レインのいった通りだった。
その剣技はまさに一級品といえた。
素人は動き出す時に、わかりやすく、動くぞ、という起こりが見える。
レインにだってそうだ。しかし、ソフィナにはそれが見えない。
動いたと思ったときには、すでに剣は振るわれている。
その瞬きすら許されぬ斬撃が、今まさに目の前で振るわれた。
前へ踏み込み左から右へと流すような斬撃。
磁力操作が完全には間に合わずに、砂鉄の腕で剣を受ける。
その力は完ぺきではない。一応ではあるが磁力によって威力を殺している。
しかし、その剣を砂鉄で固めた腕で受けてなお、全身に響く凄まじい威力。
自分の魔法がこの磁力魔法でなければ、1分と持たず負けている。そう確信がある。
一体、どれほどの時間、剣と向き合ったのだろうか。
ザイロの顔が歪むも、それと同じ程にソフィナも怒りで顔を歪ませていた。
「俺の方が攻められてると思うんだが、なんでそんな顔してんだよ」
腕をさすりながら問う。
「無駄に足掻くものでな」
ソフィナは剣を中段に構える。表情から怒りが消え、研ぎ澄まされた集中力が見える。「ゼノン様のために、一刻でも早く、貴様を殺す」
「アイツのどこにそんな魅力あるんだよ」
冗談交じりにいってみたが、反応はない。
一秒……二秒。
いつ来る? そう自身に問うてしまった。
その意識の間にソフィナが踏み込む。
斜め上に剣を構える。
一瞬、反応が遅れたが間に合う。
振り下ろされた瞬間、磁力操作で剣を地面に落とす。
ソフィナも引っ張られて地面に落ちるーーはずが、落ちたのは剣のみ。
ソフィナは無防備なザイロの懐に入り込んでいた。
剣を捨てた。最初からソフィナの目的は打撃。
繰り出されたのは肘鉄。
こめかみに放たれたそれを、中途半端にしか固められていない、砂鉄の腕で受けた。
激痛。
腕がしびれ、その奥のこめかみに衝撃が響く。
一応、防御したというのに、視界が微かに揺れる。
剣のみならずその体術も磨かれている。
化け物かよ。
即座に鳩尾めがけ放たれた次の拳。
息する間すらない連撃。
ソフィナとザイロの体が衝撃に揺れる。
食らっていたーー一月前の俺なら。
至近距離で見合う二人。驚きが見えるソフィナに、緊張するザイロ。
その下では、ザイロの黒手がソフィナの拳を掴んでいた。
一間の後、ザイロは半歩後退した。
一旦、リズムを整えたいと思ったが、回転したソフィナが、背後に刺さる剣を流れるように取り、頭部へ斬撃、それを防ぐ。
続く二つの斬撃を捌いた後、やっと攻撃が止まった。
「よく防いだな」
まさか防がれるとは思ってなかったのだろう。
そう語るソフィナには動揺が見える。
「そうだな。俺もびっくりしてる。馬鹿みたいにしごかれたかいがあった」
不意に脳裏をよぎるシェナドとの記憶。
戦いは根性だ。
そんな魔法使いとは無縁そうなことを言われながら、休む間もなくひたすらに攻撃され続けていた。
終わるのはザイロが本当に立ち上がれなくなった時だけ。
あの時間が生きている。
極限状態でも集中力を切らすことを許さなかった訓練は、あの瞬間の攻撃を防いだ。
すぐに詰め寄るソフィナ。
その剣技を、一つ一つ、磁力を駆使しながら捌く。
磁力操作をその剣に受けながら振るうのは必要以上に体力を消耗するだろう、ソフィナの呼吸音は始まりと比較してかなり乱れ始めている。
徐々に鋭さを鈍らせていくその剣。それに目が慣れ始めていた。もう致命的な攻撃は受けることはない。
甘い一撃と見破った。
その剣を弾き、黒鉄の拳を見舞うも、顎先をかすっただけでソフィナはギリギリで躱す。
彼女は肩をかすかに上下しながら息をする。体の節々にも、砂鉄を打ったときのダメージもある。
対し、ザイロは冷静に構えている。
「剣、すごいんだな」
合間。そう聞いた。「どれだけ修練を積んだ? 一朝一夕じゃ身につかないだろ」
「仲間が追われてるというのに、呑気なものだな。それとも、実はカネで雇われてるだけか?」
敵ながらその通りだ。
今の俺に余裕はない。さっさと倒して、仲間の元へと向かったほうがいい。
その思いがあれど、今のザイロには別の感情が芽生え始めていた。
「そうだな……でも、もう分かるだろ」
焦りと謎の感情。それが相まり、思わず聞いていた。
「あんたじゃ俺には勝てない。それはあんたのほうがよく分かってるはずだ」
通常であれば、剣士が磁力魔法を使うものに勝てる見込みはないはず。
