従姉弟の山姥切たちのままならない関係について 作:りんか5434
今日は朝から身体が重い。梅雨明け宣言も記憶に新しい七月の中旬。雲一つない快晴だ。それでも山姥切国広は眉をひそめて窓の外を眺めていた。
国広を悩ませているのは山姥切家の相続についてだった。国広の従姉弟でありクラスメイトの山姥切長義。かつて自分が逃避行に誘った存在。
彼女と自分を取り巻く環境に、本人たちの意思とは関係なく巻き込まれていく。それは国広の頭痛の種となるには十分すぎた。
「俺が、何をしたっていうんだ……」
「お、国広ー。なあ、放課後遊びに行かないか?」
「すまないが、今日はあまり気分が良くなくてな……すまない」
「いや、そうか。悪かったな。お大事に……にゃ」
「へえ、そうなんだ」
友人からの誘いをやむなく断っていると、長義が目の前に立っていた。勇ましい仁王立ちだ。げぇっ、と友人が苦虫を嚙み潰したような顔をする。長義は腰に手を当てて、髪が肩にかかっていた。綺麗だな、と見惚れる。すると、ぎろりと従姉弟に向けるべきではない視線が飛んでくる。
「化け物切り、お前なあ……」
「猫殺しくんは少し静かにしてくれるかな。俺はこいつを引っ張り出さなくてはならない」
「……? どういうことだ?」
「こういう、ことだよっ!」
長義が国広の手首をぎゅっと握って、強く引く。机ががたりと音を立てるのも気にせず、長義は国広を無理やり立たせた。周りの視線が一つに集まる。国広は思わずパーカーのフードを被った。衆目を集められるのは、国広の苦手とするものだったから。
「ほら、行くぞ」
「お前、終礼は……」
「終わったんだからいいだろ。俺にその辛気臭い顔を見せるんじゃない」
「……すまない」
フードで自分の目元を隠す。長義の非難のこもった表情を見ていたくなかった。
「ではまた明日、猫殺しくん」
「あ、ああ、南泉、また明日」
「……あんまり国広をつつきすぎるなよ化け物切り……」
ずるずると引きずられていく国広に憐れんだ目を向ける国広の良き友人。そして長義にとって最も仲がよく、からかい甲斐のある存在。彼に手を振って国広は足をもつれつつ長義について行く。思いのほか長義の力が強いので心が騒いでいた。
ざわめきを強めた教室を出て、廊下を早歩きで通っていく長義。衆目を集めているにも関わらず彼女は誰の目も気にしない。その強さがうらやましく思う時もかつてはあった。今は、違う。長義は強くて、でも弱さを誰にも見せられないと知っている。
「おい、長義。どこに行くんだ」
「それは内緒だよ。それこそ前の旅のようにね」
「そ、そうか……」
「でもヒントくらいは教えてあげようか。自転車、だよ」
「は?」
「言いたいことは言ったから」
あとは自分で考えろと、長義は黙る。国広は頭を抱えそうになった。何が自転車だ。そもそも長義は電車通学ではと疑問が湧き上がる。自転車通学なのは国広の方だ。まさか自分の自転車を使うつもりなのか。馬鹿げた仮説でも、一度浮かんでしまえば頭から離れない。長義に合わせるならサドルの高さを変えないとな、と考えてしまっている自分がいた。やはり国広は長義に甘いのかもしれない。それはそれで悪くなかった。
廊下を歩いていれば校門に着く。ようやく国広から手を離した長義は下駄箱を見やる。要はさっさと靴を履けということか。国広は下駄箱から使い古したスニーカーを取り出す。苗字が同じなので出席番号も当然隣り合わせだ。国広の方が一つ早いが。それも長義は気に食わないらしい。
彼女も同じようにローファーを下駄箱から取り出した。肩が触れそうな距離だった。だが二人とも言及しなかった。互いに面倒だと分かり切っているからだろう。
「ほら、さっさと履き終えたかい、偽物くん」
「俺は偽物ではないし、もう履き終えた」
「なら行くぞ。ついてこい」
そう一方的に宣言して長義はそっぽを向いて歩いていく。一体どこへ向かっているのか。学校の裏を通っていく彼女に、国広は徐々に場所の当たりをつけていく。まさか、校舎裏にある自転車置き場ではあるまいか。本当に自転車に乗る気なのか、この従姉弟は。
「お、おい長義……」
「目的地にたどり着くまでは黙っていてくれるかな」
「あ、ああ……」
ぎろりと見開かれた青の瞳。あまりの迫力に言葉を飲み込む。どうしてそこまで固執するのか、国広には分からなかった。だが長義の考えが分からないのはいつものことで。同時にきっと国広のことを長義は理解できないだろう。それでもいい。歩み寄れるなら。
