従姉弟の山姥切たちのままならない関係について   作:りんか5434

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その手を離さないでほしくて④

「ごちそうさまでした」

「ああ、ごちそうさまでした」

 

 食べ終わって手を合わせて、トレイを片付ける。ごみを片付けるのは国広に任せて、長義は使用した机を拭いていた。あと一時間もすれば、自分たちは夜行バスに乗っているのだ。まだ乗ってすらいないのに、想像しただけで高揚している。国広も同じだろうか。そうであれば。少しだけ、ほんの少しだけ肩の力を抜くことができる。

 

「長義、こっちは終わったぞ」

「俺も終わったところだ。あと一時間もしたらバスの出発時間になる。そろそろバス停へ向かうぞ」

「ああ、了解した」

 

 現在地からバス停まではどうやら十分ほど歩くらしい。そのうえ、初めて来る人間には分かりにくいところにある。口コミに書き込まれていると国広が言っていた。そのため、時間に余裕を持って移動することに決めた。

 言葉はなく、足並み揃えて二人は目的地へ進んでいく。国広は時折スマホをちらりと見ながらぼそぼそと呟いている。長義は一抹の不安を覚えながら、口を出さずについていく。国広は少々脳みそに筋肉が詰まっているが、方向音痴ではないことは知っている。だから大丈夫であろうと信じている。間違っていたら長義が地図に従って国広の手を引けばいいだけだ。

 

 たまに方向を修正しながら、歩いていくと目の前に大きなバスターミナルが広がっていた。恐らく、ここで大型バスが乗り降りしているのだろう。長義たちが乗るバスの停車駅まではまだ少し歩く必要がある。長義は歩きながらちらちらと景色を見ていた。見慣れないものがあるというのは幸福だ。自分の置かれている場所に退屈しないのだから。

 考えに耽っているうちに、国広がバス停の看板の近くで足を止めた。看板から列ができている。

 

「ここだ」

「へえ。思っていたよりも小さいね」

「あくまでバスを停車させるだけだから、余計な装飾は不要なんだろうな」

 

 目的地は長義の想像よりもこじんまりとしていた。ターミナルの中の一つの停車駅。なるほど。これは知らないと間違えるだろう。列に並んでいる者はスーツケースを持っている確率が高い。どうやら自分たちは身軽な方に分類されるようだ。

 

「バスが来るまではこの列に並ぶようだ」

「なるほど」

 

 この列に並んでいる人々は、長義が手を伸ばしても届かなかった自由への切符を持っている。その事実に心が波立つ。

 

「……ここにいる者はみな、どこかへ旅をするんだな。ここではない場所に」

「俺たちもそのうちの一人だ、長義」

「……」

 

 

 国広の何気ない返答に、長義の心は撃ち抜かれる。言葉が足りなくて、数多くのトラブルを起こしてきたくせに。なんで。どうして。こんな時だけ長義が求めていた言葉をくれるのだろうか。ああ、この感情はなんと言葉にすればいいのか分からない。でも、一つだけ分かり切っていることがある。こてんと首をかしげて、長義は国広の目を見つめて微笑んだ。

 

「偽物くんのくせに、生意気だよ」

 

 国広がハッと息をのむ。また、二人の間には沈黙が広がる。国広はリュックの肩紐をきつく握りしめていた。手が赤く染まっているのに、力を緩めることはしない。緩めればいいのにと思いつつ。長義は国広とは別の方向に体を向けていた。

 

 ターミナルは明かりが無数についている。空を見上げても、星は闇に溶けて見ることは叶わない。海辺では見えていたのに。長義は小さくため息をつく。吐いた息は白かった。長義がついたため息を気落ちしていると勘違いしたのだろう。国広がカロリーメイトをおずおずと差し出してきた。

 

「……長義、食べるか」

「俺は腹いっぱいだよ」

 

 国広の勘違いがあまりにも見当違いで。それでいて優しさを感じたから。長義の体はほんのりと温まる。かじかんでいた指先に、血が流れたようだった。

 

