転生ロワイアル   作:syūgen

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第8話-3 離影、そして襲来

 全身が痛い。全てが余す所なく。

 肉体の安全を考えなかった訓練のおかげか、不愉快な感覚と痛みで、ザイロは目を覚ます。

 窓から差し込む光は燦々としており、朝はすでに大きく過ぎていたことを示していた。

 現在休業中、ベルの酒場の二階を借りている。

 いつもなら誰かが、基本的にイリオが起こしに来て、それでもまあ起きないのでリサに乱雑に起こされるはずだが、今日はそれでも俺は寝ていたのか。

 目をこすりながら踊り場のある階段を降りると、中央の机に、すでに済んだ後か、朝食の残骸と三人がいた。

「あ、ねぼすけ野郎だ。起きないからもう食べちゃったよ」

 シシシっと笑いながらリサがそういうと、隣のイリオは申し訳なさそうな顔を向けてきた。

「すいません。すごく疲れていそうだったので、無理やり起こすべきじゃないと思って」

「いや、いいよ。実際、疲れててきっと起きなかった」

 ザイロは椅子に座って、半分になったパンを手にとって口に運ぶ。

 咀嚼していると、机の中央に食べ切られた跡のある皿が見えた。

 食欲をそそる、深い甘さの香りがする。きっとこの皿の上にあったものだ。

「なあ、ここにあったのって、もうないのか」

「リサさんが作ってくれたアップルパイがありました。ですが……すいません、とても美味しくて、すべて食べてしまいました」

「謝るなって。どーせ、どっかの誰かが、自分で作ったのがうまくて食い尽くしたんだろ」

 その目を向けると、リサは机に手をついて、体を乗り出した。

「違う違う! ほらアイツだよアイツ!」

 リサはすました顔をしているレインを指差す。「まあまあだな、とか言いながらさ、こいつアップルパイばっか食べてたんだよ。私と同じぐらい食べてた!」

 目を閉じながらも、レインは小馬鹿にしたかのように鼻を鳴らした。

「いつまで経っても起きないやつが悪い」

「私もつい食べすぎてしまいました。すいません、リサさんのアップルパイ、とっても美味しかったので」

 レインががっつき、イリオがそこまでいうアップルパイ。

 きっとうまいんだろうなと思うと、起きられなかったことを後悔し始めた。

「そっか、俺も食いたかったな」

「えへへ、そう言われると悪い気しないなぁ。また作ってあげるからさ! そんときはさ、食べきれないくらい……」

 リサの言葉が少しずつ萎え、消え入るほど小さくなっていく。

 ふと気づいたのだろう。

 きっと、敵は今日やって来る。

 その後、果たして自分たちが、また同じように顔を合わせて、食事ができるのかどうか。

 それは誰にもわからない。誰かがその場にいないのかも知れない。

 実感が喉を塞ぎ、そして、それを全員が察知したか、ほんの一瞬だけ刺さるような沈黙が走る。

「当たり前だ」

 その沈黙を、ザイロはすぐに破った。「次はよ、今回のよりも更に美味いのを作ってくれよ。それでまた……みんなで食べよう」

 自然と最後の、みんなで、という言葉にだけ、力が入った。「そん時は、ちゃんと起こせよ」

「うん! まっかせといてよ、今回のなんてもうね、目じゃないくらいのやつを作ってあげるからさ」

「そもそも、お前が一人でちゃんと起きればいいだろう」

「うるぇよバカ食いやろうが。うまいならうまいって言えよ」

 ザイロの嫌味に、レインはギロリと睨みつけ、刀の持ち手を握る。

「敵より前に、まずお前から細切れにするぞ」

「やってみろよ。お前の刀なんて当たるかよ」

「あ、あの、やめてください」

 イリオが焦った様子で、二人に手を突き出して止める。「今度は絶対に起こしますし、パイも死守しますから」

 必死なその様をみて、ザイロはフフっと笑う。

「冗談だって、イリオ」

「冗談?」

 探るように二人をみたイリオは、ホッとしたのか肩を撫で下ろした。

「ああもう……びっくりするじゃないですか」

「俺は本気だったがな」

 口元をほころばせながらレインが言うと、リサはそれが可笑しかったのか笑っていた。

「ねえ、意地悪はやめようよぉ」

 心地が良かった。

 パンをかじり、ザイロはこの柔らかく、優しい空気と一緒に飲み込む。

 明日も、いや、いつまでも、またこれを繰り返そう。

 俺が必ず、そうさせてやる。

 微笑みながら、胸の中では強く、そう思っていた。

 

 

