―――――――八木俊典 side――――――――
漂う香ばしい匂いが鼻腔を満たし、お腹が空腹を訴えてくる。
キッチンに立って料理をしているのはイト少女だ。
体育祭後の数日間は、学校は休みなのである。それを利用して、今日は彼女が帰ってきているのだった。
私は壁に掛けられたくすんだメダルに目をやった。
それは何十年も前に、自身が雄英体育祭で優勝したときのものだ
その横で輝きを誇る真新しいメダル、それは私が昨日イト少女に掛けて上げたものだった。
まるで私の隣で、〝私だってなかなかやるでしょう〟と彼女も胸を張っているようだ。
娘の活躍に口元を綻ばせている私に、声が掛けられる。
「俊典さん、ご飯出来たわよ」
―――――――八木俊典 sideここまで――――――――
―――――――緑谷出久side―――――――
僕らの学生寮ハイツアライアンス、その一階の共用スペースには本棚が設置されている。
みんながお薦めのマンガを持ち寄り、勝手に押し込んでいるため、現状ではマンガ置きと化していた。
僕はマンガ棚を睨めっこしている女生徒の姿に目にとめた。
「八百万さん、どうしたの?」
「ああ、緑谷さん。HUNTER×HUNTERの28巻が見当たらなくて…………」
困り顔の原因は、マンガの続きを探しているからのようだった。
見れば、確かに28巻から数冊が欠けている。
それに応えて振り返ったのは、ソファーでくつろいでいた瀬呂君だった。
「あー、それだったら八木が借りてくところを見たぞ」
「まあ、それでしたら八木さんに…………いけませんわ、彼女今日は帰省していましたわ! なんてことでしょう! ネテロ会長と王の戦いの続きが気になり過ぎて、何も手につかなそうです!」
わなわなと体を震わせる八百万さんに、僕は苦笑してしまう。お嬢様な彼女からすると、こんな経験もなかなか無いのだろう。
「キメラアント編の終盤は特におもしろいぜ。なぁ、青山」
「ふッ、なら僕が鮮やかに教えてあげようか?」
ニヤニヤと目を細める峰田君が青山君に水を向けると、彼は華麗にポーズを決めて流し目を送る。
それに、八百万さんは柳眉を逆立てて叫んだ。
「け、結構ですわッ! ネタばれはいけませんわよッ!」
「だが八木の手の中にある以上は、待つしかあるまい」
常闇君が腕組みしながら頷き、飯田君も〝あれこれ想像しながら待つというのも、楽しみ方の一つだぞ〟と穏やかに諭す。
「そうですわね。私も飯田さんみたいな大人びた落着きが欲しいですわ」
八百万さんは肩を落として、ふぅと大きく息を吐いた。
そこに突如として、怒号が響き渡る。
「誰だぁ!! ポケットにティッシュ入れたまま洗濯した奴ッ!!」
肩を怒らせてやってきたかっちゃん、彼が突き出したのはティッシュの残骸に塗れた体操着だった。
そう、それこそが今ここに男子達がたむろしている理由だ。
それは体育祭で使った体操着を洗濯していたためであった。男子用ランドリースペースの洗濯機に皆して体操服を投げ込み、洗濯終了を待っていたのである。
そうしてどうやら、かっちゃんと同じ洗濯機にティッシュを入れっぱなしにしたまま投入してしまった人がいたらしい。
「……わりぃ、俺だ」
猛る狂犬を前に名乗り出たのは、アイスの木の棒を咥えた轟君だった。
轟君はすまなそうに白い毛羽だった破片を摘まんで取ろうとすると、それを見咎めてかっちゃんが吼えた。
「馬鹿がッ! ちまちま取ってんじぇねぇッ!」
柔軟剤を加えて再度すすぎをすることを、粗暴な言葉づかいで説明するかっちゃん。それに轟君は感嘆の声を漏らしている。
二人を眺めながら、八百万さんが僕に耳打ちしてくる。
「轟さんが末っ子気質なところもありますけど、爆豪さんって何だかんだ面倒見いいですわよね」
対して僕も小声で〝あ、わかる? 昔からかっちゃんってガキ大将で、兄貴分みたいな感じがあるんだ〟
「おい、そこッ!! ひそひそと人のことを言ってんじゃねぇぇッ!!」
そして、僕らに向かってかっちゃんが歯を剥いて吼えたのだった。
未だ怒りを燻らせているのか、かっちゃんは舌打ちしながら冷凍庫を開く。
そしてアイスキャンデーの箱に手を伸ばした。それは、皆でお金を出し合って買い置きし、自由に食べていいアイスであった。
だが、かっちゃんの眦がここでもまた吊り上がる。
「誰だぁ、最後に食ったヤツ! 箱だけ置いといてんじぇねぇ!」
「……わりぃ、俺だ」
そして、またもやおずおずと手を上げたのは轟君だった。
―――――――緑谷出久sideここまで―――――――