なかなか面白い光景だった。
大の男、十人が一つの木に縛り付けられている。
ここは監視たちが野営として使っていた場所。
寝袋や消された薪などが見えた。
イリオ一行に見つかり、倒されたのだろう。
数ではこちらが勝っていたはずだが、それだけこいつらが弱かったということだろうか。
一人も殺されていない辺り、優しさが垣間見える。
が、問題はそれを見下ろしている、王様。
背面からでも分かる。それはきっと、無能への怒りをあらわにしている。
それを向けられた監視たちは、まるで死刑を待つ囚人のように頭を垂れた。
ゼノンの後ろ、膝をついているハデムも同じだ。
ニクスは王様に忠誠を誓った覚えはないので、それを少し離れた場所で見ていた。
ハデムの震え方、監視たちの目の泳ぎ方、そして、その全てを受け止めて、微動だにしないゼノンの輪郭。
あの背中は、怒っているんじゃない。
ニクスはそう感じた。
ただ静かに重い。冷蔵庫の中で固まっていく油みたいな、そういう種類の感情だった。
「こっ……この度はーー」
「黙れ」
ハデムの絞り出したような声を、その首を締め付けるかのごとく、ゼノンは黙らせた。
「次、俺様の許可なく喋ったら殺す」
ニクスからはハデムの顔は見えない。
ただ青に近い色だろうというのは分かる。
寒気があるのか、体の節々が震えている。
「もし、イリオ・ハイメインを逃がすようなことがあれば、貴様を殺す」
監視達の縛り付けてある木の葉が地面に落ちていき、端々の枝がパキパキと音をたてながら折れていく。
重力が増していくのか、監視達がうめき声を漏らし始める。
「俺様が次に、何かに不快感を覚えたら、殺す」
葉や木の枝がすべて下を向く。男たちはその根本で折り重なり、息ができないのか、顔に血管を浮かべ小さな声で助けを求める。
「俺様が殺すと思えば、殺す」
ゼノンは右の拳を顔のあたりまで上げる。
それに力が込められると、重力に耐えられなくなった地面に、木がめり込んだ。
そのまま抵抗のできない男たちもその隙間にのまれていく。
まるでその場の土が意思を持ち、木と男たちを平らげているように見えた。
数秒後、男たちの姿はなく、小さな山が作られた。
もううめき声も聴こえない。
山から半分ほど顔を出している木、それが彼らの墓標となった。
「異論はあるか。発言を許す」
ハデムは冷や汗をちらしながら、首を横に振る。
「アッありません!」
裏返った声が響くと、ゼノンは手を開いた。
すると重力から解放された木が少し反発し、死体の手足や顔が、少しだけでてくる。
もし地獄があるとすれば、きっとこんな風景なのだろうと思うような惨状だ。
「ゼノン様」
やってきたのはソフィナ。イリオ一行の所在を調べさせていた。
「発言を許す。報告しろ」
「ハッ……イリオ・ハイメイン。その他三名ですが、どうやら居住していた酒場から逃げずに、動いていません」
瞬間、周りの空気が重さを増した。
ゼノンの体から殺意が混じった魔力がほとばしり、その場の全員を畏怖させていた。
「なるほど、それは……どういう意味だ。ソフィナ。貴様の考えを語れ」
「イリオ一行は我々の監視を無力化し、逃げられる状態にありました。それでもここから離れていません……我々を迎撃するつもりと思われます」
それを聞くと、ゼノンは肩を震わせ、不気味に笑っていた。
「クッハッハッハッハ! 面白い! イリオ・ハイメイン。そして、その周りの連中! 実に面白い!」
ただ相手の行動がユニークだから笑っているというよりも、怒りが臨界点に達し、笑いに転化しているという様子だった。
「向かうぞ、案内しろソフィナ」
歩きだすゼノン。
その顔は、人よりも悪魔に近く見えた。
「軽率な考えだったと、後悔させながら踏み殺す。イリオ・ハイメインの眼の前でだ」
「大前提として、敵の目的を明確に共有しておく。奴らの狙いはなんだ」
「狙い? 決まってんじゃん! イリオちゃんでしょ」
食事の片付けが終わり、作戦会議となった。
レインの第一声に、リサは身を乗り出し、指さして答える。
「半分正解だ。狙いはイリオだろうが、おそらくそこには条件がある」
「確かに、ちょっと変ではあるんだよな」
腕を組んだザイロが、背もたれに体をあずけ、眉をひそめて答えた。「敵は軍を動かしてきた。それも、赤獅子を」
