森の中、後退するシャッジを追うレイン。
後退の最中、シャッジはレインに気づかれないように、いくつか地面に魔法、『ホドクナ』を仕込む。
数歩、進んだ後、それを発動。と同時、シャッジは息をのむ。
ちょうど魔法が交差するポイント。四方から迫る土の柱を、レインはすべて完璧に避けきった。
すげぇなコイツは。この数日で……。
思わず心の中で称賛を送ったシャッジは、追撃のために今度は距離を詰めようとしていたが、その様子をみて足を止める。
距離は五メートルほど。当然刃圏外。
しかし、刀を構え、そして振るうレイン。
レインの伸ばせる刃は、瞬間的なら五〇センチ程度。当たるわけがない。
が、シャッジは気がつく。
そしてジリジリと迫る、魔力の感覚。そして殺気。
何かが来る。
直感して背をそらし頭を下げる。
頭上に何かが通り過ぎた感覚があると、背面にある木に切り込みが入る。
大木を半分ほど分断する威力だった。避けなければ死んでいた。
体勢を直そうとしたときには、刀の切っ先がシャッジの喉元に突きつけられていた。
「なんだその技。初めてみたぞ」
「そうだな。俺も初めて使った……もしこれが本番なら、お前の敗因は、初めて見た魔法だったから、だな」
ハハっと笑い、シャッジは立ち上がり両手を広げる。
「そのとおり。俺の負けだ。おめでとう」
「技を二つしか使わなかったやつに勝って、嬉しいとは思えない」
そう言って鞘に刀を収めるレイン。
「十分だろ。ちっとは喜べよ」
シャッジは無精髭を触りながら、周りを見る。「まあ、そういうこった。俺はこれから連行。こりゃ、完全に俺達と離されたと見ていい」
「敵はある程度、国とつながりのあるやつということか」
レインは脳裏にゼノンの顔を浮かべた。
ヤツは転生者。
この世界に来て一年もないはず。
どうやって政府と手を結んだ。
「まあ、考えてもしゃあないだろ」
諦めたようにそういうシャッジは、両手の平を見せた。「さあ、最後のゲームだ。どっちだろうな」
「くだらんな、目を閉じるまでもない」
レインは拳を胸の前あたりに出す。
「こりゃ、どういう意味だ。レイン」
「最後なら、お前はこうすると思った。違うか?」
にっと歯を見せたシャッジは悔しそうに笑った。
「ムカつくやつだぜ。完璧だ」
その拳にシャッジも拳を合わせて答えた。「勝ってこい、弟子よ」
「言われなくてもそうする。礼を言う。ありがとう」
レインは後ろを向くと、ボソリと付けたす。「シャッジ……師匠」
「お? お、お、おお!?」
耳を疑ったシャッジはレインの前側に回る。「おい、レイン。今なんて言った。もっかい、もっかいいってみろ」
少し耳を赤くしたレインは、体をこわばらせながら顔を横に向けた。
「黙れ!……俺は何もいってない!」
陽の光に少しずつ赤みが入り始めていた。
街の外。ライロルド軍のシンボル。十字傷の入った盾の絵が施された馬車が一つ。
運転手が乗るそれの隣に、いつも通り本を読んでいるローベンドが立っている。
「ちゃんと来て頂けて助かります」
本に目を落としながらも、向かってくる足音を聞いて、そういった。
その様に、シェナドは右の眉を下げた。
「ちょっとは人の目ぐらい見たらどうかな」
「安心してください。読みながら話すは慣れています」
やってきたのは連行者三名。それと、それぞれの弟子とイリオ。
「王都はひさしぶりだな。若い女も多いだろ、楽しみだ」
「しみったれたジジイの相手してくれるもの好きがいれば、楽しいだろうね」
さっさと馬車に乗り込むシャッジに、ベルも続く。
「縛ったりしないのかい?」
シェナドがそう聞いたが、「いえ、手枷など、あなたには意味の無いものでしょう」とローベンドは首を振る。
「それは助かる」
シェナドは特に焦る様子なく、ザイロに振り返った。「僕の考えでは、これは敵の策略の可能性がある。僕はどうなるかは知らないが、君の勝利を願っているよ、ザイロ」
「おう。次会うときには、師匠より強くなってるよ」
ザイロが軽口を叩くと、シェナドはフフッと笑った。
「それはいい……行こうか」
そう言って、馬車に乗り込むために歩く。
まあ、彼ならきっと大丈夫だろう……きっと……おそらく……多分。
もう行くと、心に決めたはずだった。
だが、ザイロと離れる、そのことを実感すると、なんともいえぬ、青く冷たい感情がチクチクとうなじを刺す。
馬車に足をかける瞬間、動きを止めたシェナドをみて「なにか?」とローベンドが聞いた。
「なあ……やっぱり、もうちょっとザイロと話してもいいかな」
ローベンドは本からシェナドへと、一瞬だけ懐疑的な目を向けた。
「どうぞ……ただしーー」
「分かっている。逃げないよ」
返答を遮ってそう言うと、シェナドは小走りにザイロの元へと向かう。
予想外の光景に、ザイロ達は驚いていた。