それだというのに、ザイロをここまで追い詰めたということは、ソフィナの実力があってこそだろう。
が、それも限界がある。
すでに形勢は変わっている。
攻め立てていたソフィナは、すでに追い詰められる側に回っている。
ザイロはどこか悔しい気持ちを抱えながら、それを感じていた。
敵だというのに。イリオを狙っている者だというのに。
これは同情だろうか。
自身にも自分の気持ちを完全には理解できないでいた。
ただ、剣を受けるたびに、その研鑽された技術と、それと、底のない悲しみをソフィナから見た。
「これ以上、あんたを痛めつけたいと思えない。分かりきった戦いをするべきじゃない。大人しく拘束されてくれ」
結果は分かっていた。
無意味と思いつつも、気持ちとして言わずにはいられなかった。
紅潮するソフィナの頬。
その眉間には怒りの深さが刻まれている。
「どこまで私をコケにする気だ、ザイロ!」
らしくない剣筋だった。
直線的な、見えやすい軌道。
黒鉄の左手で、受ける、のではなく受け流した。
ソフィナは剣を振り切った姿勢になり、胴が開く。
脇腹、下側から、肋骨の内側に響くように、ザイロの拳がめり込む。
腕は黒鉄。それに磁力操作で疾さも増している。
普通なら悶絶。気絶する人間だっているだろう。
しかし、ソフィナはその痛みに耐え、振り切った剣を反転させ、再度、剣を振るう。
動きは雑で遅かった。
ザイロは間合いを取ってそれを軽く避ける。
「そこぶん殴られたりするとさ、息しにくくなって、ずっと苦しいんだよな」
「だったら……なんだ!」
額に脂汗をにじませながら剣を構える。持つ手は震え、重さを感じているように見える。「苦しくなったらやめる。そんな中途半端な気持ちで、私が戦っていると思っているのか!」
鋭い、がやはりまだ雑な剣筋を弾いた。
反撃はしない。これ以上、攻撃をしたくない。
生半可ではないはずだ。この技術を手にするのに血の滲む努力だってしたはずだ。
剣を受けているザイロには痛いほどわかる。
彼女は人生のほとんどをこの剣に捧げている。
なのに……なんで。
「なんでだよ!なんであんな奴のためにその力を使う! あいつに命をかける価値はない!」
「貴様にはわからんだろうな。男で生まれ、魔法を使え、才能のある貴様に分かるわけがない」
才能がある?
ザイロは右手で受けた剣をそのまま手で掴み、怒りの形相でソフィナを見る。
「適当なこというんじゃねぇよ。俺に本当に才能があるんなら、こんなことになってねぇし、仲間だって泣かせてない!」
対しソフィナは、皮肉めいて笑い、鼻を鳴らした。
「なら、なぜ私の剣を上回る。私のすべてをかけた剣を、どうしてこうやって受け止めている」
一瞬、ザイロは言葉に詰まる。
「だから……相性だっていってんだろうが!」
「そうだ! 私の力は、才能は、努力は! その相性とやらに踏みにじられる程度のもの……無意味だ」
「話にならねぇ!」
そのまま磁力で剣を離さないようにもできたが、投げ捨てるように離した。
「そうだ、我々は価値観が違う。話し合って解決なんてしない。ならば、敵を殺すしかない。これまでの人間たちがそうしてきたように! 違うかザイロ!」
説得は無理と悟り、ザイロは強く歯を食いしばっていた。
なんでだよ……なんで。
「イリオ・ハイメインを逃がしたとなれば、私はゼノン様に殺されるだろう」
動揺するザイロに、ソフィナは続ける。
「そうでなくても、価値のないと捨てられる。そうなれば、私は自決する」
「頭おかしいぞ、あんた」
「常人的でないのは十分に理解している。私は決めていた。ゼノン様に不要となった時には死のうと。だが、それでも私は剣士だ。叶うなら剣を持ち、戦いの中で死にたい」
ソフィナの表情が消える。その剣に神経が通っているかのように、集中しているのが分かった。「貴様のその言葉。それは私に対する同情から放っているのか。それならば、今この場で私を殺せ。それが、貴様ができる唯一の手向けだ」
「ああ……分かったよ、ソフィナ」
諦めたかのようにそういって、静かに両手を前に構える。
時間が重く、そして長くなった。
微かに感じていたはずの、風の感触がなくなった。
周りの音が消え、心臓が体を揺らすのだけを感じた。
ソフィナも同じ場所にいると、直感で分かった。
無音の世界で、二人だけがいた。
終焉、その気配。
遠くにある枝木から、休んでいた小鳥が飛び立った気がした。
刹那、ソフィナの剣が、ザイロの魔力が、同時に動いた。