―――――――エリside―――――――
目的地に到着した私は、デクさんの背中からそろそろと降りる。
「エリちゃん、この人は?」
デクさんが屈んでくれながら視線を向けたのは、寝たきりになっている老人だ。その人こそが私がここに向かってきた理由なのである。
「おじいちゃんは、死穢八斎會の組長なの」
それを聞いて〝えぇ!?〟とデクさんは目を丸くする。
彼の横を通り、私は眦を決しておじいちゃんの枕元に歩み寄る。おじいちゃんは厳めしい顔つきのまま、目蓋を閉じて身じろぎ一つしない。完全に寝たきりになってしまっているのだった。
そんな状態のおじいちゃんすら、私なら治すことができるかも知れない。
治崎さんの実験で分かったことだ、私の個性は『巻き戻し』。これでおじいちゃんが元気だったころに巻き戻せれば、きっと全部を解決してくれるはず。
私はそう信じて、ぎゅっと自分の両手を胸の前で握り込んだ。
そして意を決して掌を開き、おじいちゃんにそっとかざす。
自分の中に渦巻く大きな力を、おじいちゃんの体に注ぎ始めたのだ。
よし……このまま。
このまま上手く行けば……えッ!?
途端に堰を切ったように溢れ出す力の奔流に、私は混乱してしまう。
おじいちゃんの真っ白だった髪が、まだらに、そして黒々とした色へと変わり、しわくちゃの肌にも張りと艶が戻ってくる。
戻し過ぎているッ!?
即座に悟った私は、個性を止めようとした。
――――と、止められない!
かざしていた手を離すも、私の中で暴れ回る力がおじいちゃんを掴んで離さないのである。
私が呪われた子と、忌み嫌われた原因。お父さんを消してしまったときの光景が、私の脳裏に蘇ってくる。
治崎さんとの実験であんなに練習したのに、私はまた同じ過ちを繰り返そうとしているのだろうか。
嫌だ、そんなのは絶対に嫌だ。
自然と溢れ出る涙を、必死に歯を食いしばりながら私は耐える。
――――止まれ、止まれ、止まれ!
〝エリちゃんッ!?〟と肩を揺すられて私は振り返った。
「どうしようデクさん、個性が止められないよぉ」
―――――――エリsideここまで―――――――
―――――――緑谷出久side―――――――
エリちゃんの鬼気迫る表情、その額では小さな角が紫電を迸らせている。
――――これは、緊急事態だ!!
少女の個性が暴走していることを察した僕。
すぐさまエリちゃんを抱きかかえて、寝ていた老人から引き離した。
だが、それでも放たれ続ける力は止まらない。
そしてエリちゃんの個性の矛先が、僕自身にも向いたことが分かった。
疲労感が消えた途端に、体が内側からぐいぐいと引っ張られるような激痛が走る。
「うぐぐぐッ!?」
「デクさんッ!?」
「……大丈夫だよ」
降ろしたエリちゃんに根性で笑みを返すも、これはマズイと本能が警鐘を鳴らしていた。
――――どうする?
全身を苛む激痛の中で、僕は高速で思考を巡らせる。
エリちゃんの個性『巻き戻し』、それが僕と死穢八斎會の組長に向かっているのだ。このままでは、二人ともどこまで巻き戻されるか分からない。
そんな僕の逡巡の中、ベッドに横たわっていた組長の目がパチリと開いた。
彼は若々しくなった体を起こして、繋がった医療用のチューブを引き抜くと、さっと視線を走らせる。
たったそれだけで、まるで状況が分かったと言わんばかりに鼻を鳴らして一つ頷いた。
「坊主、歯ぁ食いしばれッ!」
「へ?」
直後、とてつもない衝撃が腹部に叩き込まれたのだった。
錐もみして吹き飛んだ僕は、盛大に屋敷の壁をぶち抜いてしまう。だが、幸いなことに僕の体はエリちゃんの巻き戻しのおかげで、負傷が立ちどころに癒えてゆくのである。
「な、何をッ!?」
よろよろと起き上がって目をパチクリさせる僕に、組長はニッと笑い掛けた。
「このままだと俺も坊主もどんどん巻き戻されちまうんだろ。なら、その効果を打ち消すしかねぇよな。だからよぉ……楽しい殴り合いの時間だ!!」
「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」
あまりの理不尽さに、僕は絶叫してしまった。
いや、言っていることは理解できる。
ケガをすればエリちゃんの力は真っ先にそれを巻き戻すのに使われるということだ。
だから、お互いに殴り合って盛大にケガをしようって…………いや、やっぱりおかしいよ。どうしてそうなるのぉぉ!?
× × ×
風を巻いて迫る組長を僕は睨む。
さっきから続く殴り合いで、僕は押されっぱなしだった。
個性の負荷を顧みず、僕はワン・フォー・オール フルカウルを一気に50%近くまで引き上げる。筋肉が裂け、骨にはヒビが入る。だがその焼けるような激痛を、巻き戻しが修復していくのである。
組長の姿が一瞬にして搔き消えた。
迂闊にも視線を動かした僕の前に、姿を現した組長の拳が躍る。
重い拳の連打をもらいながら、何とか防御しようとする僕。
「ぐがッ!?」
思わず呻き声が口から漏れる。
防御をすり抜けた剛拳が、僕の体に何発も突き刺さったのだ。
避けようと思っても、避けれるなんてものじゃない。組長の速過ぎるスピードに、個性を引き上げても全く追い付けないのである。
……っていうかこの人、すごく強い。
まるでプロとアマチュアほどの隔絶した力の差を感じる。
お返しとばかりに、僕は回し蹴りを狙う。
組長は避けずにそれを受け、〝がはははは〟と機嫌良さそうな声を響かせて吹き飛んだ。
そしてすごい音を立て立派なお屋敷を破壊していくのだ。
巻き起こった土煙を、荒い息を吐きながら僕は見定める。
「坊主ぅ。お前、強ぇなぁ!」
急に背後から掛けられた陽気な声に、僕は防御すらままならない。
振り返る間もなく組長の拳の連打を浴び、そして踏み込んだ掌底で吹き飛ばされる。
その勢いは壁を突き破り、柱を折り、それでも止まらず砂利が撒かれた地面を転がる程だ。僕もまたお屋敷を盛大に破壊する一因になっているのだった。
破壊音を聞きつけてだろうか、そこに駆けつけてきた影がある。
「大丈夫か、緑谷!」「緑谷君!」
それは、轟君にトガさん、そして安否を憂えていた八木さんだった。良かった、八木さんはステイン相手にも何とか無事だったようだ。
そして皆は、僕を叩きのめしている相手へと身構えたのである。
組長は足音高く歩きながら、ニッと顔を綻ばせた。
「おうおう、威勢の良い奴らは大歓迎だぜ!」
―――――――緑谷出久sideここまで―――――――