転生ロワイアル   作:syūgen

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第10話‐3 無価の刃

 夜。

 街の少し外れたところで、月の反射する川で、布を濡らし、青くなった顔に当てた。

 ジンと、濡れた部分に痛みが広がった気がするが、その感覚がよく分からなかった。

 今は、痛いとも、寒いとも、辛いとも、何も感じない。

 宿に戻り、申し訳ありません、と父に頭を下げたが、何も返っては来なかった。

 顔には試合になかった痣もあるし、服だって汚れてボロボロだ。

 それでも、何も父は聞かずに、必要最低限の会話だけで、私たちは家に戻った。

 朝、いつも通り稽古をしようと思って、家の前で準備をしていると、父が背後に立って語りかけてきた。

「もういい」

 私はその言葉がすぐには分からずに、立ち上がって振り向いた。

「それは、どういうことでしょうか」

「そのままの意味だ。大会で、お前の底が見えた。もう剣は振らなくてよい。意味がない」

 なんと表現すればいいのかわからないが、頭の奥がぐるぐると回り、視界が、いや世界が揺れた感覚があった。

 底が見えた? 意味がない?

 底っていったい何だ。私が剣を振ってきた意味とは何だ。

「お前はよくやった。後は自由にすればいい」

 半端で、体裁的な称賛だった。

 負けておいて、剣をおけと言っておいて、何がよくやっただ。

 自由にしろ? 勝手に剣を握らせて、他のすべて奪っておいて、今更何をすればいい。

「ウワアアアァ!」

 体は動き、喉は叫んでいた。

 その背に向けて木剣を振り下ろそうとすると、まるで背面に目がついているのかと思うような挙動で、その姿勢のまま私は父から胴当てを、この場合、背当てをくらった。

 よろめき、後ろに下がる私に、父は即座に詰め寄ると、剣を持つ手を組まれ、一瞬のうちに剣を取られた。

 あまりの早業に呆然と私は自分の両手を見た。

 なにもない。無価値の手だ。

「振り下ろしてはいかがですか」

 木剣を構える父にそう問いかけた。

 いつもなら問答無用で攻撃してくるが、今はない。

「言ったはずだ。もう無駄だと」

 背を向けると父は家に戻っていく。「体をいたわれ。そして、元気な男を産め。分かったな」

 その言葉で、私は確信した。

 今までのすべても、そしてこれからも。

 私の全てには、一切の価値がないと。

 

 

