―――――――センチピーダ―side―――――――
無数の泡沫の乱れ舞う中、その死角となった泡からムカデを現す。
「センチコイルッ!」
「くそ、解けねぇ」
私は右腕から大きなムカデの胴体を伸ばし、それを未だ倒れていないヴィラン達に巻きつけて拘束したのであった。
「何とかなりそうですね」
「だが、まだ油断は禁物だ」
背中合わせになったバブルガールが安堵の息を吐くのを、私は苦笑しながら諫める。
死穢八斎會によるナイトアイ事務所への襲撃事件。
駆けつけてくれたエンデヴァーたちのおかげで形勢はこちらに傾きつつあった。
一時は倒しても復活し続ける手練れのヴィラン達に押されていたが、もう一息というところだろう。
突如としてバブルガールが操る泡の攪乱が切り裂かれ、そこに一陣の風が吹き抜けた。
……速過ぎる何かがよぎったのだ。
見れば、一人の和装の男が手練れのヴィラン達など意に介さず、豪快に殴り倒しながら駆け抜けている。
その姿はまさに鎧袖一触だった。
「てめぇら!! かたぎに手を出してんじゃねぞ!!」
怒号とともに、紫電一閃の如く研ぎ澄まされた拳撃が閃く。
男の拳に空気が唸る度、並みいる構成員たちが薙ぎ倒されては地に沈んでいくのだ。まるで鬼神もかくやという強さを見せつけ、彼は戦場に横たわる組員の山を瞬く間に築き上げる。
それを私とバブルガールは、二人そろってぽかーんと見ているのだった。
そして男は、ついにはエンデヴァーとやり合っているオーバーホールへと至る。
「むッ!?」
「組長オヤジ……そんな、どうして」
目を細める炎のヒーローとは対照的に、死穢八斎會の若頭は闖入者に胸倉を掴まれ瞠目した。
それは、私からしても意外な人物だった。
表舞台からは姿を消していた人物、既にオーバーホールへと死穢八斎會を譲り渡していると考えられていた人物。
それは、かつてはヴィジランテとして、超常黎明期に無法を極めたヴィラン達からこの街を守り切った英雄の一人だった。
――――ヴィジランテ、今ではあまり聞かない言葉だろう。
超常黎明期後の大混乱時代に、自発的に治安維持を行っていた者達を指す言葉である。それはヒーローのルーツであり、ヒーロー公認制度が成立した今となってはその存在は許されない。
かつてはヒーローに関する制度自体が無く、各々の力を持つ有志達がヴィジランテとして自分らの町を守っていたのだ。そして、ヒーローとなって表舞台に居続けた者達が今のヒーロー社会を作っている。つまり、ヒーローという枠組みを良しとしなかった者たちは、それ以降排斥される定めとなったのである。
それが死穢八斎會だった。
各地が内乱状態となっていた中で、彼らは自分たちの町を守るというただ一点に力を注いだのだ。だからこそ当時の住民たちからは慕われ、争いで行き場を失った者達を抱えて大きな屋敷と私兵を持つに至ったのである。
そしてその若き組長こそが、当時は『剛拳』と名を馳せた尤物であったのだ。
それ以来、表舞台に立たない彼を今の現役世代は知らないだろう。
何十年も昔の話だ、私とて直接目にしたことはないし、現在の住民も知らないのかも知れない。
だが、死穢八斎會の資料をまとめていた私は、すぐに彼だと分かった。
この嵐のような暴れようを見せられれば、嫌でも当時の内乱状態の厳しさが伺える。彼らヴィジランテは、そうやってヴィラン達からこの町を守り抜いてきたのであろう。
―――――――オーバーホール side―――――――
俺の攻撃を回避したのにも関わらず、エンデヴァーは噴き出した灼熱の炎を抑えて反撃の機会を見送った。
「ヒーローは気を遣わなきゃいけなくて、大変だな」
俺が仮面越しに嘲笑うと、炎のヒーローは〝ヒーローとはそういうものだ〟とこちらを睨んでくる。
俺が分解した路面、その無数の欠片が虚空に舞い上がりながら再構成されて新たな形へと結ばれていく。そして組み上がったのは巨大なコンクリートのハンマーだ。
それを重力に任せて振り下ろす。
さあ、どうするヒーロー? ご自慢の炎熱では周囲の家屋も燃えちまうぞ。
対してエンデヴァーは、諸手を広げてハンマーを受け止める構えをとったのだ。
おいおい、マジかよ。
呆れている俺をよそに、エンデヴァーは背から下方に炎を噴射しながらコンクリの塊を全身で受け止めに掛かるのである。
あまりの重みに、エンデヴァーの顔が大きく歪んだ。その脚が大地を割り砕くも、僅かな拮抗が生まれる。
そこに割って入った闖入者が現れたのである。
新手は一撃でコンクリートを粉々に粉砕し、炎のヒーローが呆気に取られている中でこちらをじろりと睨んだ。
――――く、組長お、おやじ!?
そして気づいた時には俺は凄まじいパワーで殴り飛ばされ、吹き飛んでいる最中に強引に胸倉を掴まれて手足が慣性で千切れそうになる。
「てめぇ、なにやってんだ!!」
「そ、それは……ぐッ!?」
こちらの話など全く耳も傾けずに、再び拳骨が降って来る。
重たい拳の痛みで、涙が滲む。
いや、その涙は待っていた懐かしい怒鳴り声を聞くことが出来たからだ。そして自身の誤った歩みを、止められたことへの安心感だろうか……
―――――――オーバーホール sideここまで―――――――
―――――――クロノスタシス side―――――――
組長おやじの一喝で項垂れた廻。
廻についていこうと決めていたあっしらも、もう諸手を上げて降参です。
きっとこの現状は、お嬢が作り出してくれた奇跡みたいなもんでさぁ。
お嬢自身が『巻き戻し』の個性をコントロールできたとは思えません。
だからお嬢を取り巻く状況がパズルのピースのように上手いことはまって、きっとこの光景に繋がったんでしょう。
陽光が今更こんなにも眩しいことに気づく。
まるで悪い夢から覚めたかのような、晴れやかな気持ちだった。きっとまたあの頃に戻れる、そんな確信が胸に満ちる。
――――良かった……まだあっしらは踏みとどまれた。
あっしは廻の隣に立って、廻の頭を掴んで自身の額とともに地面に擦り付けた。
「すんませんでした!!」
―――――――クロノスタシス sideここまで―――――――