速度に早く乗れるかで勝敗は決まるだろう。
そこに突如として、俺らの背中に〝俺の前を行くんじゃねぇええ!!! 死ねやぁぁああ!!〟という雄叫びが突き刺さった。
見れば、選手宣誓で全員に宣戦布告した熱い人、爆轟さんが歯を剥きながら躍りかかって来たのである。
――――――――夜嵐いなさsideここまで――――――――
――――――――緑谷出久side――――――――
最後の障害物である広大な地雷原に足を踏み入れながら、僕は前に目を向ける。
そこには先頭の轟君と夜嵐君に襲い掛かるかっちゃんの姿があった。
彼は途中までは並んでいた僕を引き離して、先頭集団に切り込んだのである。やっぱり谷や地雷といった地表面の影響を受けないのは強みだ。
「ここで先頭が変わったぁぁああ! 1-A爆豪、トップへと躍り出るぅぅう!! 喜べオーディエンス、お前ら好みの三つ巴の展開だぁぁぁ!!」
愉快げなマイク先生の叫びが会場に轟く。
デッドヒートを繰り広げる三人を睨んで、僕は拳を握った。
今できる全力のフルカウルで疾駆しても、地雷の爆破に阻まれて到底トップスピードには至れない。つまりこのままでは、地雷原ステージでは追い付けないのだ。
考えろ、何か考えろ。
僕はブツブツといつものひとり言を漏らしながら、思考を高速で巡らす。
…………そうかッ!
地雷を避けるもの、という発想を逆転させるんだ。
むしろ地雷だけを踏み渡っていく……地雷の爆発で加速を繰り返せばいいのである。幸い、地雷は目視で分かるように設置されている。
僕はわざわざ狙って地雷を踏み込んだ。
脚に力を溜めながら、障害物を踏み抜く……今だッ!
爆風を背に受けながら鋭く跳躍した僕は、次なる地雷へと足を伸ばす。
爆煙を纏いながら、三人の背中に一気に迫る。
そして遂には、並んだ。
「ヒュ~♪ マジかよッ! 1-A緑谷、先頭争いに加わったぁぁああ!! こいつら、エンターテインメントを分かってるぞぉぉおお!! 誰の手が掴むビクトリー、ゴールのテープまであと少しぃ。一着とるのは一人きりぃ、興奮が会場を丸呑みぃ! Yo!!」
高らかにラップを刻みながら、マイク先生の実況が終着点を見据える僕らの背中を押す。
あと、もうちょっと。
本当にもう少しなんだ。
僕はゴールテープへと手を伸ばす。いや、横並びになった誰もが我こそが栄光を掴まんと手を伸ばしていた。
ゴールテープに……触るッ!
「「「「ッ!?」」」」
触れられないテープ、その驚愕に僕らは目を瞠った。
いや、テープが離れたわけじゃない。僕らが進んでいないだ。まるで何かに縫い留められたかのように、誰一人前進できていない。
見れば、無数の糸が僕らの体に纏わりついているのだった。
慌てて振り返る僕の目に映ったのは、後ろから高速で迫る八木さんだ。
「ここでまさかの1-A八木が来たぁぁぁあああ!!!」
そして、彼女は僕らを一気に抜き去りゴールテープを切ったのだった。
――――――――緑谷出久sideここまで――――――――
ふッ、ぶっちぎってやったわ。
轟君、夜嵐君、爆豪君、緑谷君の四つ巴デッドヒートに、横から割り込んで優勝を搔っ攫った私。発目さんとの約束通りに、サポートアイテムを目立たせることも出来たであろう。ここまでは上々だったのである。
でも今、私は焦っていた。
なぜかって? 優勝したら止まれなくなった件について!
ドールのスラスターの制御が全く効かない、はっきりいって止まれないのである。
「おいおい優勝者、一体どこまで行くんだぁぁああ!?」
不思議そうなマイク先生の傍らで、相澤先生が無線でスタジアム周りのヒーロー達に呼び掛けている声が漏れ聞こえる。
ドールだけを私から切り離すことは出来るが、その場合はコントロールを失った人形がどっかに飛んでいくことになる。そんな危なっかしい選択肢は絶対にとれない。
つまり、私は暴走人形をこの身に抱えたまま、人が少ない方を選びながら爆走しているのだった。
スタジアムを飛び出した私を、待ち構えていたのはシンリンカムイだ。
だが私は、彼の伸ばした樹木の手をスピードで振り切って、敷地を通過して校外へと躍り出てしまう。
一般道を走る自動車を、完全なる速度違反で躱す私。流石にこの速度で普通の道を走るのは、周りの車に危険だろう。そう判断した私は高速道路へと逃げ込んだ。
生身のまま高速道路を疾走している私に、周りの運転手たちが目を丸くしている。
しょうがないので、害意はありませんよ、と私は笑顔で手を振って応じるしかない。
後は助けに来てくれるヒーローを待つだけだ。
あぁ、早く誰か私を掴まえてちょうだい……
そんなこと考えていたら、私の横にエンジンの駆動音を響かせて並ぶ影があった。
白銀に輝くアーマー、それが悠々と私のスピードに合わせて疾駆しているのである。
「ターボヒーロー、インゲニウム。現着しました。やあ、いつも弟の天哉がお世話になってるね。急遽、雄英に呼ばれて助けに来たよ」
飯田君のお兄さんが、文字通り駆けつけて来てくれたのであった。