従姉弟の山姥切たちのままならない関係について   作:りんか5434

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その手を離さないでほしくて⑭

 部屋に戻った長義と国広はコートを脱いでハンガーにかける。ネクタイを緩めたところで長義は気が付いたことが一つあった。なあなあにするより今言い出した方がいいと判断して口にする。

 

「……偽物くん。どっちが先に風呂に入るんだ?」

「……そうだった。俺は早く終わるから長義が先に入ってくれ」

「いいのか? お前の方が早いだろう」

「俺は明日のことを考えたりする時間が欲しいから、長いくらいが丁度いいんだ」

「……ならいいんだが」

 

 煮え切らない態度の国広に心がさざめきながらも、長義は昨夜コンビニで調達した下着と備え付けのパジャマを風呂場のかごに入れる。腰を据えて風呂に入れるというのはいいことだ。長義はユニットバスに入るのは初めてだったので戸惑いつつも湯船に入る。お世辞にも広いとは言えなかったが、悪くはなかった。

 体育座りをしながら風呂に入るのも新鮮でいい。朝は大雑把に髪を洗っていたからパサついていたので、今回は櫛で入念に梳かしながら髪を洗う。洗い終わったあとは風呂から出て、パジャマに袖を通す。パジャマは少しサイズが大きかった。着替え終えたらテレビの前にある備え付けの椅子に座ってドライヤーをかける。跳ねている毛先を押さえつけることを忘れずに。ヘアオイルはなかったが丁寧に乾かせばどうにかなるだろう。視線を感じたので長義は非難の目を向ける。

 

「そんなにじろじろ見られると穴が空いてしまうな」

「いつもは減るものでもないとか言っているだろう」

「それとこれとは別だ。不躾な視線は感心しないよ」

「それもそうか。すまない」

 

 しゅんと耳を垂らした犬のような国広を見ると、何かしてやりたくなる衝動に駆られる。今まで感じたことのない感情に動揺しつつ、なんてことないように長義は提案してみた。

 

「ふふ、興味があるのなら乾かしてくれないか。なんてな」

「え、あ、いいのか……?」

「それこそ、減るものではないだろう?」

「あんたがいいなら……乾かないかもしれないぞ?」

「その時は俺がもう一度乾かすからいいんだよ」

「じゃあ、やってみる」

 

 国広に使っていたドライヤーを手渡して、彼に背を向ける。ドライヤーと髪の距離が近い、と悪戦苦闘している国広にアドバイスをしながら長義はこの時間を楽しんでいた。彼が悩みながらも放り出さずに長義の髪を乾かしているからかもしれない。もしくは誰かに髪を乾かしてもらうのが久しかったからかもしれない。でも、どんな理由であってもこの時間を手放したくはなくて、その事実は変わらなかった。

 

 あらかた乾かし終わった国広に、冷風に切り替えてくれと言う。長義の言葉に素直に従った国広は長義の指示通りに黙々と乾かしている。こいつ、意外と要領がいいんだな、と長義は心の片隅で思った。従姉弟でも知らないことなんて山ほどあって、一つずつ知っていくのが当たり前の事なのかもしれない。その段階を自分たちは踏めてなかっただけで。でも、今なら踏めるだろう。

 

 長義の髪を乾かし終わってドライヤーの電源を切った国広の体に長義はもたれかかった。国広は露骨に焦っている。いっそ滑稽なくらいだ。顔色が赤くなったり青くなったりとくるくると変わっている。

 

「ちょ、長義……? どこか悪いのか……?」

「いや、どこも悪くないよ。ただ楽になりたかっただけさ」

「楽、か……? 横になった方がいいだろう」

「じゃあそうするか」

 

 長義はそう言って、国広の腕を強く引っ張りながらベッドに倒れ込む。国広の前髪が長義の頬をくすぐる。彼の緑の瞳に自分がはっきりと映っていた。今までにないほど互いの距離が近い。国広はひどく混乱した様子で声を上げたが、くつくつと笑みを浮かべた長義に軽くあしらわれた。

 

「なっ……!? 何だ!?」

「ふふっ、俺がこうしたいだけだよ」

「そうか……ああ、分かった、好きにしてくれ」

「言われなくても」

 

