従姉弟の山姥切たちのままならない関係について 作:りんか5434
食堂へ到着して、目立つ金髪を求めて辺りを見渡すと入口から目立たない奥の座敷に彼は座っていた。どうやらメニュー表を見ているようだ。もしかして、長義が風呂から上がってくるまでずっと何を食べるか決め込んでいたのかもしれない。多少の申し訳なさを抱きつつ、国広の背後に立つ。
「上がったよ。偽物くんは何を食べるのかな」
「っ、ああ、長義か……。驚いたぞ」
長義の気配に気が付いていなかったのか、長義が声をかけると国広は肩を跳ねさせて目を瞬かせた。それでもメニュー表は離さない。彼の食い意地に引きつつ、長義も空腹を感じていたので国広の持っているメニュー表に指を添えた。
「で? お前はもう決めたのか?」
「……ああ、これが見たかったのか。俺はすでに決まっているから見ていてくれ」
「ありがとう。ところで、今日はどこに行くんだ?」
「どこに行くか、か……。実のところ、俺は昨日も言ったがあんたが楽しんでいたらそれでいいんだ。あんたが行きたいのはどこなんだ?」
「お、俺が行きたい場所、か……? ううん、どこだろうな。朝食を決めてから考えていいかい?」
聞いた覚えのない言葉が国広の口から飛び出てきて長義は困惑していた。長義が覚えているのは「お前の望みなら」という言葉だ。少なくとも国広の言うような意味ではなかっただろうに。快い返事が返ってきた。
「もちろんだ。だが、ここを出るまでに決めておいてくれた方がありがたい」
「さすがにそこまではかからないよ」
小さく笑みを浮かべて答えてから、長義はメニュー表に目を落とす。想像よりも料理の種類が多い。何を頼むか迷ってしまうほどだ。何を食べようか。この土地ではバス移動が多くなることを考えて、食事は軽く済ませたかった。しばし悩んでから長義はぱたんとメニュー表を閉じた。
「よし、俺は決めたよ。偽物くんは決めたかい?」
「ああ。じゃあ、頼んで平気か」
国広がそう言ったのと同時に彼は呼び出しボタンを押していた。彼が何を頼んだか聞く前に店員が座敷にやってきて「ご注文はお決まりですか?」と聞いてきたので、当たり障りのない笑みを浮かべて長義は答えた。
「ぜんざいを一つお願いするよ」
「とんかつ定食一つを頼む」
長義たちの注文を復唱して、店員は持ち場へ戻っていった。制服でいる長義たちを疑うことのない店員の様子に安堵していた長義の瞳を国広が覗き込んでくる。
「あんた、ぜんざいくらいで足りるのか? 俺のとんかつも食べるか?」
「いや、偽物くんの方が食べているだけだよ。あと、あまりバスで酔いたくなくてね」
「……なるほど。だが、せめて味噌汁だけでも飲んだほうがいいと思う」
適当な理由をでっち上げれば国広は納得したそぶりを見せた。実のところ、違う理由があるのだが、それは今国広に伝えることではないと判断した。
「それで、この辺りには何があるのかな? それを知ってから行く場所を決めたくてね」
「ああ、それならあの棚に観光用の冊子があったぞ。借りて読むことも可能なように見えた」
「分かった、調べてみるとしよう」
降ろしていた髪を緩く団子に結んで、長義は国広が指さした棚へ向かった。マフラーをストールのように羽織ることも忘れない。空調のためではない。着ている制服を怪しまれないようにするためだ。目立たないように注意を払いながら棚に置かれていた冊子を手に取って、長義は座敷に戻る。ぱらぱらとめくると冊子には地名とおおよその観光地が描かれていた。
「ここは温泉が有名なんだな」
「そうだな。それ以外には何があるのかな……」
考え込む国広を尻目に長義は冊子に目を落とす。数ページめくると、ある店が長義の目に留まった。店名が書かれた文字をうっすらとなぞってみる。そうすれば、自分たちがその店にいる未来が想像できた。
「偽物くん。俺はこの喫茶店に行ってみたいな」
「喫茶店か、いいな。何よりあんたが行きたいと思えるような場所なら美味いだろう」
国広に己の審美眼が信頼されていると知って、長義は脈が途切れるような感触がした。あくまで審美眼であって、長義自身ではないと自制しながら国広から目を逸らす。もう、どうしてこんなに国広といると調子が狂うのだろうか。今までは知らなかった感情を知ってしまったからには戻れない。その事実だけを体に刻み込みながら長義は作り笑いを浮かべた。
「ここには可愛らしいパフェがあるんだ。俺は写真が撮れないから何の意味もないが」
「俺が撮ればいいだけだろう。あんたも可愛いパフェとか食べたいと思うんだな」
思いもしない言葉に意表を突かれる。だが、最後の一言は蛇足だ。つくづくこいつは、と苦々しい表情を浮かべる。
「……憧れるくらいはするんだよ」
「……そうか」