 外の景色はよく見えない。ただ、その揺れと、傾斜を感じると、馬車はまともな道を進んでいないことが分かる。

「これ、山を登ってな」

 シャッジは上を向き、その布の天井の向こうにある空をみながらそう呟く。「俺達は王都に向かってるはずだよな。なんで人気のない山んなか連れてこられてるんだ?」

「そんなのは決まってるじゃないか」

 シェナドはニヤリと笑う。「叫んでも誰も来ないし、死体を埋めるのも簡単だろ」

「僕の魔法の関係です」

 ローベンドはシェナドの冗談に対して眉一つ動かさず、視線は本に向けたまま続けていう。「僕の空間魔法は不完全です。その場とその場の間を歪めてつなげている以上、その間にいる物体に対して、どのように作用するのかはわかりません。まあ無生物や敵であれば特に気にする必要はないのですが」

「空間?」

 ポツリと呟くシェナド。そのワードに非常に高い興味があるのが伺えた。「ローベンド君、キミは空間魔法といったが、それは聞き間違いではないかな」

 ローベンドの口ぶりは、まるでそれを使えるかのようなものだった。

 それは言葉としては伝わっているが、実際に存在した記録がない。

 大昔の誰かが想像し、理想から作り出された虚構の魔法。

 それが多くの者の認識だ。

 シェナドは一度、ローベンドの魔法をその目で見ているが、瞬間移動だとは思っていない。

 瞬間移動のように見せる魔法は、いくらでもあるし、シェナドも工夫次第では再現ができるからだ。

「ええ、僕はいいました。空間魔法です。僕はそれを使えます」

 シェナドとシャッジは、懐疑的な表情で目を合わせた。

 魔法を使えないベルは興味ないのか、目を閉じている。

 その時、タイミングよく馬車が止まった。

 馬車の御者に「ご苦労だった」とローベンドがいうと、四人を降ろして馬車は山を下っていった。

 当然だがここは王都じゃない。

 普通に馬車を走らせたら、二週間はかかるだろうが、まだ二時間ほどしか経っていない。

 四人がおりた足元には丸い魔法陣がすでに描かれていた。

 おそらく先にローベンドが作っていたものだろう。

 黒の中に微かに赤の混じったような色。彼の血が混じったインクで作られた術字。

 魔法の範囲を拡張したり、または強化するために描かれるもの。

「僕だけであれば簡単なのですが、他の者と一緒に移動となると、色々と制約が増えます」

 ローベンドは本を閉じた。三人は初めて本以外をみている彼を見た。「まあ、安全を考慮するのであれば、ですが」

 片手を地面につき、術字に魔力を流し込むと、自身の血と呼応し、文字は鈍い光を放つ。

 瞬間、脳に直接、強力な酒を注入されたかのように、周りの景色が不規則にぐにゃりと曲がる。

「ローベンド君、これは……」

 初めての光景に、冷や汗とともに思わず声を出すシェナド。

「安心してください。何度も行っていますし、すぐに終わります」

 ローベンドが言った瞬間、周りの景色は線となり、視線の先の一点に集約すると、それは黒い丸となる。

 その黒が広がり、一瞬、すべてを闇に包みこんだ。

 今度は視線の先に、消えた外の景色がまた丸となって見える。

 まるで暗い洞窟の中で、出口を見つけたかのよう。

 それが広がり、また周りを包むと、いつの間にか山の中にいた。

 足元の魔法陣も、四名にも変わった様子がないが、周りの景色が違う。

 同じく木々に囲まれた山中だったが、見るからに先程とは別の場所だ。

「こりゃ……すげぇ」

 術字を媒介とし、空間を歪ませて行う瞬間移動。

 それを実感するとシャッジは感嘆の声を漏らしていた。

「これが進化というものか。過去の赤獅子なんて、今と比べてしまうと、足元にも及ばないかな」

「それはどうでしょう」

 シェナドの称賛に対し、ローベンドは冷静に返し、本を開いてまた読み始める。「戦争があった時期とは違い、今の赤獅子は戦闘力ではなく、魔法の希少価値や、戦闘以外の功績を重視して選ばれています。戦争の時代を乗り越えた兵士の方が、当然強い。ただ、僕がいれば、もっと早く戦争が終わっていたのは事実でしょうが。麓に村があってそこでまた馬車に乗ります。行きましょう。明日には王都に着きます」

「明日、か」

 黙っていたベルが、心配そうに呟く。

 それを聞いて、顔は合わせずともシャッジとシェナドは、その心中を察した。

 シェナドは空を見て、遠くにいるだろうザイロを思う。

 負けるなよ。ザイロ。

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