―――――――相澤消太 side―――――――
生徒たちは、今頃職場体験で揉まれていることだろう。
実際のヒーローの活動に触れる良い機会だ。人によっては、思っていたものと違ったなんてこともあるだろう。だが、別にそれならそれでいいんだ。ヒーロー科だからといって、必ずヒーローにならなければいけないなんてことはないのだ。
ヒーローというのはそれだけ大変な仕事だからだ。
そう、ヒーローは大変なのだ。
だが……今日の俺は一味違った。なぜなら、今日は久しぶりに完全なる休日だからだ。
ヒーローにだって休みは必要なのである。
俺は、昔の顔なじみのカフェに訪れていた。
異形型の巨漢の店員が、俺の姿に認めて笑いながら入店を勧める。
「お、イレイザーじゃねぇか。久しぶりだな。入れ入れ!」
「よぉ」
ぐるりと見回して、〝ちゃんと猫カフェになってるな〟と感慨深げに呟いた。
かつてはコーヒーをたかっていた、柄の悪そうな連中が経営する店。
そこは今やお洒落な猫カフェへと変貌していた。
中央に鎮座したキャットタワーや天井から吊るされた足場には、猫たちが思い思いに寝転がっている。そして客用の椅子の周りを、ふらふらと自由奔放に歩き回っている猫もいた。
……か、可愛い!
猫たちの愛らしい姿に、俺は電撃に打たれたかのように立ち止まってしまう。
呆然と見入っている俺に、〝イレイザー、早く座れよ〟と店員は怪訝そうにするのだった。
席についた俺はコーヒーを注文し、やや遠巻きにしている猫たちに視線を送る。
流石に警戒されているか……ふッと自嘲気味に笑ってしまう。俺だって分かっている、自分が無条件に猫たちに甘えられるような人間ではないことくらいな。
だが、まあいい。
可愛らしい動物は眺めるだけでも癒される。
猫たちを代わる代わる見回していた俺。そんな俺の視線が、とある物に惹きつけられた。
『猫じゃらし、ご自由にお使いください』……これだッ!?
猫じゃらしをむんずと掴み、まるで聖剣のごとく恭しく構える俺。
そして勢い込んで先端についた羽玉を振るう。
……だが、猫たちは見向きもしなかった。
くそッ! 猫たちと上手くコミュニケーションが取れない自分の不器用さが憎い!
魂が慟哭していた。
深い悲しみに沈んでいた俺に、猫と違って全く可愛くない店主がコーヒーを運んでくる。
そして彼は悪人面を綻ばせた。
「なんだぁ、たまには猫を見に来るって言ってたのに。随分ご無沙汰だったじゃねぇの」
「悪いな。俺だって、忙しかったんだよ」
「分かってるよ。学校教員なんて似合わないことやってんもんな。そら大変だわ」
そう言って店主は、クシャクシャの頭を掻く俺に、〝ほらよ〟と小さな肉球型のアイスを差し出した。俺は首を傾げながら受け取り、矯めつ眇めつする。
「それはチートアイテムだぜ。猫用のおやつだ。それさえありゃあ、仏頂面で陰気なお前も人気者だぜ」
そして彼の言葉は正解だった。
わらわらと寄って来る猫たちに、俺は震える手でアイスキャンデーを向ける。
それを猫たちが、身を寄せ合ってぺろぺろと舐め始めたのだ。
……か、可愛い過ぎるぅぅ!!!
心の中で雄叫びが上がった。
こんなに可愛らしい生き物が存在していいのか!
危うくアイスを落としそうになるも、気力を振り絞って俺は柄を握り込んだ。
目に映るのは、猫たちのフワフワそうな毛並みだ。
撫でたい……だが、俺にはまだ触る勇気が無かった。撫でようと伸びる手を、何とか自制したのである。俺みたいな粗野な人間が、猫たちにケガをさせるようなことがあってはいけないからだ。
悶々としていた俺。
首元から垂れて揺れ動く捕縛布の端を、いつしか猫たちが弄んでいることに気づく。
――――なるほど、これで遊びたいのか!
きっかけを得た俺の行動は迅速だった。
変幻自在に揺れる捕縛布を狙って、猫たちが愛らしい鳴き声上げながら追いかける。
捕縛布の軌道は縦横無尽、次々に跳びかかる猫たち。
それはまさに可愛さの乱舞だった。
あと少しで布に触れそうだった猫……可愛い! 着地を失敗してつんのめっている猫……可愛い!! 追いかけるのに夢中で互いに衝突している猫たち……可愛い!!! 空中で手足をバタバタさせている猫……可愛い!!!!
今、分かった。
俺が捕縛布を習得したのは、このためだったんだ!!(絶対違う)
店主や店員たちにニヤニヤと見つめられているのに気づいて、ふと我に返る。
――――ふぅ、ヒートアップしちまった。
至福の時間を過ごし、クールダウンを図った俺は席でコーヒーを啜る。
だが、そこで想定外のことが起こった。
一匹の猫が俺の膝の上に飛び乗って、丸くなったのである。
こ、これは触っても良いのか?
ゴクリと唾を飲み込んで、俺は勇気を出して触れてみる。
指がフワフワで温かな毛皮に沈んだ。
ふわぁぁああ!! 可愛いぃぃぃ!!
再び魂が雄叫びを上げた。
そんな時だった。
外で大きな破壊音が轟いたのである。
どこぞのヴィランが、何かをやらかしているのだろうか。ヒーローが駆けつけるべき状況だった。つい窓から外の景色へと、視線を走らせてしまう。
でも今日の俺はオフなのだ、それに膝には猫がいるじゃないか。
この地区にだってヒーロー達がいる、でしゃばるのは良くないだろう。
そうやって行かない理由を探していた俺は、破片とともに空へと飛び出した人物を認めて顔を顰めてしまう。
それは、緑谷、轟、八木、トガといった俺のクラスの問題児たちだったのである。
あ、あいつらぁ!!
俺は唇を噛みしめて、泣く泣く猫を膝から下ろしたのだった。
―――――――相澤消太 sideここまで―――――――