従姉弟の山姥切たちのままならない関係について 作:りんか5434
目の前のホテルは寂れた雰囲気を醸し出している。無機質な灰色のコンクリートがそうさせるのだろうか。だが内装はどうやら丁寧に清掃されているようだ。
エントランスに入ってカウンターに向かう。国広が手続きをしてくれている間、長義は近くのソファーに座っていた。足は血は出てないが赤く腫れている。触れてみると痺れのようなものを感じるので明らかに治っていない。明日以降はどうなっているのだろうか、ふと長義の脳裏に不安がよぎった。
「長義、終わったぞ。俺たちの部屋は」
「は? ちょっと待て、まさか部屋一緒なのか?」
「そうだ。……別のほうが良かったか?」
「……いや、いい。お前がいるほうがいい」
「っ……そうか」
国広の一言には長義が読み取り切れない万感の思いがこもっていた。国広が時折見せる切ない姿に長義の心がかき乱される理由を、今なら分かる。二人並んでエレベーターに乗る。箱は音を立てながら目的階へ昇っていく。暖房が効いているここなら平気だろうと、長義は雪で湿ったコートを脱いだ。靴下もぐっちょりと濡れているので正直な話さっさと脱ぎ捨てたい。じっと増えていく数字を見つめる。もうすぐ到着する。無意識に独り言が零れていた。
「もうここまで着いたんだな……」
「ああ、思っていたよりずっと一日は短かったな」
言葉が途切れたと同時に、エレベーターの扉は開いた。長義と国広の足音が誰もいない廊下に響き渡る。国広が部屋の鍵を開けて、長義に中に入れと促す。促されるままに長義は部屋に一歩踏み込んだ。二人分と考えれば狭いが、高校生が泊まると考えれば妥当だろう。その考えに至ったところで、長義は一つ気付いたことがあった。
「…………偽物くん」
「なんだ」
「ベッドが一つしかないんだが」
「…………そういえばシングルだと書いてあったな…………」
どうするんだこれ、と一人分しかないベッドを見ながら長義は途方に暮れる。隣に立っている国広を見ると冷や汗をかいていた。目は遠くを見ていたので現実逃避でもしているのかもしれない。どうやら彼にとっても想定外だったらしい。予約を取る時に確認しなかったのだろうかと思うが起こったことは仕方がない。しばらく無言の間が続いたあと、国広が振り切ったように宣言した。
「よし、長義はベッドでいいな。俺はソファーで寝る」
「……いや、ソファーではないだろう。椅子と言ったほうがいいだろそれ」
国広の言うソファーは長義からしてみれば多少座り心地の良いデスクチェアに見える。どう見てもソファーではないし、寝心地もあまり良さそうには見えない。長義としては国広に譲ってもらってばかりなので今回くらいは国広にベッドを譲りたかった。
「なあ、お前だって疲れているだろう。しかも怪我した俺を背負って歩いていたんだ。お前がベッドで寝ろ」
「それを言ったら俺は怪我人をソファーで寝させた男になるんだぞ。いいからあんたが使ってくれ」
「……これ以上は堂々巡りになりそうだな」
会話が停滞してきたところでしばし二人は睨み合う。どちらかが折れるまでこの攻防戦は終わらないだろう。こんなことをしているよりはもっと有意義な時間を過ごしたかったので、長義は提案を国広にしてみる。
「なら、俺と偽物くんが同じベッドで寝ればいい」
「……はあ? いや、それはいくらなんでも」
「俺の決めたことに文句があるのかい? ねえ?」
「いや、だって、それは」
煮え切らない態度が気に入らなかったので長義はさらに国広に詰め寄る。壁際に押された国広は長義から目線を逸らしながら両手を方の位置まで上げていた。降参の意味合いだろうか。煮え切らない態度の癖に、表情だけは一丁前にふてぶてしいものだ。
「文句をつけるのならもっともらしい理由くらい言ってごらんよ、ほら」
「……分かった。どうなっても知らないぞ」
「どうなってもなんて、お前ならそんなことないだろう?」
「……」
面食らった反応をした国広を横目に長義はベッドに腰かける。そのまま隣の空間をぽんぽんと叩いて国広を見上げた。
「ほら、偽物くんも来なよ」
「あ、ああ……」
「ふふ、なんだか楽しくなってきたな」
「それなら、いいんだが……」
複雑そうにベッドに座る国広とは対照的に長義の心はどんどんと高まっていく。窓の小さな部屋でも、一人分しかないベッドでも、ユニットバスでも誰かがいるだけでこんなにも楽しくて仕方がない。その誰かが国広というだけで、この先のことなんてどうでもよくなってしまう。本心からの笑みを国広に向けて長義は告げた。
「お前が誘ってくれたから俺はこんな気持ちになれた。ありがとう」
「っ……礼なんていい。俺よりも、あんた自身を褒めてやれ。あんたが踏み出したからだろう」
「へえ、随分と気障なことを言うじゃないか」
「……気障と言うな」
頬を赤らめて長義から目を逸らす国広を満足げに見ながら、長義は一歩彼に近づいてみる。
「でも、思っていることは本当だ。もしかして、お前は俺からの賛美を受け取らないつもり
かい?」
「いや、そういうわけでは」
「じゃあ受け取りなよ。減るものでもないし」
他愛ないやりとりを交わしていれば、どちらかの腹の音が鳴る。どちらからともなく夕飯の話を提案した。はっきり言って二人とも疲れがたまっているので、近くのコンビニで適当に調達することになった。
制服だと色々とまずいのでコートを羽織って外に出る。ホテルから五分もかからない距離にコンビニがあったので、幸運に思いながら中に入った。田舎にしては品ぞろえがいい。夕食だけではなく明日の飲み物も買うつもりで物色する。
ふと国広のところに行くと、彼は食品コーナーを右往左往していた。何か迷っているのかと思って長義は尋ねる。
「偽物くんは何を買うんだい?」
「俺はカップラーメンでも買うつもりだ」
「野菜も食べろ。ほら」
「あっ、勝手に入れるんじゃない」
国広の持っている買い物かごに野菜スティックを入れる。ちなみに彼の抗議の声は無視した。さて、長義はどうしようか。ふらふらとコンビニを歩いているとうさぎの形をしたパンと目が合った。砂糖が胸焼けしそうなほどまぶされている。手に取って裏を見れば普段なら選ばないであろうカロリーが書かれていた。
「長義? 決まったか?」
「……悩んでいるところだよ」
「何で悩んでいるんだ?」
「……言わない」
まさかカロリーが云々なんて国広に言えるはずがない。普段はカロリー制限をしてストイックに過ごしているが、今日ぐらいはいいかもしれない。それに、砂糖が雪みたいで食べるなら今しかないと思ったのも事実だった。
「これを買うよ」
「そうか。それくらいで足りるのか?」
「なら、ゼリーでも買おうかな」
「……あんた将来倒れないようにな」
何かに引いている国広の両手にパンと適当に選んだゼリー飲料を置く。文句を言うこともなく彼は会計に向かった。その間長義は特集されているチョコを何も言うこともなく眺めていた。会計が終わったらしい国広が長義のもとに来る。レジ袋を見たら忘れていたことを思い出したので国広に言っておく。
「俺の分はあとで払うからレシートを見せてくれ」
「ホテルに戻ってからな」
「分かってる」
適当に会話をしていればあっという間にホテルに着いた。今は何時だとエントランスの時計を見上げると二十時だった。意外と自分たちはコンビニに滞在していたんだなと驚く。一人でいる時は十分もいないのに、変わっていくことばかりだ。