従姉弟の山姥切たちのままならない関係について 作:りんか5434
温泉の最寄りのバス停に着いて、バスを降りる。長義と国広は温泉まで一歩ずつゆっくりと歩いていた。何故なら駅前よりも道には雪が積もっていて、ローファーとスニーカーでは何度も転びそうになったからである。靴下が濡れて気持ちが悪い。せめて靴くらいは雪原地帯向けのものを買ったほうがよかったかもしれない。なるべく足跡が残っている場所を歩きながら、長義と国広は温泉にたどり着いた。
入場した建物は長義の想像とは違い、やけに賑やかで電子化が進んでいた。温泉というのはもっと静かで大衆化が進んでいないものではないか。そう長義は想像していた。
「ここが温泉なのか。こんな俗っぽいものなのか?」
「ここはスーパー銭湯というんだ。大浴場以外にも食事処や漫画を読めるスペースがあったりするのが特徴だな」
「なるほど……。俺は今回が初めてだ」
国広の言うスーパー銭湯の特徴を聞けば、長義の想像とは全くの別物だということが分かった。親に連れられて行った温泉とは違えど、これはこれで楽しそうだ。長義は高揚感から口角が上がっていた。
「きっとあんたも楽しめるはずだ」
前を歩く国広を追いかけて横に並び立って歩く。さっきまで寒さで全身が震えていたのに、今では震えの理由は別のものになっていた。互いに頬が赤くなっているのも、数十分後には理由が変わっているのだろう。
「ふふ。そうだ、偽物くん。料金の支払い、お願いするよ。金額は後で払うから」
「了解した」
「あと、俺は髪を洗うし乾かすから出るまで時間がかかるから先に朝食を食べててくれ」
「それも分かってる。だが俺はあんたと食べたい。待っている間、俺は観光地でも調べてるから存分に入っててくれ」
「……もちろんだ」
今のは国広の言葉選びがたまたま長義に刺さっただけ。そうに違いない。長義は無理やり自身を納得させる。
あれこれと話しているうちに国広が料金の支払いを手早く済ませてくれたので、二人は温泉へ向かって歩いていた。歩きながら辺りを見渡すと道の途中で食堂らしきものを見つけた。国広に伝えておく。国広も食堂らしきものに目を向けて、何やら合点のいったような表情を浮かべていた。せめて言葉にしろと言いたくなったが、文句は腹の奥に飲み込んだ。
施設の設備に目を取られて気が付けばあっという間に男湯と女湯の分かれ道にいた。昨日の夕方から長義は国広とほぼ常に隣同士の距離感だった。一人きりになるのは久しいものだ。彼といると感じる苦痛も今は薄いが、ここで一息つくのもいいだろう。
「ではさっきの食堂に集合しよう」
「分かったよ。じゃあ」
国広と別れて女湯と書かれた暖簾をくぐる。履物を脱ぐのは国広の家に行った時以来だ。不意にため息がついて出てきた。無意識にずっと張り詰めていたのかもしれない。
ロッカーを開けて中にあるかごに向かって中途半端に乾いた靴下を投げ入れる。ついでにシャツのボタンを外していく。制服で朝からスーパー銭湯にいるという奇怪な人間の自覚はあるが、怪しまれるのは面倒だ。無心で素早く脱いでいく。脱ぎ終わった殻をかごに詰め込めば、縛られていたのが解放されたようだった。湯船に向かって歩いていく途中の床の冷たさも気にならない。
シャワーを浴び終えて、髪をまとめて湯船に足をちゃぽんと入れた。じんわりと広がる温かさが長義の張り詰めていた体も心も解かしていく。肩までゆっくりと浸かると、体の芯までほぐれていくようだった。
横座りで背中を壁に預けていれば、固く結んでいた思考もやわらいでいく。大浴場に微かに広がっている硫黄のにおいの影響もあるかもしれない。においというのは不思議なものだ。大浴場の見た目自体は一般的な広い風呂と同じようなものなのに。ここは観光地なのだという自覚が生まれてくる。
思えば国広に旅に出ないかと提案されてから、長義は常に最悪の事態を考えて行動していた。その方が傷つかないからだ。でも、傷つきたくなくて逃げてばかりでいるのも、長義の矜持が許せなかった。今日くらいは身を投げだしてみるのもいいのかもしれない。傷ついてもいいのかもしれない。隣に国広がいるのだから。
考え込んでいるうちに頬が熱くなってきた。身体を動かした長義は湯船を出て脱衣所に戻る。服を着て、髪の毛を乾かすために洗面所に立った。鏡に映った長義の顔は赤みが抜けきっていなくて。しかし昨日の自分よりもすっきりとした表情をしていた。
銀の髪を丁寧に櫛を使ってとかしていけば長義の気分は上機嫌になる。何故なら身なりは綺麗にしておくのだと親戚から口酸っぱく言われてきたため。長義も見た目を整えることが当たり前になっているからだ。
しっかりと乾き終わったら荷物をまとめて、国広と合流する前にパウダールームに寄る。今の長義は化粧を落としているので、化粧をしておきたかった。国広の前では一番美しい自分でいたいと思っている、とかでは断じてない。前述の「身なりは綺麗にするべき」という教えと。長義が常に非の打ちどころのない自分でいたいと願っているからだ。
スクールバッグに入れていたポーチから化粧品を取り出して化粧をしていく。ここは学校ではないので制限などなく、長義のしたいがままにメイクができる。鏡と向き合うと、目の隈は変わらずに存在感がある。コンシーラーで隠せば、隠す作業は終わりであとは飾っていくだけだ。鼻歌でも歌いそうな気分で、長義は頬にチークを乗せていく。
満足のいくメイクになったので、長義は国広が腹を空かせて待っているであろう食堂へ向かう。足取りは弾んでどこまでも軽かった。