物心がついた時から、私は剣を振るっていた。
朝、目が覚めたら。昼、いつもの稽古を終えたら。夜、眠る前に。
楽しいだとか、嫌だとか、そういう感情はない。
例えるならそれは呼吸。
生きているうえで当然のことだと、教えられて育てられていた。
家は貧しかった。
ルードという田舎村で、小さな家に住んでいた。
エダイ剣術といえば、その昔、一手振るえば大軍が後退すると言われたほどに、名の知れた剣術だったそうだ。
が、それは廃れ、消えかかっていた。
時代が進み。争いの主役は弓に、馬に、そして魔術に変わってきていた。
私の父。エイルドはその剣術の数少ない正統後継者。
大剣者と呼ばれるらしいが、父の他にそう呼ばれている人間を知らないので、詳しくは分からなかった。
ただ、理由もなく。それが生きている意味だと刷り込まれ、私もエダイの大剣者を目指した。
母はいなかった。
他界したのか、父を見限ったのか、私にはわからない、どうでもいい。
どちらであれ、私の人生に、きっと変化はなかったのだから。
朝、起きればすぐに走り込まされ、そこから剣術で戦わされる。
木剣ながら父は本気で打ってきた。
痛くなければ覚えないと。
大人の本気の振りを完全に防げるわけもなく、私の体は常に血がにじみ、青痣にまみれていた。
当たりどころが悪ければ死んでいたが、そこでさっさと死なずに生きながらえてしまったのは、私の不運だと思う。
父の横斬りを、私は剣の根元で受ける。
本気の斬りを受けて、私の手にはジンと痛みが走った。
反撃をしなければならない。
適切な時に攻撃ができなければ、夜に折檻を受ける。
私は上段に構えて剣を振り下ろそうとすると、父は剣を振り切ったまま肩でぶつかってきた。
二周り大きい成人の体当たりに、私は後ろに吹き飛んだ。
一瞬、息ができず、金属を叩き合わせたような音が頭の中で響いた。
通常の試合であればここで終わるだろう。
しかし、私たちが想定しているのは殺し合い。
息の根を止める攻撃をするまでは、決して終わらない。
私はそんな極限の意識の中、ギリギリの状態でも防御のことを考えていた。
予想通り、倒れた娘の頭に、トドメを放つ父。
私はなんとか剣を前に防御するも、それた剣先が肩に打ち込まれた。
あまりの激痛に、私は父に背を向けてうずくまった。
涙は流さない。泣くと、泣き止むまで叩かれ続ける。
「立て。攻撃を剣だけと思うな。蹴りや胴当てにも常に気を配れ。特に自分より大きな相手に対しては」
私は、はい、とだけ答え立ち上がる。
そこに自分の意思はない。ただやれと言われたことをやり続ける、空人形。
「お前は女だ。力や重さでは男に敵わん。その分、剣術を磨け。分かったか」
何度も言われた言葉だ。
これを耳にするたびに、女として生まれた自分を呪った。
血反吐を吐くほど、と比喩でよく云うが、私は本当に血を吐いたし、尿や便に血が混ざることを、異常なことだと認識したことがなかった。
求めてなどいなかったがその成果はあった。
私の剣は研ぎ澄まされ、体が完全に成長しきったときには、父に一歩及ばずとも対等に戦えるほどになっていた。
レイドルで数年に一度、剣術の大会があると、それに参加するために向かった。
路銀が必要だったが、私が畑仕事を手伝うなどして稼いだ。
父はしなかった。大剣者は剣以外を手にすることはないと、よくわからないことをいっていた気がするが、どうでもよかった。
私は指示されたことを、ただ行うだけだから。
レイドルには大きいとはいえないが、それなりの規模の闘技場があり、そこで腕自慢の傭兵を集めて賭け事をよくしていたようだ。
今日、そこには三十名ほどの剣士が集まっていた。
剣の腕を試しに来たものもいたが、半分は貴族。
貴族の間では剣術を習うのが流行っていた。要は遊びで参加している。
彼らにとっては、酒の場で自慢できる、ちょっとしたイベントと思っているのだろう。
それに対し、私は苛立った。
人生を愚弄されているような気分になった。
だが、開催者や、父からも、くれぐれも貴族に怪我をさせないようにと念を押された。
どうやら、カネは剣よりも強いらしい。
大会が始まると、私は勝った。
自惚れか、無駄に自信だけのある弱いものばかりだったが、骨のあるものもいた。
それに勝った時、満足感があった。
自分はただ無機質にそれまでやってきたことを、初めて肯定できた気がした。
私は決勝まであがっていった。
勝って当たり前だと思っていた。当然、優勝するものだと思っていた。
だが、現実は違った。
相手は貴族の男。
少し長い金髪を両分けにして、気だるそうに立っている。
名をディレス、といった。
身なりはそれなりに綺麗で、覇気のない男。
強そうに見えなかった。
勝負の際に貴族の使いが、カネを出すから負けてくれないかと交渉にきた事がある。
もちろん私は断ったが、この男もそんなふうに勝ち上がってきたのだろう。
無意味な時間だ。さっさと終わらせよう。
命の取り合いはないので、勝負は木剣で行う。
いえど、思い切り当てれば怪我をする。スネを狙った、素早い一振りを放つも、足をさっと下げて避けられる。
ちょっと驚いた。
それなりに動きは見えるらしい。
「へー、結構疾いな」
ディレスが私の剣筋をみて、ほくそ笑みながらそう言ってきた。「思い切り来いよ。どうせ当たんねぇから」
少し、不快感。
「怪我をさせるなといわれてるのでな。本気では振らん」
「怪我なんてしないっての。お前、女だろ?」
安い挑発。
私はそれに乗ってしまった。
一撃で昏倒させてやると頭に向かって振り下ろすも、私の木剣の先は、ディレスの鼻先、数ミリ前をかすめただけだった。
体の奥が熱くなる感触があった。
大勢ではないが参加関係者が試合をみている。もちろん父もだ。
羞恥。これ以上の失態を晒すわけにいかない。
が、何度剣を振るっても、それは空を切る。
「おっし、大体わかったわ。剣ってそんなふうに振るんだな」
わかった?
