従姉弟の山姥切たちのままならない関係について 作:りんか5434
「長義、長義……もうすぐ着くぞ」
「んんっ……偽物くん……?」
「だから、もうすぐホテルに着くぞ」
「っ、俺はどれくらい寝ていたんだ?」
「俺が起きた時には既に寝ていたな」
長義の肩を揺さぶって国広が起こしてくれたらしい。バスの料金表を見ると長義はざっと一時間は寝ていたようだ。いや、もっとかもしれない。ともかく、もうすぐ着くのは長義にとって嬉しいことだ。さすがに座りっぱなしはきついので。目をしぱしぱとさせていると、国広が目を細めて話しかけてきた。
「俺が寝ている時、起こさないでくれただろう」
「……お前には俺が睡眠を妨害するような人間に見えるのか?」
「い、いや、そんな意味ではない。ただ、嬉しかっただけなんだ」
顔をほころばせて言葉を紡ぐ国広の姿が、あまりにも恋をする人間のように見えて、長義の胸が訳もなく苦しくなる。痛みの理由を知りたくなくて、目を背けてきたがそろそろ潮時なのかもしれない。人生は、向き合いたくなくても、向き合わなければいけない時が必ず来る。そう知っているからこそ長義は決意をしなければいけない。何も気付いていないそぶりで、長義は国広に向き合った。
「何が?」
「あんたが寄りかかってくれたことだ」
「俺が……お前に寄りかかった……? 冗談も休み休み言え……」
もしかしたらあったかもしれない。うとうととしていた間、頭がどうも固定されていたような気もしたが、背もたれに預けていたと思っていた。
「いや、実際にあったかどうかは重要ではないんだ。本当は寄っかかっていたが……」
「なんて??」
「何でもない。あんたはずっと真っ直ぐ前を向いて立っているだろう。それは美しいと思う。でも、ずっとそうしてたら疲れてしまうだろう」
「疲れる、か? 俺が?」
冗談じゃない、と心の声が漏れていたようで、国広は肩をすくめて苦笑する。その態度を見て長義は眉を顰めた。こいつは本当に顔に出る。せめて隠す努力はしろと話が本筋に逸れながら国広の語りに耳を傾ける。
「糸はきつく張り詰めていたらいつか切れてしまうだろう。そんな風にあんたが見えたんだ。実際は杞憂だったが」
「俺が……張り詰めていたって……そんなわけがないだろう」
「だから杞憂と言っているんだ。まあ、割れかけた硝子みたいだとは思ったが。でも、長義は俺が思っていたよりもずっと強かった」
「……」
国広の独白に思うところがないかと言えばそんなことはない。人のことを勝手に張り詰めた糸だの割れかけた硝子などと好き勝手言われるのも腹が立つ。だがそれ以上に自分が他人からそう見えていたことに動揺している自分がいる。
「まあ、話の続きは宿でだな……。ほら、あれが宿だ。でかいだろう」
「っ、それを早く言え! 降り遅れるだろう!」
軽く悪戯に微笑みながら長義に笑いかける国広と、そんな彼につっけんどんな態度を取りながらも悪くないなと思っている長義。旅が始まった時には想像もしていなかった。だが今は感傷に浸っている場合ではない。
声を荒げて転げるようにバスを降りる。ぜえはあと肩を上下させながらアスファルトを踏む。何だかデジャヴを感じながら、顔を上げる。ホテルはここから歩くと数分はありそうな距離だった。ここは市街地よりも豪雪地帯なのだろうか。それとも寝ている間に雪が降り積もっていたのだろうか。雪で道路が見えなくなっている。恐る恐る一歩踏み出すとくるぶしが完全に埋まった。
「……偽物くん」
「なんだ」
「雪、どうなっているんだ。降りすぎだろう」
「そんなこと俺に言われても困るが」
やけになって国広に当たっても事態は解決しない。おまけに今は一月だ。日は沈んでいて、星が見える。街灯は地元よりも少なく壊れかけていて、足元を照らすには心許ない。仕方ないと長義はゆっくりと歩きだす。通りを通るものは誰もいない。静寂の中、音を上げながら長義は前を向いて一歩ずつ踏みしめていた。
国広はどうしているのか。振り返ってみると長義の足跡をなぞって歩いていた。こいつ、楽しやがってと言いたくもなったが、どうしてか長義の胸は苦しくなる。不安げに照らされていた影に視線を向けても胸の痛みは変わらない。目が合った時の国広の瞳を思い出して鼻の奥がツンとする。
ああ、そうか。長義はずっと誰かに追いかけてもらいたかったのか。自分が本心から必要とされていると実感したかったのか。それは弱みだ。決して国広に知られないようにしないといけないもの。
気付いてしまった願いを胸にしまう。はらはらと雪が長義たちを世界から隠す中、いつの間にか口に出していた。
「俺は、どうにかしたかったのか」
「長義?」
「……」
弱弱しく笑みを浮かべて、振り返って国広を見つめる。彼は長義の様子を訝しんでいた。当然だ。誰だってこんなこと言っても本気にしないだろう。あの山姥切長義が人並みに寂しさを抱えていただなんて。雪とともに消えていってほしかった感情は積もっていくばかりだ。薄れていた足の痛みがぶり返していく。
「俺は逃げたいと思った。だからお前の提案に乗った。理由なんてそれいくらいだと信じていた」
「……」
「でも違ったな。いや、違わなくはないか。それも等しく俺を形作っているんだ。俺は今を変えたかった。どうにかしたかった。変えられは……したのかな」
最後は尻すぼみになってしまった。国広とは関係が無いのに、どうして彼は傷ついたような表情をしているのだろう。どうして苦しいと言わんばかりに歯を食いしばっているのだろう。彼の切実な声が長義の耳に届く。
「っ、したに決まっている! 長義は変わっているだろう!」
「……どうしてそう思うのかな。聞かせてくれよ」
「……笑っていたからだ」
「うん?」
「昨日、俺が学校で見かけた時よりも旅の間の方が長義は笑っている。あんたが猫を被らなくてもすんでいるんだ」
「……猫を被るとか、猫殺しくんじゃあるまいし」
「いや、あんた本当に猫被ってるぞ。自覚ないのか?」
「猫を被っているという言い方をやめろってことだよ! これだから偽物くんは」
「元気がいいな。学校だと俺に対してもここまで怒らないだろう。そもそも目も合わせないか」
思ってもいなかった。目から鱗が落ちるようだった。たとえ国広の言葉だろうが他人からの忌憚のない意見は大切だと改めて思い知らされて、長義は心の底でうなる。
「好きの反対は無関心、とでも言いたいのか?」
「…………少なくとも、あんたは俺に無関心ではないだろうな。ほら、着いたぞ」
「あ、ああ」
少しの沈黙があったあと、国広はそっぽを向いてホテルを指さした。話を逸らした自覚はあるらしい。追及しようかと思ったがやめた。打ち付けた足はまだ痛む。今は少しでも長く休みたかった。雪は止まないで長義の体温を少しずつ奪っていった。