 抗議するよりも諦めたほうが早いと考えたのだろう。国広は全身に入っていた力を抜いて、ため息をつく。抵抗の意思がなくても、それでも彼が逃げたりなどしないように長義は彼の腕を握った。全身をかちこちにして言葉にならない音を発する様がおかしくて、長義は声をあげて笑う。観念なのか諦めなのか彼も笑みをこぼした。シングルベッドに二人の笑い声が染み込んでいく。

 

 ひとしきり腹を抱えて笑い合ったあとで、急激に眠気が襲ってきたので長義は国広に背を向けて布団をかぶった。長義の様子を見てベッドから降りようとしている国広の腕を掴む。先程とは違う長義の雰囲気に、国広が困惑した様子で長義に問いかけた。

 

「長義……? あんたはどうしたいんだ?」

 

 焦りと疑問が混ざった彼の表情は見なかったことにして、長義は目を合わせずに呟く。合わせてしまったら、何も言えなくなってしまうと分かっていたから。

 

「……たまには人の温もりが欲しいと言ったら笑うか?」

「……笑わないが」

「だと思ったよ」

 

 国広の腕を掴んだまま彼に告げると長義はゆっくりと手を離した。国広の腕から遠ざかる長義の手を見つめたあと、国広はベッドの端に寝転ぶ。自分で言っておいてなんだが断ると思っていたので長義は目を見開いた。もちろん国広には見られていないが。

 

 どれくらいそうしていたのか分からない。彼の鼓動と呼吸が一定になっていることを確認して、長義はぽつりぽつりと誰に言うまでもなく囁いた。

 

「本当はお前がずっと羨ましかった」

「……」

 

 黙り込んだまま国広は返事も何もしなかった。どうせ答えたら長義が腹を立てるとでも思っているのだろう。実際、普段の長義ならそうした。だが、今は違う。冗談のように回りくどく伝えた寂しいという言葉が妙に現実味を帯びてくる。

 囁いた言葉に返事が返ってこなかったから、長義は最後に一言だけ本心からの思いを伝えた。国広からの反応はとっくに期待していなかった。

 

「お前の手段は強引だったが、おかげでしばらくは楽に生きられそうだ」

 

 そう紡いで、長義は目を閉じて力を抜いた。もう寝よう。明日のことは明日考えればいい。少なくとも、心の片隅にあった違和感はなくなっていた。

 もぞもぞと彼が動いているようで、気が付いたら彼の背中と長義の背中がぴたりと沿っていた。やっぱり国広の背は広い。大きな彼の背中から感じる温もりは長義にとって初めてのようで、もうすでに近くにあったような気がした。

 

 意識は急激に深く沈んでいく。今日よりも早く寝たのも、すぐに睡眠に誘われるのもいつぶりだろうか。久しく忘れていた明日への漠然とした希望を胸に抱きながら、長義は寝息を立てた。

 

 カーテンの隙間から零れ込んでいた光が長義のまつ毛をくすぐる。眩しくて、瞬きすると目の前には見慣れない天井が広がっていた。そういえば、自分はホテルに泊まっていたのだった。ベッドから降りようとして端へ近づくと何かに当たって倒れそうになる。慌てて手を突くと、長義が引っかかった何かは国広だった。小さく悲鳴を上げそうになったが冷静になって考えてみると、一緒に寝ようと誘ったのは長義の方だった。あやうく国広に濡れ衣を着せてしまうところだったと、ばくばくした心臓を押さえて長義は窓を見やる。すると枕の方から声が聞こえてきた。

「んん……おはよう、長義」

「おはよう、いい朝だね」

「別に、気にしなくていいからな」

「何がだい?」

 悲鳴を不問にしてくれてありがたいところだったが長義の心は複雑ではあった。まあ、それはそれとしよう。ともかく、今日の目覚めは清々しかった。少しパサついた銀髪が日光に透けてキラキラとしているから、余計にそう感じるのかもしれない。髪型、はやく整えないとなと考えを巡らせる。ああ、そうだ、これだけは言わないと。

「帰るか、国広」

 一言だけ漏らして頬を緩ませた長義を見て、国広はふっと息をこぼしてカーテンを開ける。その横顔は綻んでいるように見えた。

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