ハデムの攻撃は疾かった。
だが、もちろん師匠には一歩及ばない。
顔めがけて来る掌を、体をそらして避けた後、リサは後ずさって距離を取る。
「ちょこまかすんじゃねぇよ!」
「へっへー。お前の攻撃なんて、遅いから全然当たんないもんね」
挑発めいてそう応えるリサ。
確かに模擬戦と実戦では違う。
それでも、ハデムの攻撃をすべて避けながら、付かず離れずを続けることができている。
やはりベルとの訓練が活きていた。
ハデムから攻撃を受ける自分の姿を想像できない。
揺るぎない自信。
それが表情に現れると、対してハデムは怒りをにじませた。
「おいデブ。お前ができるのは避けるだけか? 反撃してこいよ!」
「いやだね。あんたが疲れ切ったら、爆殺してやるからね」
「そうかよ、だったら」
ハデムは反転。リサとは反対側に走り出す。
逃げた。いや、イリオちゃんを追うつもり?
自分の役目は時間稼ぎ。逃げられてはだめ。
地を蹴りその背を追うが、すぐに立ち止まるハデム。
騙されたと気づく。
あっヤバーー
伸びてくる左手。
急停止。咄嗟に後退するもハデムの手は腹部に一瞬だけ触れ、服がそこを中心に渦巻き、ビリビリに破ける。
体勢を立て直し、地肌がでた腹を擦る。
幸い、体には届いていない。
くう、ヘソ出し恥ずかしい……とか、言ってる場合じゃないか。
ドッドっと、地面が揺れてるかと錯覚するような、強い自分の心拍。
あと一瞬、止まるのが遅かったら、腹をねじ切られていた。
「チッ、次は殺す」
そう言って左手を振るハデム。
これは殺し合い。一歩間違えれば死んでしまう。
未経験の事ゆえ、この瞬間までしっかりとした実感がなかったが、今確かな死に直面し、心構えが変わる。
冷静にならなければならない。
殺し合いの経験はハデムのほうが何枚も上。
私は、私ができる最大のことをする。
無駄に追わない、無駄に逃げない。
リサはそれを肝に銘じた。
「ムカつく女だ。雑魚のくせによぉ」
挑発するハデム。リサは何も返さない。
先ほどと違い、リサは冷静。
余計なやり取りは無用。
時間を稼ぐためにじっと構える。
「なんだ、避ける練習だけしてたのか? 虫ケラらしい戦い方だな」
ゆっくりと右に移動するハデム。
リサは返さず、構えたまま、体の軸だけ移動させて、ハデムを正面から外さない。
「爆破魔法がどうとか言ってたよな。ちょっと見せてみろよ」
応答はしない。
「しかし、お前らもバカだな。あんなヒョロっこい、捨てられた箒みたいな女のために命を張るなんてよ」
リサの姿勢は崩れない。
しかし、捨てられた箒みたいな女。
それを耳にした時、微かに右の眉が動く。
それを見逃すハデムではなかった。
「田舎村にいたちんちくりんのシスターなんだろ? 俺も詳しくは知らないが、到底、取り合いするような女と思えねぇな」
拳に力が入り、鼻からちょっと熱い息がでる。
それと同時、リサは腹の底にジリジリとした焼けるような感覚を覚える。
「ゼノンが捕まえたらどうしようかなぁ。お前の前で、なぶってやるのも面白い。どんな声で泣くだろうなぁ」
「お前さぁ」
リサはベルの元、体を鍛え、それに準じて精神も磨かれている。
しかし、心は簡単に強くはならない。
「ちょっと……黙ってよ」
それは反射現象。
自然と震える声で応えてしまっていた。
「それは、できねぇ話だな」
ハデムは口を隠すように、手で押さえながらいった。
その手の下。焼ける人間を眺める、悪魔のような笑みを隠すために。
「俺の能力は、手中にある物体に、風をまとわせ、そして高速で発射する。鉄球に使えば鎧ぐらいは貫通できる。頭に当たりゃ即死だ」
ニクスはそう言いながら、両手を広げて見せる。
それぞれの指の間に鉄球が挟まって、合計八つが見える。
「片手に四発ずつ。これが俺の最大装弾数。これを超えたら、また鉄球をリロードして、風をまとわせる必要がある。装弾数八発のリボルバー持ってるやつを相手してると思ってくれ……リボルバーってしってるか?」
「何の真似だ」
手の内を明かし始めるニクスに向かい、剣を構えているレインは問いかけた。「遊びでも始めるつもりか? 俺はお前をためらわず斬るぞ」
ニクスはすぐには応えず、手の中の鉄球をジャラジャラと回し始める。
「ムカつくと思わねぇか。神様の力って人参ぶら下げられて、勝手に変な世界に生き返されて、それで殺し合えだって? 誰がやったかしらねぇが、仕組んだ奴らの言いなりになる気はねぇ」
「ならそのまま消えてくれないか。俺は遊んでるんじゃない」
「まあまあ、話を聞けよ」
飄々としたニクスの雰囲気に苛立つ。
今、コイツの話に付き合う時間はない。
「ムカつく俺は考えた。他の奴らと競争するつもりはねぇ。でもよーー」
間を詰めるために駆けるレイン。
刃圏に入る数歩手前、突然、なびき立つニクスのクロークに、パンっという乾いた発砲音。
刹那、レインへと打ち込まれた小さな鉄球。
高速。意識をしていなければ視認すらできないほど。
それをなんとか捕らえたレインは、咄嗟の刀でそれを弾き斬った。
それを見たニクスが、口笛を一つ。
「やるねぇ。俺の弾丸を見きったやつは、お前が初めてだ。言われた通りにバトルロワイアルする気はねぇが、むざむざ殺されるつもりもない。俺は楽しく遊ばせてもらう」
「遊ぶんならよそでやれ、俺には時間がない!」
ツバが飛ぶほどに叫ぶレインに、ニクスはにやりと笑う。
「リミットがあるのかい。いいね。やっぱそっちの方が燃えるよなぁ」
腹の底がカッと熱くなる感覚があった。
刀に集中、魔力を這わせて腰を落とす。
一刻も早く、コイツを倒す。