「なあ、ザイロ! 僕もいい歳だ。かっっこつけて、勝利を願ってるとか言っていたがやっぱりダメだ、僕は怖い」
シェナドは抑えることのできない、感情を溢れさせていた。
目には涙がたまり、肩が震えている。
それを、ザイロは黙って見守る。
「君との時間は二週間そこらだ。そんな青年に、こんな感情になるなんてみっともないが、僕は君にデントを重ねている……僕はもう、これ以上、大事な人を失いたくない! 」
シェナドはその場に座り込んだ。
「もし、僕が王都から帰ってきた時に、君が死んだと聞かされたら、僕はーー」
「らしくないな」
ザイロが言った。その口調は、いつものシェナドのようだった。「いったいどうした。いつもみたく、理屈っぽくて、うざったくて、人を小馬鹿にしたように話せよ。膝ついて感情的になって、師匠らしくない」
「そんなこと言ったって、心配なんだよ」
「じゃあ逃げるか? それでどーなるんだよ。いつか逃げ場なくなって死ぬのを待つのか。そんなのはごめんだから、誰かにじゃなくて、自分で自分を守れるようになるために、俺は師匠のところに来た。俺は十分に強いってあんたは言ってた。あれは嘘だったのか?」
「いやそれは」
口ごもるシェナドへ、ザイロは人差し指を指した。
「本当にそう思ったのなら、うだうだ言わずに俺を信じろよ。牢屋のなかで、臭い飯食って、適当に言い訳して、さっさと帰ってこい。ここで待っててやるからよ」
唇を噛みながらザイロの言葉を受け入れた後、無理やり口角を上げ、シェナドはぎこちなく笑う。
「そうだな……君の言う通りだ。ザイロ、君は強い。信じて待つよ」
立ち上がり、土をはらった。「待たせたね、ローベンド君。いこうか」
今度はシェナドは振り返らなかった。
信頼と、そして少しの不安を感じる背中を向けて、馬車に乗り込んだ。
ローベンドが指示をすると、馬車は進む。
いい馬なのだろう。ザイロの視界で、その姿はすぐに小さくなり、地平に消えた。
その後も、何を思ったか、ザイロも、リサも、レインも、そしてイリオも。
馬車の消えた地平を、いつまでも眺めていた。
その馬車は一見すれば、中に貴族がいるのであろうと、即座に直感できるものだった。
散りばめられた装飾。艶めく高級木材に、精巧な彫刻。
凡人には手に触れることすら叶わぬそれは、厳格な見た目とは裏腹に、少し早い速度で進んでいた。
中に座るのは瞑目するゼノン。それともう一人。
キン、と規則的なリズムで、何度も金属を弾く音が鳴る。
ゼノンの対面に座る、腰まである小麦色の使い込まれたクロークに身を包む男が、暇つぶしなのか、握った銅貨を親指で弾いて、手に収めてはまた弾いていた。
「やかましい」
ゼノンがそういうと、弾こうとしていた親指が止まる。
「悪いね。渋った顔した野郎と二人きりだと、とても暇で、指が勝手に弾いてたよ」
今度は指の間に挟むと、その銅貨はまるで生きているかのように、指と指の間をスルスルと移動する。
「こうも暇だと、コイン遊びするぐらいしかないだろ?……そうなるとよ」
男は銅貨を握り込み、手に見せつけるように魔力を込め始める。「ここで始めちまっても、いいかなと思ってるんだ」
攻撃する素振りを見せる男に対し、ゼノンは冷静だった。
「好きにするといい。ただ、そうなると貴様の願いはかなわんだけだ」
「だろうねぇ」
男は顔を横にして後ろに目を向ける。
そこには四角い窓が開いており、運転席に座るソフィナの美しいヒップラインが見えた。
それと、腰に携えた威厳を感じる美しい剣。
彼女のその柄に手を添えている。
攻撃した瞬間、馬車ごと首を分断されるだろう。
悪くない結末だと思った。死ぬなら、いい女の手で死にたい。
だが、もう少しで楽しいイベントがありそうなんだ。それからでもいい。
「冗談さ、冗談……ただ、約束は守ってくれよ。イリオって子、捕まえたら、俺とサシで戦ってくれるんだよな」
「その通りだ。それまで大人しくしていろ。ニクス」
「名前、覚えててくれたのかい。嬉しいね」
本当は思っていないことなど分かっているだろうが、ゼノンは外に目をやった。
「明日の昼頃には目的地につく。それまで寝ていろ」
「そうしようかな」
ニクスは隣に置いていたハットを手にして、頭に深く乗せた。
この世界にきっと彼女はいない。
どうせ死ぬまでの暇つぶし、ゆっくり待つさ。
ハットで作った暗闇の中で、ニクスは瞳を閉じる。
転生者であるニクスは彼女、エレイナのことを、断片的にしか覚えていない。
顔も、声も、どんな風に笑っていたかも、もう靄の向こうだ。
ただ心より愛していたということだけは確信していた。
記憶はおぼろげでも、彼女への愛だけは胸に刻み込まれている。
なぜそれだけが残ったのか、ニクス自身にも分からない。
たぶん、それだけは失いたくなかったのだろう。
瞼の奥に彼女ーーきっとエレイナらしき後ろ姿が浮かぶと、ほのかに懐かしい髪の匂いが香った気がした。