従姉弟の山姥切たちのままならない関係について 作:りんか5434
この土地のバスは地元のバスよりも一駅一駅の間隔が長い。したがって、バスの滞在時間も長くなる。
一時間ほど揺られていただろうか。さすがの長義も軽く乗り物酔いしてきたところで、目的地に着いた。国広はうつらうつらとしていたから、軽く肩をさすって起こした。彼は昼間になってくると、睡魔に襲われるらしいのだ。学校でも、正午に近づけば近づくほど彼の額は机とくっついている。これで真面目に授業を受けようという気概はあるのだから、体質というのは難儀なものだ。
「こら、降りるよ。バスが進んでしまうじゃないか」
「う……長義。もう着いたのか」
「行くよ。あ、ありがとうございました」
国広の腕を無理やり引っ張って、出口へ向かう。何を想像したのか曖昧な笑みを浮かべた運転手に礼を言って、長義と国広は道の駅へ到着した。目の前にある建物についている時計を見上げると、すでに針は十二を示していた。もうこんなに時間が経っていたのかと、驚きを隠すことができない。
館内を歩くと、広々とした休憩スペースがあった。空いていた椅子に座って、国広がテーブルにスマホを置く。地図を拡大しながら、長義は国広と目線を合わせずにぼやいた。
「……あの運転手、俺たちの関係を邪推してただろうな。別に、詮索されるようなものではないのに」
「……俺ははっきりとは見てなかったが、そんなものだったのか?」
「あの『分かってる分かってる、駆け落ちね』と言わんばかりの笑みが腹にきた。俺はああいう人間を見ると吐き気がする」
長義と国広の関係なんて、ただの従姉弟以外にありはしないのに。周囲はいつも勝手に話を作って、勝手に同情しては勝手に失望する。いちいち振り回されては生きていられないので無視しているが、いい気分ではない。国広が呟いた言葉が雪に溶けていった。
「詮索されるもの、とは何だろうな」
「俺に聞かれても困る」
ぶっきらぼうに返事を返す。ただの従姉弟。そこにある感情は憎悪。それだけ。それだけの関係だ。周囲の無駄に豊かな想像力で彩られるようなものなんて、二人の間には存在しない。そうだろう。
「……そういうものか」
「お前でも感じることはなかったのか。勝手に干渉されて、不快に感じたことはないのか。本当に」
どこか縋りつくように、長義は国広に問いかけた。マフラーから飛び出た髪が一筋風に揺られている。自分がこんなにも振り回され、疲弊して擦れてきた周囲からの偏見。それが国広にも向けられていなければ気持ちが落ち着かなかった。こんな自分が醜いと自覚しながらも、誰かを傷つけなければ自己を保てない自分がいる。そんな長義の内心を知らず、国広はなんてことないように言う。
「俺か? そうだな……考えたこともなかった。きっと数え切れないほどあったんだろうが、とくに思い出すことはなかったな」
「……そうか。……」
「でも、それはきっと、長義がいたからなんだと思う。あんたがいたから、俺はここまで来れることができたんだ」
「……この旅が終着点だとでも言いたいのか」
頬に手を当てて、ふてくされたように長義は吐き捨てた。どうしてこんなに心をかき乱されるのか。国広の言葉に頷かなければこんな痛みを知ることなんてなかったのに。
「いや、そんなことはない。この旅が終わっても、俺たちの人生は続いていく。そうだろう?」
「……」
国広の主張は確かで、正論だ。でも、本当にそうなのだろうか。長義には未来を見通す能力なんてない。そして何より、未来に希望があると信じることができなかった。
「……ずっと思っていたことがあった。ここではないどこかに行きたいと……。だからお前の提案に乗った。どこかとは、何だろうな。俺はどこに行きたいんだ」
「それは、きっと俺は答えを持っていないだろうな。あんた自身が見つけるんだ」
国広の言葉に長義の張り詰めていた糸がぷつりと切れて、机に突っ伏す。国広が肩を揺すってくるが無視する。自分の肩と髪越しに見えるよく晴れた空を眺めながら、これからどうなっていくのだろうかと無意味な問いを繰り返していた。
長義が机に突っ伏していた間、起こすことを諦めた国広は窓の外の景色を見ていたらしい。目を閉じたまま知らんぷりを決め込んでいると、くぅと長義の腹から音が鳴った。
「……」
「腹が、減ったな」
「おい」
国広の精一杯のフォローが痛い。自分の顔が火照っているのが鏡を見ずとも分かる。長義から目を逸らした国広が休憩スペースの近くの食事処を指さした。
「昼飯でも食べるか。道の駅というのはどうやら食事処が多いようだ」
「それは俺も気になっていたが……。具体的にどんなものがあるんだ?」
「それは俺も知らないな。見に行くか」
そう言ったが否や、椅子から立ち上がった国広を見て、慌てて長義は国広の袖を引いて無理やり引き止める。
「っ、おい、待て! 一人で行くのか」
「? もしかして、二人で見に行くのか?」
「いや、別にどちらでもいいんだが。席は取っておいた方がいいだろう」
「……そういえばそうだったな。では、俺が店で注文している間、長義はここからホテルへの行き方をこのスマホで調べていてくれ」
何でもないことかのように言って、国広は彼のスマホを長義に渡してきた。ご丁寧にも、パスワードはかかっていない。恐らくこのようなことが起こると予想して外していたのだろう。心の内から疑問が湧き上がってきて、思わず口にしていた。
「なんでそんなに俺を信用するんだ。スマホを渡すなんて馬鹿げているのか」
「逆に、俺があんたを信用しないわけがないだろう」
周りに噂されない程度に声を荒げれば、さも当たり前のように国広は言った。あまりにも真っ直ぐな言葉に、彼の袖を握っていた指に力が入らない。やっとのことで呟いた言葉は、消えてしまいそうなほど弱弱しかった。
「それでは理由にならないじゃないか……」
返事はなかった。やりきれない思いで胸がいっぱいになる。必死に蓋をして押さえつけなければ、溢れそうで仕方がない。
「……お前はなんでそんなに笑っていられるんだ」
「笑っているとは思ったことはないが。まあ、内緒だ」
似合わないウインクをして、国広は食事処を見に去っていった。彼は、長義に何をしたいのだろう。言葉が足りないくせに、この旅の間だけでは上手いことやっているのは何故だろう。答えの出てこない、いくつもの問いが浮かんでくる。国広はこの問いに答えてくれるだろうか。長義の独りよがりな問いに。理性が心に追いつかなくて、長義はまた顔を伏せた。
「俺は、お前に何をしてやれる……?」
ため息とともに口をついて出てきた疑問は騒音の中に消えていくばかりだ。憂いがちに伏せた瞳に国広は映らなかった。だからか、顔を上げると視線は国広が消えていった先ばかり見ていた。