数分ほど歩いていた長義が足を止めた。そこは国広の予想通り学校の駐輪場だった。正直言って電車通学の長義がこの場所を知っていることは予想外だったが。一体何を要求されるのか、国広は身構える。
「よし、偽物くん。お前の自転車はどこかな」
「えっ、ああ、あそこの桜の木の下だ」
「へえ、そうか。案内してくれるかい」
「……はあ、分かった。分かったから俺を小突くのはやめてくれ」
国広に問いかけるというよりは、断定している長義にため息をつく。ついでに国広の身体を小突いてくるのはやめてほしい。抗議しながら自分の自転車が停めてある場所へ国広は向かう。彼の一歩後ろをついてくる長義は小さく呟いた。
「普段なら俺たちが関わることはないだろうに、どうしてこうなるんだか」
誘ったお前が言うのか、と思わず口にしそうになった。だが長義の言葉はどうも否定の意味を帯びてなさそうで。
「……? それはどういう意味だ?」
「何でもないよ。ほら、さっさと案内しろ」
「いや、ここだが」
「それを早く言え」
歩きながら話していたのでいつの間にか目的地に到着していた。木漏れ日を浴びた国広が視線を落とす。そこには自分の愛車があった。中学生の頃から使っているが、錆も拭いてあるので比較的状態としては綺麗だ。どの自転車か分かっていなかったであろう長義も国広につられて視線を自転車に移す。ああ、これかと言わんばかりの視線に国広の口元は弧を描いた。常に美少女然とした怜悧な表情を見せる長義に隙は無いと周りからは思われがちだ。でも、意外と顔や瞳に感情が映るところがある。その事実を今も、これからも何故か知られたくなかった。
「へえ、これが偽物くんの自転車か。うん、これなら乗れるな」
「……まさか、あんたが運転するんじゃないよな」
「そのまさかだよ」
まさかな、と頭から消していた可能性が事実だったことが判明した。国広は空を振り仰ぐ。雲一つない。影送りでもできそうな空だ。現実逃避しても状況は変わらない。せめて長義の想像していることを知りたかった。
「俺が運転するわけではなく、長義が? 何故だ? せめてそれくらいは教えてくれ」
「理由なんて、それこそそうしたかったから。それ以外ないだろう? お前みたいに」
「……っ」
過去の己の行動を掘り返されてしまったら、もう何も言えなくなる。黙り込んだ国広に満足したのだろう。長義はしてやったりと笑みを浮かべた。
「よし、じゃあ行こうじゃないか。なに、泊まりがけではないさ。ちょっとした逃避行だ」
「やっぱり当てつけじゃないか……」
国広は呆れて呟くも、口元に笑みを湛えている自覚があった。何故なら、内心は弾んで仕方がないからだ。どこに行くのか、何も知らなくても長義と一緒なら。それだけで何よりも価値がある。
国広に手を伸ばして、長義はにやりと笑う。そして国広の自転車に乗った。かごにスクールバッグを入れて。
「さあ、後ろに乗れよ。偽物くんが初めての搭乗者だ」
「長義、格好つけているところ悪いがその前にサドルを直させてくれ。あんたには少々高いだろう」
「……お前は俺の気分を削ぐ天才だな」
「事故になるよりはましだ」
長義は余裕な笑みから、がらりと頬を膨らませて不機嫌を隠さない顔になる。どこか幼い仕草で、国広は目を細めた。まともに直視したら、目が焼き潰れてしまいそうだった。長義に言ったら笑われるであろうことを考えて。国広はしゃがみ込んでサドルを調整する。
「よし、これで平気だ。一回乗ってみてくれ。高かったりしたら言ってほしい」
「ああ。よしっ……。これなら大丈夫だ。お前も早く乗れ」
「分かった。……重かったら言ってくれ」
「分かった分かった」
本気で慮っている国広を長義は軽くあしらう。本当に分かっているのか。国広は不安がよぎるがぐちぐち言っていても仕方がない。サドルの後ろのキャリアにまたがってみる。ここで国広の脳内に一つの考えが浮かんでしまった。
「……俺はどこに掴まればいい?」
「そんなの、お前の座っているところに掴まっていればいいじゃないか」
「……なるべく重心に気を付けておく」
「事故にでもなったら話にならないからな」
縁起でもないことを呟いて、長義はフッと笑った。はっきり言えば長義が運転することに不安があるが。悩んでいる暇なんてない。
「偽物くん、行くよ」
「ああ」
サドルにまたがった長義は足をペダルに乗せる前に振り返って国広の顔を見る。眉を上げた彼女は顔をほころばせた。それから何かを決意したように口をキュッと結ぶ。そして前を向いて勢いよくペダルに足を乗せてこぎ出した。三つ編みのハーフアップに結ばれた、整えられた黒いリボンが視界いっぱいに広がった。