私の頭が更に熱くなる。
こんな数分で分かるほど、私の剣は軽くない。
どれほど涙を流し、血を流し、色々なものを犠牲にしたか。
後先は考えられなかった。最悪、殺しても構わない。そう思った。
踏み込み、渾身の一太刀。
右下から剣を全力で振るう。
が、それはディレスの体をすり抜けたかと思うほどに、最低限の動きで、完全に見切られた。
私の首元にディレスの木剣があてがわれる。
ショックだった。
なぜ。どうしてこんな男に、私の剣が当たらない。
「おい、さっさと言えよ。まいったって」
勝敗が決まる動きがあったら、負けた側がそういうのが、試合のルールのようなものであり、また礼儀でもあった。
「まい……た」
絞り出すように、詰まった喉から私がそう発すると、周りから小さく喝采が起こった。
頭の中が真っ白になった。
初めて感じる、絶望という感情だった。
周りを見渡し、父の姿を探したがどこにも見当たらなかった。
闘技場からでて、私はうなだれた。
果たして一体、私は何をしていたのか。
あの日々は、努力は、全ては無意味だったのか?
「違う!」
拳を壁に叩きつけ、私は木剣を手に闘技場の周りを探した。
すぐにディレスと、男なのか女なのか、わからない従者らしき者を見つけた。
「いかがでしたか、ディレス様」
「みてただろ? 大したことねぇやつばっか。ラストのやつが女でラッキーだったわ」
「ディレス!」
会話の聴こえた私は、大声で叫んでいた。
大会を終えた周りには人が多い、それでも、叫ばずにいられなかった。
「私と手合わせをしろ!」
ディレスは一瞬、私のことを忘れていたのか、考えるような仕草をした。
「ん、ああ、決勝の女か。勝負ならさっきしただろ」
「エダイ剣術は戦術だ。体術や組技も使う。あんなのは試合だ。実戦形式なら負けない!」
不愉快そうな顔をした従者が、ディレスの前に出る。
「ディレス様、追い払いましょうか」
その肩に手を置くディレス。
「いやいいよ、相手してやるわ」
「お疲れでは」
「あんなくだらない試合で疲れるかよ」
私との試合がくだらない?
その言葉に腸が煮えくり返りそうになった。
「剣をもて! その頭、叩き潰してやる!」
木剣を構える私に、ディレスは前にでてくると、呆れたように笑ってみせた。
「バカかよ。俺は剣使えなきゃ戦えないような間抜けじゃねぇ。実戦てなら、ない方がいいわ」
私はカッと目を見開き、歯を食いしばる。
この男。殺してやる。
駆け、剣を振りかぶった瞬間、前に出したディレスの右手が見える。
魔法。その言葉が脳裏をよぎる。
対魔術師の訓練も積んでいる私は、その直線上から離れ、横に避けた。
が、まるでその避ける先を予知していたかのように、左手を構えるディレスが眼の前に来ていた。
攻撃を予想し腕を交差させて防御するも、突然の発光と、そして肩を貫く焼けるような痛み。
雷魔法。それを至近距離で受けた私は、焦げ落ちた肩を手で押さえながら、その場で膝をついた。
雷の余韻か、全身にビリビリとした感触を覚えながら、激痛に歯を食いしばる。
「あー、もったいねぇな」
ディレスは私の顎に手を添えて、値踏みをするかのように見てきた。「ツラもいいし、体も良い。着飾れば良い値で貴族が買ってくれる。非術師の女だろ。剣なんてもたずに大人しく体売れよ。まあ、俺は間に合ってるがな」
更に浴びせられた侮蔑に、私は激怒した。
「触るな!」
その手を払い除けると、ニヤつきながらディレスは下がる。
私は震える足で立ち上がった。
「もう一度……戦え!」
戦える状態ではないのはよく分かっていた。
それでも、ヤケになった私は、そう喚いていた。
「貴様、いい加減にしろ」
また従者が止めに入ってくる。「ディレス様は、貴様と戦ってばかりいるほど暇じゃない」
「イーツ。暇かどうかをお前が勝手に決めるなよ。俺は暇だぞ」
顔を少し強張らせた従者、イーツはすぐに頭を下げた。
「失礼しました」
「女剣士。別に何回でもやってやってもいいが、お前負けたんだろ。一ついうことを聞け」
ディレスは人差し指を顔の前に立てる。
その奥に、頬の片側だけを釣り上げた、心底私をバカにした顔が見えた。
「一枚、脱げよ。ヤケになって脱ぎ過ぎんなよ。ちゃんと下着は付けてるよな? 一枚ずつ、欲情させる踊り子みたくな。何回、跪かせたら素っ裸になるかなぁ」
ククっと悪魔じみて笑うディレス。
私は何も考えずに上の服を脱いだ。
下着姿になると、バカな野次馬たちがぞろぞろと集まり私たちを囲った。
「イーツ。今日はいい酒、用意しとけ。久しぶりに楽しく酔えそうだ」
「かしこまりました」
怒りが涙に代わり、頬を伝う。
剣を構え、駆けた時に思っていた。
私はいったい、どうして、何のために戦っているのだろうか。