―――――――オーバーホールside―――――――
横たわる初老の男を見つめ、俺は自身の震える手を押さえた。
死穢八斎會の組長《おやじ》、幼い時分の俺を引き取って育ててくれた恩人だ。
組長はいつも言っていた〝俺らはな、ヴィランじゃねぇ。侠客じゃなきゃならねぇんだ〟。俺は、その心意気を純粋に慕っていたはずだった。
組をただのヴィラン扱いする周囲に、子どもながら俺は組のメンツを守ろうと必死になって喧嘩を吹っかけて回ったのも覚えている。その度に、組長は〝カタギに手を出すんじぇねぇ〟と拳骨を俺にお見舞いしつつ、でも〝組を守ろうとしたお前は、間違っちゃいねぇ〟と同じ手で優しく頭を撫でてくれたのだった。
「…………なぁ、組長。また俺を思いっきり叱りつけてくれよ」
ぽつりとそんな呟きが漏れ出てしまう。
でも、眼前の男にそんなこと出来るはずがなかった。組長おやじは俺の個性『オーバーホール』によって、意識障害に陥っているのだから。
一体、どこから道を間違えてしまったのだろうか……
思い返せば、一つの契機は組の解体がいよいよ迫って来たことだったろう。
もともと旧来のヤクザ組織は、このヒーローの手が溢れる時代にそぐわないのだ。それを組長は〝組なんてそんなもんだ。必要とされないなら、それはそれで結構なことだ〝と受け入れたかのように鷹揚に笑うのだった。
だが、居場所が無くなることを認められない奴らだっているんだ。俺のように。
もう一つのきっかけは、エリという少女が現れたことだ。
組長の孫娘であるエリ、彼女は個性を暴走させて自身の父親を消失させてしまったのだった。組長は若頭である俺に彼女を預けた。エリの個性を調べる過程で、俺は組を存続させるための方法を見出したのだった。
それはエリを利用する方法だったが故に、組長は聞く耳を持ってくれなかった。
組を存続させるための、皆が笑っていられる場所が無くならないための計画を阻んだのが、その組の組長本人というわけだ。
組長の芯の通った昔気質なところに憧れていた俺は、そうなるだろうなと思ったのだ。
だから俺は断行したのだ。
自身がどうしようもなく間違ったことをしているのは分かっていた。
…………そして、もう後戻りは出来ない。
こんな俺を信じて、ついて来てくれる組員たちもいる。
そいつらもまた、英雄症候群に憑りつかれた人間達の社会では身の置き所が無かった奴らだ。
でも……俺だけは、未だに自分を信じることは出来なかった。
だから、組長の懐かしい声が無性に聞きたかった。
「オーバーホール、ちょっと……」
組長の顔を眺めていた俺に、障子越しにクロノが声を掛けてくる。
〝どうした?〟と部屋を出た俺に、クロノは金色のペストマスクを光らせて耳打ちしてくる。
「エリがまた逃亡しやした」
「またか」
エリには手を焼かされていた。家の構造を熟知しているためか、いかんせん彼女は監禁場所から上手く逃げ出すのである。
「それで連れ戻したのか」
「いや、それがナイトアイのヒーロー事務所にきていた学生に保護されやした。今も事務にいるようです。どうしやしょう?」
〝チッ、学生のくせに余計なことしやがって〟と、俺は盛大に舌打ちしてしまう。
全く、英雄症候群の奴らはすぐに首を突っ込んで来る。
そして自分たちは何かを成し遂げたと高らかに喧伝するのだ。本当に救いが必要な人間からは目を逸らしてな。
「カチコミをかける。兵隊を集めろ」
目を細めた俺に、〝へい〟と頷いてクロノは去っていく。
エリは計画の要だ、どうしても取り戻す必要がある。
―――――――オーバーホールsideここまで―――――――
―――――――サー・ナイトアイside―――――――
緑谷と八木が相手をしている幼い少女に、私は視線を向けた。
エリと名乗った少女、その痛々しい包帯だらけの手足はなんらかの事情を抱えているに違いなかった。
「サー、エリちゃんを見てもらうことはできますか?」
囁いてくるミリオに私は〝そのつもりだ〟と頷いて、エリちゃんに歩み寄る。
そして〝話すと喉も乾くだろう。良かったらジュースでもどうだい?〟と笑みを浮かべながら、彼女に飲み物が注がれたコップを手渡したのである。
そして、私は彼女の未来を見た。
いくつもの光景が泡沫のように浮き上がる中、私はすぐに未来視を打ち切った。
悠長に見て、分析をしている場合ではない。なぜなら、この事務所を死穢八斎會の組員たちが襲撃してくる未来が間近に見えたのである。
「死穢八斎會が攻めてくるぞ! すぐに準備をしろッ! 」
私の一声に、泡を食ったように動き始めるサイドキックたち。
彼らは近くのヒーロー事務所やヒーローネットワークに、緊急の手助けを要請しているのだろう。
そして、私は職場体験生の二人に向き合った。
「緑谷、八木。君たちはエリちゃんを連れて逃げなさい。分かっていると思うが、個性を使っての戦闘は免許を持たない君たちはできない」
「「はいッ」」
二人が頷いた直後だった。
轟音を響かせて、事務所の扉が叩き壊されたのである
―――――――サー・ナイトアイsideここまで―――――――
―――――――ステインside―――――――
ビルの屋上から俺は眼下に目を向けた。
そこではヤクザ者達がヒーローの事務所に襲撃を掛けているのである。鳴り響く破壊音には、道行く通行人たちの叫喚が添えられる。
この偽物が溢れた世界を不満に思っているのは、どうやら俺だけではないらしい。
戦場の風を感じながら、俺は背の刀に手を添える。
人間の本性があらわるのは追い詰められた時だ。
さあ、ヒーローと呼ばれる者達よ。
お前らは本物か、それとも偽物か見せるがいい。
まあ、ヤクザ者どもが審判を下すということなら、邪魔はすまい。
そんな俺の視界の端に、事務所の裏手から逃げ出すヒーロー達が映ったのだった。
―――――――ステインsideここまで―――――――