「……そうか、それならよかった。満腹になったら、気持ちも前向きになるから」

「……俺は気落ちしているわけではないよ。……でも、ありがとう」

 

 放課後までの長義なら、感謝の言葉を国広に送るなんてことはなかった。放課後、海辺で国広が誘わなければ、長義はこの胸のぬくもりを知らなかっただろう。この灯火のような、心にともる光は何なのか。長義には皆目見当がつかなかった。でも、今はそれでいい。束縛のない、何物でもない自分でいられるなら。

 

 無言のまま、街並みを観察していると看板の前にバスが停まった。きっと長義たちはこのバスに乗るのだ。期待に胸をときめかせていると、バスの運転手が降りてきた。何やら乗客のスマホを見ている。何をしているのだろうか。不審な表情をしていたのか、国広がぽそりと囁いてきた。

「あれは乗車券を見てるんだ。乗車券は俺が見せるから長義は身分証を出してくれ」

「学生証でよければ」

「多分平気だろう」

 電子化が進んでいることを実感しながら、着々と近づいてくる順番に心音が速くなる。いよいよ自分たちの順番になった時、横にいる国広が長義のことをちらりと見てから運転手に乗車券を見せた。高校生であることで咎められないかと一抹の不安があったが、特に止められることはなかった。

 幸運だと思いつつ、長義は国広の後ろについていこうとする。なんとなく、国広が手続きをしてくれたので、先に乗るのは国広なのではないかと考えたのだ。すると、国広がさらりと長義の背中を手で押して先に行けと催促してきた。長義は一瞬戸惑うが、立ち止まっていると他の乗客の迷惑になるだろう。そう考えたので先にバスの階段を上がった。運転手が言った番号と一致する席を探す。

 番号を見つけたので、長義はスクールバッグから最低限の荷物を取り出して網棚に置く。手の届く範囲でよかった。また国広の手を借りるのも申し訳なかったので。

 指定された席に座ると、国広が隣の席に座ってくる。辺りを見渡すと通路を挟んだ四列のシートがある。続々と手続きを終えた人たちがシートへ入っていくのを眺めていた長義は国広の行動に気付く。きっと、彼は長義が移動中、他人を気にしないように。気を楽にできるよう気を回したのだろう。本当に、そういうところなんだ。礼の一つもさせてくれない。

 頬杖をつきながら、長義は不満のため息を零す。国広から見れば、きっと口をとがらせていただろう。

 

 彼が無言で行動したのなら、礼を言われるまでもないと考えているのだろうから。長義も礼を言葉にはしなかった。代わりに、頬杖をやめて少しだけ。ほんの少しだけ彼の肩にもたれた。国広はハッと目を瞬いてから、すぐに肩の力を抜いて長義とは別の方向に視線を向けた。こういう時、顔を見ない配慮は褒めてやりたいが今の状況では悪手ではないか。それでも、それが国広らしいといえばそうなのか。絡まった糸がほどけるような、形容しがたい感情が長義の中に生まれていたことについては見ないふりをした。

 

 十五分ほど経った頃、発射を告げるチャイムが鳴って、バスはエンジンをふかした。ついに、長義の生まれ育った街から二人だけで旅に出るのだ。一泊か二泊程度の、長旅ではなくても感慨深いものがあった。知らない土地で、知らない自分に会う。ほだされたのが始まりだとしても、いつの間にか長義の中には目的ができていた。

 十分にエンジンをふかしたバスははじめの一歩を踏み出していく。思わず長義は国広の袖を引いた。

 

「偽物くん、発車するよ」

「ああ、そうだな」

「ふふ、楽しみだな」

「……ああ、俺もそう思う」

 

 慈しむような笑みを浮かべた国広が、長義を見つめていた。初めて見たその表情に、長義の心臓はばくばくと音をたてる。こんな、偽物くんに胸がときめいたなんて絶対に認めない、認めてなんかやらない。強く決意をして見やった車窓には頬を僅かに赤らめた自分が映っていた。

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