従姉弟の山姥切たちのままならない関係について 作:りんか5434
バスが来るまでの間、長義はストールを巻き直していた。転んだことで汚れが付いてしまった。このストールにもだいぶ愛着が湧いてきている。ただこれは前提として国広のものだ。この旅が終わった暁には丁寧に洗濯してお返ししなければならない。旅の終わりを意識して、少し心が沈んでいたところに国広が問いかけてきた。
「長義、寒いのか」
「いや、このストールにも馴染んできたなと思っただけだ」
「それは良かった。なんならあんたにあげようか」
「えっ……いや、それは悪いだろう。遠慮しておくよ」
「貰いものだし、そもそも俺は全く使っていなかったからな。使い手がいるのはいいことだ」
「ええ……」
押し切られるようにストールの主人が変わってしまった。まあ、本人が良しとしているのならいいのか。いや、さすがに良くはないだろう。長義は頬を膨らませながら、ストールを意味もなく巻き直す。
「……偽物くん」
「ん? 何だ?」
「お前は、どうして俺を誘ったんだ」
しまった、と体中から血の気が引いた。聞こうとしなかったのに、つい聞いてしまった。これからどうなるのかと後悔に襲われていると、口を真一文字に結んだ国広がぽつりぽつりと零した。
「……理由なんて、どこにもなかったんだ。俺は、あんたと何をしたかったなんてなくて」
「うん、うん」
「俺は、あんたに笑ってほしかったんだ」
「……俺に?」
国広の心中に自分がいたことに長義はハッとした。考えてみれば、今までだって国広の言動を思い返してみれば分かるはずだった。長義が目を背けていたのだ。その事実を裏付けるために長義は対話を試みた。
「お前、笑ってほしいって」
「俺は、あんたにはずっと幸せでいてほしい。そのためならそこに俺がいなくてもよかったはずだったんだ」
「はずって、どういうことなんだ?」
泣き出す寸前のような声の国広に途中で遮られる。どこか支離滅裂に見える彼の主張をどうにか読み取りたくて、話の続きを促す。
「でも、教室で見た長義は笑っていなかっただろう。泣けるならいっそ幸せなくらいに」
「はあ? 俺が、教室で、泣いてたって?」
国広の口から聞き流せないような言葉が飛び出てきた。心底理解ができなかった。国広はどうしたらそんな風に突飛な解釈ができるのか。第一、長義は涙を流すようなことはないのに。旅の間では感じていなかった腹の底からぐつぐつと煮えくり返る激情が長義を支配している。思わず地の底を這いずる声で聞き返してしまった。長義から言葉の暴力を浴びせられた国広は一瞬驚いたのか肩を震わせたが、負けじと声を強くした。
「ああ。本当に泣いているわけではなくたって、でも心の底で泣き出しそうだった」
「……勝手に推測して語ってくれるなよ」
「あんたには自覚がないのか? ……俺を見る目はいつだってそんなものは映っていなかったけどな」
「勝手に言ってろ…………」
子供の頃、しゃがみ込んで止められない涙を手の甲でぐっと拭った思い出が蘇る。ああ、こんな感情、国広にだけは見せたくなかったのに。今までの長義の努力をこの男自らが無に帰した。歯を血が出るほどに食いしばって、国広を睨みつける。
「……長義。俺は、結局あんたに何をしたかったのかは分からないままなんだ。ただ、海にいたあんたは見てて心が痛くなった。どうしてかは分からないのに」
「偽物くんの言う痛みなんてものは同情だ。そんなもの、俺は求めていない」
「それは俺だって知っている。あんたは昔からずっと、気高く立ち続けているだろう。そのくせ、目は未来を見ていない。」
「黙れ……」
国広に鋭い視線を向けて脅したくせに、黙るのは自分だ。
「じゃあ、俺は何だったんだよ……」
「気高くて美しい長義だ。それは何があったって変わらない」
「はぁ……? ……お前の言っていることは分からない」
「分からなくていいんだ」
手を組んで、諦めたように笑う国広の姿はひどく大人びていて、長義よりもずっと達観して見えた。こらえきれず長義は思わず国広の頬に手を伸ばす。彼の頬は寒さで冷えていた。もっとじんわりと温かいものだと勝手に思っていたから長義は思考が止まった。どうやらそれは国広も同じだったらしい。目を丸くしたまま固まっている。
「ちょ、長義……? どういうつもりだ……?」
「えっ、ああ……俺は、ええと……すまない、特に意味はなくて」
「あ、そ、そうなのか。驚いた」
互いにぎこちなく言葉が出てくる。誰も来ないバス停で、自分たちがぎくしゃくとしながら会話を試みようとしていることが酷く滑稽に思えた。でも、それも悪くない。そう確信できるのは、国広が抱いている感情の輪郭を長義も少し捉えることができるようになったからなのかもしれない。
その感情はきっと他愛もないもので、取り立てて声を上げるようなものでもないのだろう。その感情は、その行動の名前は、長義から言わせれば愛と名が付くものだ。気が付いてしまえば案外あっけないものだった。一度愛と名前を付けてしまえば、彼の献身ともエゴとも言える行動にも納得がいく。言葉にしろ、と小言を言いたかったが、言葉の出し方を忘れてしまったのか声は喉で止まったままだ。
ああ、と口から声が漏れ出た。長義はゆっくりと手を組む。雪が微かに積もるその手は小さく震えていた。
互いに無言のまま、バスは定刻通り到着する。空いていた後ろの二人掛けの席に乗り込んでバスは出発した。雪は止む様子を見せず、降り積もっていくばかりだ。景色が白に覆い尽くされるほどに。いつになればホテルに着くのか、二時間が長義にとっては永遠のように感じられた。ちらりと国広の方を見る。疲れているのか、背もたれに頭を預けて寝ている。いくら彼でも疲労がないわけではないのだろう。もう少し労わってやってもいいのかもしれない。
寝過ごさないように気を付けながらも、長義にも眠気が襲ってきた。少し眠ってもいいだろうと、国広に肩を預けて目を閉じる。まどろみながら思い浮かべるのは昨日のさざ波だった。あの時、海へ足を向けなければここにはいなかった。偶然もたまには信じていいと安堵しながら、長義は深い眠りに誘われる。ホテルに着いたら何をしようか。国広となら、何もなくたって楽しめるはずだ。