諦めたような笑顔で指先に目を落として呟けば、国広も言葉の意味を理解したのだろう。それ以上は言及してこなかった。長義も、憧れたことはあった。クラスメイトが写真を見せて「映える」と口を揃えて言うようなものに。けれど、行く相手もいなければ、行ったとしても自分が何をしたいかなど分からなかった。今なら分かる。長義は羨ましかったのだ。自分の意思で歩ける人が。共通の話題で騒げる仲間がいることが。それはいつでも孤高に美しく咲き続ける長義には得られることはないものだった。
「まあ……お前と行くのも悪くはないね。少なくとも、一人よりは」
「! ……長義、それは」
国広が長義の方へ身を乗り出したところに店員がカツ丼定食を持ってきた。運がいいのか悪いのか。国広は体を引っ込めて何事もなかったかのように対応した。店員が去ったあと、何か言いたげな国広に向き合った。片手で頬杖をつきながら長義は国広のカツ丼定食を指さす。
「偽物くん、はやく食べないとせっかくの料理が冷めてしまうよ」
「あ、ああ……いただきます」
「うん」
「味噌汁はやる」
「ありがとう」
納得のいかない様子の彼を満足げに眺めながら、長義は味噌汁を受け取って、頼んだぜんざいを待つ。国広と食事をするのも二回目だ。親戚の会合での食事会で感じていた息苦しさはこの空間には存在しない。こんな感覚になるならもっと前から、なんて。ありもしない妄想をしてしまう。
「お前と食べるのも、楽しいな……」
無意識にぽつりと零していた言葉を聞き取った国広が、目を瞬かせてからほころぶような笑顔を浮かべて言葉を紡いだ。
「俺も、長義と食べるといつもよりもずっと美味しく感じるんだ。もっと早く知っていればよかったな」
そんなことを言われるとは思わなくて、何と返せばいいか戸惑っているうちに店員がぜんざいを運んできた。礼を言って受け取る。付属してきたスプーンであんこを掬って口にする。人の温かみを感じる味だった。地元の味とはこのようなものを言うのだろう。
しばらく長義も国広も、どちらも話さずに黙々と食べ続けていた。味噌汁を飲みきったところで、国広の言葉に答えていないと気付いた。長義は眉を下げてこてんと首をかしげながら向き合う。
「俺もお前と同じだよ……なんてな。本気にするな」
「……それなら、嬉しいな」
嘘か誠かなど、自分自身でも分からなかったのではぐらかした。それでも国広はじわりと喜びが広がるように笑っていた。
ぜんざいを食べ終わった長義は手元に置いておいた冊子を元の場所へ返しに行って、国広が食べ終わるのを待つ。国広が頼んだ定食は長義の思い描いていた定食よりもかなり量が多かった。だが国広も健啖家なのであと五分もしないうちに完食しそうだ。
食べ終わったらこのスーパー銭湯を出て、歩きながら喫茶店へ行って、次は何をするのだろう。その場その場で考える旅とは無縁の人生を過ごしてきた長義にとって、何よりも魅力的に映った。
「ごちそうさまでした」
「うん、ごちそうさまでした」
定食を見事食べきった彼はまだ腹に余裕がありそうだった。かなりの量を食べきった国広に素直に尊敬の意を示して長義は皿を返却棚に戻す。国広も皿を片付け終わったところで二人は食堂を後にした。
十時を示している大きな食堂の時計を見ながら、いつまで帰らないですむのだろうかと思うと長義は足が固まったまま歩けなくなってしまった。長義が隣にいないことに気付いた国広が怪訝な顔をして振り返った。そのまま突っ立っている長義に向かって大股で歩いてくる。
「何かあったか、長義」
「……別に、何もないよ」
国広は心配を少しも隠さないで長義の肩を包み込むように抱えた。ああ、やっぱりお前はそうなんだ。諦めに近い笑みを浮かべて、長義は呟いた。呟きを聞いて国広は傷ついた表情になって、そのまま長義の手を優しく引いた。
「それでも、あんたは苦しんでいるだろう。俺はあんたに笑ってほしいと言ったはずだ」
そんなことは言っていなかったと、むきになって言い返したくなった。批判の言葉が喉まで出かかったところで国広の口下手さを思い出す。もしかして、一文に複数の意味があったとでも言うのか。大きくため息を吐いて皮肉に口の端を吊り上げた。
「少なくとも、俺はここにいる間は笑えている。それでいいだろう? 偽物くん」
国広の手をほどいて、長義は背筋を伸ばしてスーパー銭湯の出口に向かって歩く。国広が慌てて後から着いてきたのを尻目に見ながらシャツの襟を整えた。そうだ、ここは現実だ。夢でも妄想でもない。フローリングを歩くスリッパの足音が確かに現実だと言っている。
それに、国広がいる。夢や空想の中では国広が出てきたとしても考えなければ表れなくなるのに。現実はどれだけ目を背けても彼は長義を緑の目で射抜いてくる。隠し通してきた弱さを露にされるようで恐ろしくて、今までずっと突き放していた。初めて会った日もそうだったように。
「長義、せめてマフラーは首に巻いてくれ。風邪をひくぞ」
「……ご忠告ありがとう」
彼のせめてもの好意を無碍にすることはできず、ストール代わりにしていたマフラーを首に巻く。なんだか照れくさかった。それだけだ。