 それから形のない陽炎のような日々が数ヶ月ほど続いたと思う。

 記憶が曖昧で、よくわからない。

 ただ起きて。父の世話をして。小銭を稼いで寝る。

 変わったのは稽古がなくなったのと、父が私の体を労るようになったこと。

 うれしくなかった。労りの裏に自分の剣を継がせる子供を産めと、その意思が露骨に見えるから。

 ある夜。死のうと思った。

 別段生きている理由がなかったのもあるが、自分を剣を継承させるための道具としか見なかった父への、ささやかな復讐でもあった。

 特別な日なんかじゃなく、死ねるだけの気力がでた日があったので、今晩死のうと思った。

 夜、私は目を閉じた。

 父が寝静まった時に、剣で首を切ろう。

 恨んでいるといえど、剣にはどこか誇りを感じていた。

 最期は剣で死にたかった。

 そうだ。もし命を絶つなら、あの剣でーー

 そんなことを考えていたときだ。

 運命とは、少しだけ私に味方をする気がでたようだった。

 ドアを蹴破る音。

 私は特に驚くこともなく、ゆっくりと目を開いた。

 普通なら飛び起きていたところだろうが、この時の私はこの世の現象に対して、反応が薄れていた。

 部屋に強盗が入ったかも知れないが、まあ、それでもいいかと思っている気持ちがあった。

 それに、もしそうであったとして、父が斬り伏せるだろう。

 玄関付近で、戦いの音がして、すぐに静かになる。

 死体を片付けなくては。

 そう思って向かった時に見えたのは、這いつくばる父と、それを見下ろす、金髪の、背の小さな男。

「身の程をわきまえろ。弱者が」

 父にそう言っていた。

 初めて見る父の無様な姿に、ちょっと笑っていると男が振り返った。

「貴様は……弟子か。それとも娘か」

「私は女です。それ以上でも以下でもありません」

 覇気もなく、そう答えていた。

 死のうと思っていたのだ。別に何がどうなっても、もうどうでもよかったので、ヤケになって適当に返事した。

 その答えが気に入ったのか、男は肩を小さく揺らして笑った。

「確かにその通りだ。話のわかる弱者だ。気に入った。ここにエダイ流の大剣者が代々受け継いだ白銀の剣があるらしいが、場所はわかるか」

「はい、わかります」

 教わったわけではなかったが、父がこそこそとたまに見ているのを知っていた。

 二十年近く一緒にいれば、流石に気がつく。

「まてソフィナ! その剣はーー」

 何かいいかけた父に、男は顎に蹴りを放って黙らせた。

「案内しろ」

 いわれるがままに、まるで従僕のように、私はロウソクを持って奥の小さな物置に進んだ。

 そこは角の一部が二重床になっていて、なかには大層綺麗な布に包まれた長細いものが一つ。

 私がそれを渡すと、男は紐を解いて、中の剣を鞘から取り出した。

 美しい、白銀の剣だった。

 空気孔の隙間から入る小さな月明かりを反射させ、混じり気のない光を放つ。

 私は、まだ何かを美しいと感じれるのだと、少し驚いていた。

「美しいな。俺様には不要だが、弱者にもたせておくのは惜しい……ふむ、どうするか」

「一つ、よろしいでしょうか」

 男は視線を私に向けて、剣を鞘に収めた。

「なんだ。俺様を案内した褒美だ。その一つとやらを聞いてやろう」

 虚ろなる瞳で。水気のない髪の間から男を見ながら、私は懇願した。

「その剣で、私を殺して頂けませんか」

 男が黙っていたので、私はこれまでの人生、始まりから今までを、話し始めた。

 男が途中からつまらなそうにしていたので、なるべく端的に。

「今日、死のうと思っていました。その剣で。もし可能であれば、今、この場で斬り殺していただきたいです……どうか、お願い致します」

 私は両膝をついて、ロウソクを持ちながらも両手を組み合わせた。

 そのまま、喉に剣を突き刺してくれればいい。そう思っていたが、当然、そうはならなかった。

「断る」

 返ってきたのは無情なる言葉と、そして他人の吐瀉物を見下ろすような、冷めた目。

「貴様を殺して、俺様に何の得がある。ましてや、この剣で? 手入れが面倒になるだけだ。弱者が死に方を選べると思ったか? 勝手に、不条理に死ね」

 悲しくはなかったし、涙もでなかった。

 世界は、そういうものだと、心の何処かで理解していたから。

「つらつらと語っていたが、剣を持たされた、努力した、負けた。全てがどうでもいい。弱者が弱者のまま死ぬというだけ。無価値だ」

 最後の言葉に、私はハッとして顔を上げる。

「無価値……ですか?」

「そうだ。強者である、俺様が断定してやろう。貴様の生まれ、剣、人生、運命、そして死。全てが無価値だ」

 無価値。

 その言葉が頭の中で反響する。

 なんとなく理解していたそれを突きつけられると、私は、自然と微笑んでいた。

 悔しいじゃない、悲しいでもない。

 胸の中を安堵感が包んでいたのだ。

 私は、無価値だと思っていた。自分の人生、全てが。

 それをこの男が、今、その考えを肯定したのだ。

 やっと私は気づいた。

 ほしかった言葉は、よくやったといった形だけの称賛や、自由にしろという、解放の言葉でもない。

 無価値の宣告。

 私の全ての否定こそが、最大の肯定だった。

「どうすれば、よろしいでしょうか。弱者で、無価値である私は、いったい、何をすればよろしいでしょうか……お聞かせください」

 男はフンと鼻を鳴らすと、剣を私の前に落とした。

「簡単だ。弱者の意義は、その全力を持って強者に従い、貪られること。強さや、賢さ、生まれ。そんなものに意味はない。いかに全てを捧げられるか、それが弱者の価値。望むなら、貴様を使ってやろう。俺様のために命を尽くせ。使えなくなったら、捨ててやる」

「かしこまりました」

 私は剣を取り、そして男に頭を垂れた。「お名前を」

「ゼノンだ」

「私の名は、ソフィナ・エヒド。この命、ゼノン様に捧げます。どうか、仕えることをお許しください」

 

 

 ゼノンの隣にいる日々は、安心感があった。

 自分以外の全てを弱者とし、平等に見下す。認めるものは使えるもの。

 その価値観の中にいることで、自分を肯定することができた。

 彼に奉仕できているときだけが、自分の生きている意味を感じられた。

 剣をただ振っている時にはないものだった。

 強いも弱いも。男も女も。術者も非術師も彼の前では、全て……。

「おい、起きてるよな」

 ザイロの言葉でソフィナはゆっくりと目を開く。

 青い空と、そして傍らに立つザイロが見えた。

 記憶がない。が、きっと負けたのだろう。

 だからザイロは立ち、自分は倒れている。

「殺せと……言っただろうが」

 ソフィナは悲しげにそう言って、また目を閉じた。

「うるせぇな。勝ったのは俺なんだ……俺の好きにさせろよ」

 フフっと、ソフィナはせせら笑った。

「そうだな、それでいい。貴様は強かった。負けた私は、無様に死ぬことにする……さっさと行け」

 ザイロの気配は動かなかった。

 何を考えているのか、ずっとそばにいた。

 仲間が危険なはずだというのに。

「左腕さ。お前の剣受けて、結構くらってる。磁力でちゃんと勢い殺したってのに、すごいよ。疾くてさ、捕らえられないんだよ」

「黙れ」

 意図のわからない剣への称賛に、ソフィナはすぐにそう返すも、ザイロは続ける。

「剣士にこんな追い詰められると思わなかった……師匠に会う前の俺なら、手も足も出なかった。すごい鍛錬したんだろ? やってることは肯定できない。それでも、その剣は無価値と思えない」

