―――――――サー・ナイトアイside―――――――
〝……もう君の言葉は聞きたくない〟、そうオールマイトに言われてから何年経っただろうか。思えば、あの時の私は若く未熟だったのだ。正しいことを説けば、何かが変わると信じていた……ということだろう。
でも、物事はそんなに単純ではない。惨劇の未来を伝えても、オールマイトは歩みを止めなかった。自身がどうなろうとも、本物のヒーローは相手へ手を伸ばし続ける。そんなオールマイトだからこそ私は今も憧れているのだ。
私の小賢しい言葉など、彼には邪魔だったのだろう。だから私はあえて距離を取った。
だがコンビを解消してからも、私にはオールマイトが照らす光は必要だった。
グッズを買い集め、映像を幾度でも見返す。その輝かしい姿が、常に私を導いてくれるのだ。未来を垣間見る瞳より、彼の背中の方がよっぽど頼もしいと思うのは今も昔も変わらない。
そんな自分が雄英の一年生に指名を出したなんて、今更過ぎて失笑ものだ。
何もオールマイトに近づこうという下心ではない。彼を支えることになる後進を導くことで、きっと彼の力になれると考えたからだ。
指名した一人は緑谷出久。
オールマイトからワン・フォー・オールを託された少年。彼が選んだ人間だ、そのヒーローたる資質を私は疑わない。だが人を安心させる術を緑谷は持たず、ともすればこちらが心配してしまうほどだ。だから、人を救うとはどういうことか、それを理解することが緑谷には重要になる。
もう一人は八木イト。
オールマイトが引き取った養女。彼女はどこかオールマイトに似ているように感じる。全てを強引に制する実力、そして印象的な笑顔。きっと近い将来、社会を牽引していくようなヒーローの一人になるのは間違いない。
オールマイトを間近で見て来た彼女に、私が教えられることなんてほとんどないだろう。だが私が彼女から聞きたいのだ、オフの時のオールマイトの様子を。職権乱用? ふん、謂れのない非難は辞めてもらおう。オールマイトの有無が社会の情勢を左右するのだ、その当人の状況を掴んでおくのは仕事の内と言っても過言ではあるまい。
× × ×
「八木イト、入ります!」
その言葉と共に、人形を肩の辺りに浮かべた小柄な少女が入室してくる。
さて……課した元気とユーモア、彼女はどうするかな?
「これが私なりのユーモアです」
八木が微笑むと同時に、彼女の傍らの人形さっと数枚の写真を掲げた。
――――な、なんだと!?
目にした私の総身を電撃が走り抜ける。
あまりにも貴重過ぎるそれらは、私が欲していたオールマイトのオフショット。
履いた靴下に穴が開いているのに気づいたオールマイト、うっかりコーヒーを零したオールマイト、Tシャツを裏表反対に着ているオールマイト……いずれも博物館クラスの品だった。
逸る心を鎮めるように、私はゆっくりと息を吐きながら眼鏡を押し上げる。
そして、彼女に向かって静かに告げたのだった。
「……合格」
「ありがとうございます」
私情を持ち込んでいるだと? ふん、それがどうした。オールマイトのオフショットを前にした私は無敵だ。何とでも言うがいい。
貴重な写真を、私は震える手で八木から受けとる。
その時だった、少女の手に触れた指先が私に朧げな映像を伝えて来たのだ。
他者の未来を垣間見る私の個性『予知』、水中を漂う泡沫のようにふわりふわりと、そして途切れ途切れに鈍く映るのは彼女の未来だ。
だが、私はその光景に自身の目を疑ってしまう…………それは信じがたいものだった。
映し出されたのは数多のヴィラン、そしてそれを率いて哄笑を上げる少女。
それは、ヒーローと呼ぶにはあまりにもかけ離れた姿だった。
この少女は敵ヴィランだ、と私は直感する。
真なる悪は、光の中に生ずるということなのだ。彼女は、オールマイトが築いた平和を蝕む存在なのだ。
ならば将来の禍根は……今、絶つッ!
それが彼の娘であったとしても、ヒーローとして躊躇することは出来ない!
―――――――サー・ナイトアイsideここまで―――――――
懐からいくつもの印鑑を指に挟んで取り出したナイトアイ。
油断していた私に向かって、腕をさっと翻すことで印鑑を投擲したのである。
急に襲い掛かって来たナイトアイに、私はすぐにピンときた。
やはり彼は一筋縄ではいかないのである。原作でも、緑谷くんの実力を測るために実際戦っていた。つまりは私にも実技試験が課された、ということなのであろう。
知覚のための幻糸を張り巡らせる刹那の時間を稼ぐために、飛来するハンコを人形で受け止める。
――――うそッ⁉
私は内心目を丸くしてしまう。
装甲が強化されているはずのドールは、ぶつかった小さなハンコにより呆気なく砕け散ったのである。そして衝突で軌道が変わったハンコは、そのまま壁へとめり込んだ。投げた速度を考えれば、驚くべきはその印鑑の重量だった。
糸で辛うじて攻撃を逸らしながらも、私は感嘆してしまう。
ナイトアイが振るうのは、それにしても鮮やかな投擲技術なのである。
指から離れたハンコ同士が幾度もぶつかり、その度に軌道を変えながら私に襲いかける。回避しても、その先を読んでいたようにまた衝突・反射を繰り返し、こちらを追って来るのである。
―――――――サー・ナイトアイside―――――――
やはり只者ではないな。
動きを読んで投げているはずの超質量印、そのことごとくが銀糸に舞う八木には届かない。既にして、プロヒーローとしても通用するレベルであろう。
だからこそ腑に落ちず、私は内心歯噛みしてしまう。こんな未来ある少女が、なぜ敵ヴィランなんかにと。
その時、さらに未来視の泡沫が浮き上がり、私に予知を見せた。
それは人々と手を取り合うヒーローとしての姿だった…………一体これはどういうことだ?
先の光景との繋がりも分からず、私は手を止めて八木を凝視する。
すると、少女は首を少し傾げなら、〝実技も合格ですか?〟とふわりと笑った。
それは間違いなく悪人の人相ではない。
現状では全体像が分からない予知、それを判断することはできないだろう。とはいえ、無警戒にもできない。この少女は今後の監視対象にするべきである。
そんな内心を包み隠して、私は眼鏡に手を当てた。
「……ああ、合格だ」
―――――――サー・ナイトアイsideここまで―――――――