「それはさ、ベル師匠たちに邪魔されたら嫌だから、まずはそっちを連れてっただけじゃないの?」
「敵の目的はイリオっていうなら、その赤獅子にイリオを連れてこさせればいいだろ」
その考えがなかったか、リサは目を丸くする。
「ああ、確かに! なんでだろ、不思議だね」
レインが瞑目し、考えながらも語る。
「内容が詳細でない以上これは憶測となるが、イリオには重大ななにかがあり、そしてそれはまだ多くの人間に知られていない。軍と関わりがあり動かすことができるが、直接的には手をくださせたくはない、秘密裏に事を進めたい」
開いた目が窓の外に向く。「俺達に監視を付けて、いまだに手を出してこないのはそういうことだろう。どうも事は複雑だ。そこに付け入る。まずは、俺達も敵に知られることなく、監視全員を殺害する」
「おい待て」
その言葉に、語気を強めにザイロは反論する。「殺しは無しだ。たとえ敵だろうが、命を取りたくない」
「そうだよ。殺すとか、そういう怖いのはなしにしようよー」
リサの緊張感のない言葉に、レインは少し呆れたような表情を向ける。
「リサ、ザイロ。お前らが甘いのはよく分かっているが、よく考えろ。下手に生かせば、こちらの命が危うい。殺し、完全に無力化するのが最も効率的だ」
「そうだろうな、でもーー」
瞬間、ザイロはイリオの顔を一瞥して、また視線を戻した。「それでも、殺しは無しだ。これは譲れない」
じんとした沈黙。二人の視線が交差する。
「お前はそれでいい。そうやって聖人を気取っていれば。だが……自慢じゃないが、俺はすでに十人ほど人間を殺めている。今更ためらうことはない。地獄があるのなら俺はそこに行くだろう。お前はお前で好きにすればいい、俺は俺で好きにする」
「ダメだ」
ザイロは断固として拒否する。
「俺達が殺さなくとも、監視作戦を失敗した奴らはどうなるかわからんぞ。そもそも、カネで監視を請け負うような素性の知れない奴らだ。俺達が奴らに配慮してやる必要はない」
「目的を考えろ。俺達は何のために戦う」
それを言われ、レインは横目で、気づかれないようにイリオを見た。
これは転生者同士の争いである前に、彼女を守る戦いでもある。
自分のせいで仲間が人を殺すのを、彼女は容認しない。
それをザイロが目で訴えると、理解したかレインは視線を落とした。
「最大限、配慮はしてやる。だが、戦う以上は保証ができない。向こうは殺しに来るんだからな」
「それで十分だ」
「あの、皆さん」
会話が一段落すると、イリオが緊張した声を発した。
三人が視線を向けると、一つ、肩で呼吸をして彼女は続けた。
「まず、改めて、本当にありがとうございます。私のために、皆さんこんなに頑張っていただいて……ただ……約束してください」
今にも泣き出しそうに、体を震わせ、イリオは机に頭を下げた。
「もし、命が危なくなったら……大怪我しそうになったら、逃げてください……私は、私なんかよりも、皆さんが大事です。どうかそれだけは、お願いします」
その願いに、三人は返答ができなかった。
レインは悲しげに視線を落とし、リサは口を尖らせ、ザイロは天を仰ぐ。
俺は……いや、俺達は、イリオを置いて逃げられるのだろうか。
自問したが、答えが返ってくるはずがなかった。
「それよりもだ」
その沈黙を嫌がったか、破ったのはレイン。「敵は強い。正面で戦うのは分が悪い……作戦を練る必要がある。そのためには、イリオ、お前にも協力して貰う」
それを聞いてイリオは顔を上げた。
涙を溜めながらも、強い目をしていた。
「はい、私にできることなら、何でも」
空が、赤く染まり始めていた。
酒場二階。望遠鏡を覗くリサの目に、街の通りを進む三つの人影が映る。
道行く者は、誰もいない。まるで街そのものが、息をひそめているようだった。
「来たよ来たよ!」
リサは下の階に叫ぶ。「すっごい怖いの来た! 三人!」
「分かった、おりてこい!」
階下、机も椅子も端に寄せられた酒場の中央で、ザイロはローブのフードを深く被った。
カウンターの陰にはレイン、階段の踊り場にはイリオ。それぞれが、静かに息をひそめている。
近づいてくる足音。一歩ごとに、空気が重さを増していく。
ザイロは深く息を吐き、そして吸い込んだ。
ーーザイロ、君は強い。信じて待つよ
シェナドの顔、そして言葉が頭の片隅で響く。
フードの奥で、口角がわずかに上がった。
「作戦開始だ」