従姉弟の山姥切たちのままならない関係について 作:りんか5434
銭湯の外に出ると風が強く吹きすさんでいた。コートを着ていない長義にはとても厳しい寒さだ。せめて地元でコートを買っていればよかった。後悔しながら歩きながら腕をさする。そんな長義を目ざとく見つめた国広が長義に問いかけた。
「長義、上着を買うか? ここは都会の方だから、洋服店の一つくらいあるだろう。あんたのお気に召すものがあるかどうかは知らないが……」
「ありがとう、そのようにさせてもらうよ……。さすがにこの寒さはこたえるな」
ヒートテックを着ているが、それだけでは厳しい寒さはしのげない。やはり国広の言う通り、コートを調達すべきだろう。
「どこで売っているのかな。服屋にはあるだろうが、肝心の店舗の場所が分からない」
「長義、これを使ってくれ」
「うん?」
国広から渡されたのは彼のスマホだった。画面を見ると食堂の冊子に載っていた地図がある。拡大すると現在地から数分歩いたところに服屋があることが分かった。
「ここから数分歩けば買えるようだ。助かった」
「たいしたことじゃない」
「喫茶店に行く前の腹ごなしといこうじゃないか」
意図的に明るい声を作りながら長義は前を向く。自分の不注意で旅の計画が変わってしまったことが申し訳なかった。黙り込んだまま静かになった空気は彼によって引き裂かれた。国広が長義の歩幅に合わせながら静かに、しかし切実な声を上げたからだ。
「……あんたのせいじゃない。俺の家にいた時に俺が気付けばよかった」
彼の言葉、思考はあまりにも誠実だ。そして彼を一度見てしまったが最後、彼の瞳は必ず長義をとらえて離さないだろう。必死に合わせまいと抗っていたが、やがて顔を上げた。国広から見れば、きっと痛みをこらえているように見えたに違いない。
「……本当、お前は心を読むのが上手いね」
そうじゃなかったらどれほどよかったか。何度目かの問いを繰り返す。国広が愚鈍であったなら、長義は今のように苦しんでいなかったはずだ。まあ、国広も人の情や行動に鈍いところはあるが。今の国広でなければなんて、考えても意味のないことを考えてしまう。もしもの話なんて、つまらないのに。
「……さあ、もう行くよ」
割り切れない感情を振り切るように長義は先へ先へと進んでいく。後ろから国広がついてくるのをわずかに振り向いて確認しながらも歩みは止めない。止めてしまえば動けなくなりそうだったから。
「一秒先も知れぬ、か」
「……」
長義の独り言に国広が触れてこないことにこっそりと感謝しながら、長義はただひたすら歩いていた。ふと空を見上げると曇天の空から静かに雪が降り始めていた。
「偽物くん、ここが喫茶店だよな……? どうやら俺の目には臨時休業と書かれているが」
「本当だな。まさかやっていないとは思わなかった」
立ち寄った服屋でダッフルコートを買って、機嫌も直り、うきうきと歩いていた長義だった。しかし、ドアが閉められた喫茶店の前に立つとぽっかりと口を開けて唖然とした。何故ならドアには臨時休業と書かれた紙が貼られていたからだ。長義の後ろから貼り紙を覗き見
た国広も、口ぶりは冷静そのものだったが、声色には動揺を隠せていなかった。
「これからどうしようか…………」
「昼飯の予定が潰れたな……。長義、考え直さなければ」
「外で考えるなんて凍死するぞ。どこでもいいから屋内に入るべきだ」
「ああ……探してみる」
ブレザーのポケットからスマホを取り出して、かじかむ手で文字を打ち込んでいく国広を長義はじっと見ていた。せめて銭湯で地図を印刷しておきたかった。過ぎたことを悔やむことは無駄だと分かっていても、長義は歯を食いしばる。手を当てて考え込む長義に向かって国広がスマホの画面を向けながら話しかけてきた。画面には建物とその名前が映っていた。
「長義、ここからバスに乗って五駅くらいするところに道の駅のようなものがあるらしい。そこなら暖房が効いている……はずだ」
マフラーを巻き直しながら、長義は国広の提案に頷く。あれこれ言っていては冗談抜きで命にかかわる。
「賭けに乗るしかないな。田舎の五駅は相当遠そうだが……」
「仕方がない。凍えて病院送りになるよりはましだ」
「……そうだな。万が一病院の世話になって、俺の両親に連絡されてはまずい」
長義にとっての最悪の事態は両親に知られて長義の地元、ひいては自分の家に戻されることだ。それだけは絶対に避けたい。自由を失うことは耐えがたい苦痛だった。でも、それ以上にこの旅を経て知った彼を、得た縁を失いたくないと思ってしまった自分がいた。
下を向いて黙り込んだ長義に、国広は慎重に問いかけた。相変わらず不器用な奴だ、と俯いて落ちてきた前髪で見えない彼を捉える。
「俺は、この旅があんたが納得のいく結末になればいいと思う。そのためなら俺は」
「偽物くん、俯いてる暇はないよ。ほら、早くバス停へ向かって走るんだ。バスはすぐ来るよ」
国広の言葉を遮って、長義は国広の大きな手をぎゅっと握った。そして通ってきた道を逆戻りする。国広は戸惑っていたようだったが、やがて決意したような、ほだされたような表情を浮かべて長義と並走してきた。
「長義……。よし、走るか」
あくまで転ばないように注意しながら、長義と国広は道すがら見つけたバス停へ向かって走る。次のバスは五分後だ。このバスを逃したら一時間は屋外で待たなければいけない。何としてでも間に合わせる。
とにかく何も考えずにひたすら走る。冷たい空気が肺に入って、肺が割れてしまいそうだった。でも、国広に言った通り俯いている暇はない。下を向かずに前を向く。スカートがはためいている。なりふり構っていられないのだから、仕方ないだろう。
誰とも知れぬものに言い訳しながら、長義たちはバス停に着いた。停まっているバスに乗り込む。長義たちが滑り込んですぐにバスは出発した。大きく肩を上下させて、二人掛けの席にどたばたと座り込む。
「はぁ、はぁ、長義……間に合ったな………」
「に、偽物、くん……ほんとに、ね……。よかった……」
肩を寄せながら、長義と国広はバスに間に合ったことをこっそりと喜び合っていた。もちろん、バス内なのでひそかに囁き声でだが。
「このバスに乗れば、しばらくは休めるな」
「そうだな。九死に一生を得た」
長義と国広がひそひそと話し合っているのを横にいた老婆たちに怪訝な目で見られていたので、慌てて国広の脇を小突く。察した国広が動転しながら背筋を伸ばして、両腕をぴしっとさせて直立不動の姿勢になった。その様子がおかしくて、思わずくすりと笑ってしまう。 笑うような場面ではないのに、周りに警戒されないように気をつけないといけないのに、彼といると肩の力が抜けてしまう。国広の存在が、長義が必死にかき集めていた自分の形すらたやすく変えてしまった。長義は座席の背もたれに寄りかかって、天井を見上げて心の底で呟いた。お前はずるいな、と。