「黙れ」

 手の平を目に強く当てると、顎が震える。「頼む、黙ってくれ」

 なぜだ。

 私は確信したはず。自分の全ては無価値だと。

 では、どうして私は、コイツの言葉に心が震える。

「あんたの人生に、何があったのかは知らないし、だから仕方ないなんて言う気もない。それでも……やっぱり、ソフィナ……お前は強いよ」

 全力で目を押さえた。それでも大量の涙がその隙間から溢れでる。

 悔しくて、なんだか自分がバカバカしくて、そしてたまらなく嬉しくて。

 全ての感情が爆発したかのように、とめどなく涙が流れ続けた。

「敵に向かって……バカだっ」

 言葉が詰まる。しゃっくりが起こり、止めることができない。「お前は……間抜けだ、ザイロっ」

「そうだな……もう、悪いことすんな……終わるまで寝てろよ」

 ザイロがそばを離れる気配がする。

 それを感じても、いまだ涙が止まらない。

 ソフィナ、お前は強いよ。

 たった一言。それだけで、これまでの自分が、少しだけ、報われたような気がして。

 

 

 じんと痛む左手を意識しながらも、ザイロは周りを見る。

 作戦では次はレインとの合流をしなくてはならない。

 レインは敵の馬を無力化した後、すぐに自分のところに向かうはず。が周りに姿がない。

 ここまで時間がかかるはずがない。恐らく、予定外の敵戦力と会敵している。

 レインが予測していた、敵が馬を停めているであろう場所。そこに駆け出そうとした、その時ーー

「なぜ、貴様が生きている」

 隣にいたのはゼノン。

 なぜ、コイツが、ここに。

 思考する間も無く、放たれたゼノンの蹴り。

 脇腹を狙ったそれを、咄嗟に砂鉄の腕で防御する。しかしーー

 全身に走る異質な衝撃。

 固めた砂鉄は一瞬にして散り、その体は凄まじい勢いで横に吹き飛んだ。

 二メートルほど宙を飛び、地面を擦れて転がると、やっと止まった。

 立ち上がろうとするも、痛みとそれに伴う嘔吐感で息ができず、力が入らない。

 不可解だった。

 ゼノンの体は大きくない。しかし、蹴りの威力はソフィナの比ではない。車に突撃されたかのような衝撃だった。

 一体なぜ? ゼノンの魔法は、重力魔法ではないのか。

「ソフィナ、立て。そこに這いつくばっている弱者を始末しろ」

 反応しないソフィナ。それに声を荒げる。「ソフィナ!起きているのだろう、何をしている!」

 動かないソフィナに、舌打ちを一つ。

「使えん。どいつもこいつも」

 怒りのままにゼノンが手をかざすと、ザイロは全身に重さを感じた。

 ただでさえ苦しい状況の中、重さで更にそれが増す。

 それはどんどんと強くなり、ザイロは這いつくばったまま息が完全にできなくなる。

 まるで万力に潰されようとしているかのよう。

「やめてください!」

 いつの間にか、ゼノンの後ろにいたイリオが、彼の服を掴んで叫んでいた。「このままでは死んでしまいます! お願いします、やめてください!」

「黙れ。このままコイツは殺す。俺様に生かす理由はない」

 イリオはすでに捕まり、連れ去られていた。

 ならリサはどうなった。アイツは無事か。

 レイン、今何をしている。

 ギリギリの意識の中、脳裏で打開策を思案するも、体は一つも動かない。

 ダメだ……このままじゃ。

 死。それを覚悟したその時ーー

「ザイロさんを生かします! 魔法をやめてください!」

 瞬間、体から重さがなくなり、一気に肺に空気が入り込み、必死に息をする。

 なんとか命は繋がった。

 だが、流石に限界だ。意識が薄れつつある。

「おい、聞こえるか、ザイロ」

 ゼノンがしゃがみ込み、ザイロの髪を掴んで耳もとでいった。「女はお前を生かすと選んだらしい。幸運だったな。だが、他の連中は死ぬ。まあ、神になるために、女が不要になったらお前も殺すがな。その間まで、せいぜい生きている時間を噛み締めろ。絶望と共にな」

 手を離され、額が落ちると、視界が真っ暗になった。

 イリオだろうか。誰かが首の後ろあたりに顔を押し付け、手を強く握る感触がある。

 温かい水気の感触がある。

 彼女は、きっと泣いている。

「私は……皆さんを信じます」

 手を包む温もりの感触が、ゆっくりと、遠のいていった。

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